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004※追加

 仕事もせずに名も知らぬ生徒にかまける彼らの茶番には嫌気がさしてくる。 「会長、僕、書類届けに行ってくるから」 「あ? 書類?」  もう少し溜まったら提出しようと思っていた書類を手に取って席を立った。好奇心旺盛らしい瓶底眼鏡の彼に絡まれる前に生徒会室を出て行こうとしたがそういうわけにもいかず。  目ざとくこちらを見た彼が大声で話しかけてきた。 「おい待てよ! お前、名前なんていうんだ!? 雪乃も言ってたろ、自己紹介しろって!」 「……あー。僕は白乃瀬だよぉー」  にへら、とした笑みを浮かべる。  それにしても宮代は自分の名前が女々しいことを気にして、めったに呼ばせないことで有名なのだが一体どんな心境の変化があったのだろうか。  正統派美形と言えば誰もが神宮寺と答えるが、宮代ははまた別種の美形で和風美人という言葉がしっくり当てはまる容姿をしている。  肩につくかつかないかの黒い絹糸はさらさらと流れ、口紅でも塗ったかのように赤い唇と伏し目がちの瞳。彼の親衛隊や一部生徒が名前の雪に因んで『白雪姫』と比喩しているのを知っているために、同じ生徒会メンバーの白乃瀬も苗字で呼んでいた。  だが、どこぞのお嬢様よりも宮代の女子力は高いとは思うが男に姫はない。これで身長が低かったりすれば男の娘と言えたのだろうが、女子力は高いとは言っても宮代は神宮寺よりも男前で竹を割ったような性格をしているのだ。  しかしながらそれ以前に、年上への礼儀がなっていない。  神宮寺ほどではないが、宮代も紅葉もお坊ちゃんの括りに入る。学園に通う誰もが礼儀作法に関しては厳しく躾けられているはずなのだが、どうやら彼はそんなことはないようだ。 「白乃瀬、ってそれ苗字だろ! 俺が知りたいのは名前だよ! 教えてくれたっていいだろ!」 「白乃瀬太郎。太郎だよ太郎」 「なんで教えてくれないんだよ! それにお前みたいな奴の名前がそんな平凡なわけないって!」  お前は僕のなにを知ってると言うんだとはっ倒したくなった。ものすごく久々にイラっときた。殴りたい。あと全世界の太郎さんに謝れ。  この一年生は人の神経を逆撫でするのが酷く上手で、しかも馬鹿に見えて勘が鋭いらしい。 「……あのさ、いい加減に」 「太陽、あんまこいつに近づくな」 「そうですよ。大切な太陽が孕んでしまったら大変です」 「は、はら……?」  何かがプッチンとしそうだった紅葉に気づいた神宮寺と宮代が腕の中に彼を閉じ込める形で引き止めた。  柔和で滅多にキレることのない白乃瀬だが、一年生のときにいろいろとあったときに偶然に偶然が重なってブチキレたことがあるのだ。某親衛隊隊長はその事件を『微笑みの悪魔降臨事件』と笑って名付けたのは新聞部発行の月刊綾瀬川新聞のトップに載り、全校生徒に恐怖を植え付けた忘れがたい出来事だ。  密かに集計されてる怒らせてはいけない人物にランクインしていることを知らないのは当人だけ、というわけ。  神宮寺や宮代の言ってる意味がわからないのかきょとんと首を傾げる黒もじゃ眼鏡だがまったくもって可愛くない。親衛隊の小柄な生徒がやったならきっと背後に花でも見えたりするのだろう。 「なんでもいいから名前教えろって!」 「あー……紅葉だよ紅葉……」 「紅葉な! よろしくな紅葉! 俺は日之太陽! 太陽って呼んでくれ!」  よろしくなんてしたくないなぁしかも名前呼びワロスワロス。  もじゃ眼鏡基日之の後ろでさらに鋭く睨みつけてくる宮代にため息を吐く。  神宮寺は相変わらずのポーカーフェイスでなにを考えているのかわからないし、面倒くさいことこの上ない。誰かこの現状に突っ込みを入れてくれる人はいないのか。あぁツッコミは僕、なのか……。 「太陽、白乃瀬のことはもういいでしょ? あっちでケーキでも食べません?」 「え? ケーキ! 食べたい! けど、紅葉を仲間はずれにしちゃダメだ!」  誰が仲間はずれだ誰が!  学園に帰ってきてから驚きと疲労の連続だ。  宮代の素敵すぎる王子様な(姫君と言った方が的確かもしれない)微笑に笑いそうになる。まさかとは思うが、誰とも知れぬ喧しい年下の、しかも男に恋をしたとでも?  小等部からこの学園に通っている宮代は珍しくこの学園の特色に染まっておらず、好いている人がいるとかで、どんなにカッコイい生徒に告白されても、どんなに可愛らしい生徒に告白されても首を縦に振ることなんてなかった。それだけ『好いている人』を想っているのだと誰もが思っていたのだが、どうやらそれが覆されたようだ。  今はまるで恋に溺れる乙女だ。瓶底眼鏡の黒もじゃに惚れるような魅力があるとは思えないが。  