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015
「ほら、いい加減白ちゃんから離れろよ」
「……」
「先輩を無言で睨むなっつーの。白ちゃん大丈夫?」
「ありがとーございます。もっと早く変態をどーにかしてほしかったでーす」
助けてくれるのはありがたいが、どうせならもっと早くに助けてほしかった。
青空を押しのけて差し伸べてくる神原の手を掴んで立ち上がり、ジャージについた葉っぱを払ってジト目で睨む。
幼子でも相手にしているかのように頭を撫でられ、気恥ずかしさから顔をそらしてしまった。
その先でかち合う白乃瀬と白金の視線。
「俺は神原先輩×白乃瀬でもいいぜ」
ものすごくいい笑顔でグッと立てられた親指をへし折りたくてしかたない。
「てかさぁ白金はなにしてんのぉ?」
「萌えの気配を察知して」
「うわぁ意味わかんなぁい」
真顔で言い放つ白金は鼻から赤い液体が滴り落ちているのに気づいていないのか。
「俺としては白ちゃんが森林公園にいることが気になってんだけど?」
「あーヒツジ役らしいから? 逃げててこんなとこに? 神原さんは青空と見回り?」
「俺は白乃瀬の匂いがしたから」
「青空に聞いてないし、神原さんに聞いてるんだし」
「三角関係キタコレ!」
隙あらばキスを迫ってくる青空に自重する気のない白金と、収拾のつかなくなったカオスな状況に神原を見た。
投げ出したとも言う。
「じゃ、俺は俺らで仕事あるんだから。そろそろ行こうか朔君」
「……仕事増やすなし糞毬藻」
毬藻? と首を傾げた紅葉となぜか目を輝かせた白金に心底疲れたように溜め息を吐く風紀二人。
「毬藻、じゃなくて編入生がどっか行っちゃってさ。フリーの風紀委員総動員して探してんのよ。二人も鉢合わせしないように気をつけてね。つーわけで、行くぞい朔君」
「うぃー」
どこかやつれた哀愁漂う雰囲気の二人を見送る。姿が見えなくなったところで、白金と顔を見合わせ二人で人の居なさそうなルートを辿りながら校舎へと向かうことにした。
周囲の音や気配に敏感になっている。ちょっとした物音にすら反応してしまい、校舎へ着く頃には昼休憩に突入してしまうかもしれない。
お腹鳴ったら恥ずかしいなぁなんて的外れなことを考えていた白乃瀬の腕を白金は勢いよく引いて茂みの中に突入した。
「いっ……! 白かっ」
「静かにっ」
いきなりのことに葉っぱだらけになった紅葉は抗議を口にしようとした。が、人差し指を唇に当てた白金があまりにも真剣な表情をしていることに気づいて口を閉ざす。
葉と葉の隙間から何か覗いているその視線の先を追えば、歩いてくる生徒が見えた。
着ているジャージに入ったラインは緑、三年生だ。二年生は赤、一年生は青が学年の色になっている。
「見つけた!」
「会計様!!」
見つかっちゃった、とボーっとする紅葉の手をとって走り出したのは白金だった。
紅葉が自分で逃げなくてはならないのだろうけど、その意思が全く見られない。心の中ではきっと捕まってもいいかもしれないなぁなんて思ってるに違いないのだが、白金からしてみれば友人にして最高の萌え対象をこんなところで終わらせたくなかった。ただの最低野郎である。
個人的な願望を言うとすれば、ギリギリ捕まりそうなところを三年生の不良あたりに助けられてそのままパクリとされて欲しい。
最近のブームは「先輩不良×後輩チャラ男」歪みない腐男子・白金里桜だった。
「見つかっちゃったじゃなくて逃げろよ!」
「逃がしてくんないの?」
「俺運動神経そこそこだから無理!」
「あは、白金役立たずぅ」
「んなこと言うなら捕まえるぞ!」
「そんなことしたら水嶋先輩にチクるもん」
ね、白金。
振り返って、絶句。
「、白金!?」
背後で白金が倒れていた。なにがあったのかなにをしたのか、後頭部からは血が流れていた。おそらくだが、硬い何かで後頭部を強打したか、されたか、
「ねぇ、ちょっと、冗談でしょ!」
抱き起こし、必死に声を呼びかければ小さく呻き声を漏らした。気を失ってるだけとわかり、安堵の息を漏らす。
しかし、誰が一体。警戒心が高まる。風が頬を撫でる感触に鳥肌が立つ。
「みーっけた」
「っ、」
ぞわり、と背筋が泡立つ感覚。後ろから抱きすくめられ、口元に布を押し当てられる。甘ったるい、鼻腔を擽る匂いがして、息苦しさからそれを深く吸い込んでしまった。
甘ったるい、花の香りのようなそれは。
「まさか会計様を捕まえることができるなんてな、俺ちょーラッキー」
「とにかく、見つかんねえように行こうぜ」
「こっちの平凡はどーすんの?」
「会計様だけでいいだろ」
聞き覚えのない複数の声を聞きながら、体から力が抜けていくのを感じた。背後の生徒に寄りかかるように体に力が入らなくなり、意識も朦朧としてくる。
まさか、とは思うが、嗅がされたのはクロロホルムだろうか。
抱き上げられた浮遊感を最後に、紅葉の意識は沈んでしまった。
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