宮代の変化に、彼の幼馴染の神宮寺は何を思っているのだろう。  カッコイい神宮寺と美人な宮代。  もし宮代が同性と付き合うならば神宮寺とだとばかり思っていたのに。端から見ても二人はお似合いで、彼らの親衛隊の中にも『神宮寺様と宮代様をくっつけ隊』とかそんなのがあったはずだ。  あとから親衛隊の子に聞いてみようと決めた紅葉は頭の中のスケジュール帳に予定を書き込んで、接客用のソファに連れて行かれた日之に視線を戻した。  日之に関しては関わり合いになりたくないの一言だ。  まったくもって宮代が日之に惹かれた要素が見当たらない。男に囲まれすぎて美的価値観が狂ってしまったのかもしれないな。それならば仕方ないとも言えなくもない。 「ほら紅葉も! こっち来いよ!」  当たり前のように名前で呼び、我が物顔でソファに腰掛けケーキを食す日之には勿論、まるで付き人のように尽くす宮代と不思議な色を含んだ瞳で宮代と日之を見つめる神宮寺にため息を吐く。  生徒の代表たる生徒会がこれでは一般生徒に示しが付かない。 「ちょっと君さぁ、馴れ馴れしすぎなぁい?」 「な、なんでだ!? 友達にそんなこと言っちゃいけないんだぞ!?」  だからいつ友達になった。  日之の「言葉を交わしたら人類みなお友達!」な思考を知るはずもない白乃瀬はまた一つ息を吐き出した。  仕事以外でどうして疲れなければならない。 「僕、名前呼び嫌いなのぉ。だから呼ばないでくーんなぁい?」 「なんでだよ!!」 「だーかーらー、僕名前呼びきーらーいーなーのー」  幼い子どもみたいな日之との会話のキャッチボール、否ドッチボールを放棄したくなった。  このままでは立ち上がって掴みかかってくるかもしれないなと予想し、さっさと書類を届けに行こうと席を立つ。 「白乃瀬、太陽に近づかないでくれますか?」  宮代の目はどうなっている。むしろ離れようとしているではないか。近づいているのは太陽からだろうに。  もしかしたらこれからは宮代への認識を改めなくてはいけないかもしれない。助けを求めて神宮寺を見れば、苦々しい表情で睨みつけてくる。ブルータス、お前もか。  あからさまな二人の態度に片手で顔を覆ってため息を吐く。幸せが逃げていくなぁとは思うが吐かずにはいられない。 「どうでもいいけどさぁー、遊ぶんならやることやってからにしてくんなぁい? 今日提出の書類だってあるし、やんなきゃいけないこと山積みじゃん。てことで、僕はちょっと出かけてくるよぉ」  苦々しい表情になった彼らと未だ煩く喚き散らす日之を置いて拒絶するように生徒会室を後にした。帰ってくる頃にはいなくなっていてくれれば嬉しいのに。 「風紀行ってー、宮野先生んとこにも行かなきゃいけないのかぁーめんどくせー」  手に持った書類を数えながらこれから行かなければいけないところを口に出すと面倒くさくなってきた。 「しーろちゃん、なにやら大変そうだね」 「っか、んばらさん!」  耳元でイイ声で囁かれ、手元の書類を取り落としそうになった紅葉は慌てて振り返った。十数センチ高い位置にある整った顔に思わず振り返った体勢のまま仰け反ってしまい膝ががくっと崩れ落ちる。 「おおっと、白ちゃん大丈夫?」  なんだそのイケメン!  倒れそうになった紅葉を抱きすくめ引き寄せた神原はやっぱりイケメンだった。なんで人気ランキングで神宮寺の次なんだろう。断トツ一位でイケメンなのに。 「神原さんのせいでしょーが……」 「ん? なーに?」 「なんでもないですよー……で、いつまでこの格好なんですか」 「白ちゃん軽いなぁって思って。着脹れするタイプでしょ。手首とか細いし」 「どうせ貧相な体ですよーう」  いそいそと神原の腕の中を抜け出し、少し折れてしまった書類を直しながらジト目で視線を投げればなんとも言えない表情で苦笑をしていた。  どうやら日之がきちんと扉を閉めていなかったようで、生徒会室の外までやり取りが聞こえていたようだ。そこへ生徒会に提出の書類を持ってきた神原がやってきたのだと言う。あの状況で入っていけば日之に絡まれることは目に見えており、入りづらい空気もあって隣の会議室で待機していたらしい。 「……すいません」 「白ちゃんが謝ることないよ。そもそも、生徒会室に宇宙人を連れてくる神宮寺クンと宮代君が悪いんだからさ」 「そう、ですよねぇ。僕、悪くないですよねー!」 「うんうん。悪いことはぜーんぶ神宮寺クンに押し付けちゃえばいいよ」  二年生にして生徒会長を務める神宮寺雅人。有能で優秀で誰よりも俺様だが、誰よりも不憫でヘタレな生徒会長だった。

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