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今にも口論を始めそうな二人の仲裁に入ろうと「あー!! 紅葉!」――した出端を挫かれた。喉から飛び出しかけた言葉を飲み込み、八の字に眉を寄せる声の聞こえたほうを振り向いた。
「ウザ汚いのが来ちゃいましたよ最悪ー」
「汚物は消毒しないと」
「馬鹿のリードちゃんと持っとけってんですよー」
「馬鹿の飼い主もきっと馬鹿なんだろうね」
「あぁ、納得ですぅ。馬鹿な犬ほど可愛いって言うけど、あんな馬鹿犬は勘弁ですよねー」
両脇から聞こえる真っ黒い辛辣な会話に溜め息をつき、これまた厄介なのに見つかってしまったと溜め息を重ねた。
長い前髪で分からないが、見えている口元が笑みを描いているのを見る限りかなりご機嫌の様子。
わざわざご機嫌なのを損ねて癇癪を起こされても面倒だと思い、あからさまに他人行儀な笑顔を浮かべて手を振った。そうすれば花でも飛びそうなくらい笑顔(口元で判断)を深める日之だが、正直口しか見えていない状態でその笑顔は酷く不気味である。
神宮寺や宮代の姿は見えないが、後方に銀髪に仏頂面の不良と黒髪の爽やかなイケメンがいる。不良のほうは無関心といった様子だが、爽やかイケメンは楽しげな色を瞳に乗せてこちらを見た。
「紅葉! こないだは大丈夫だったか!?」
「――え?」
日之の後ろにいる二人が気になって、言葉を聞き流していたら突然お礼を言われて困惑してしまう。
心底心配した声色で「怪我はないか!?」だの「気絶するからびっくりした!」と騒ぎ立て、ようやく歓迎会の時のことを言っているのだと合点がいった。
結局、桜宮に助けられた後、詰まっていた気が抜けたのか情けないながら気絶してしまったのだ。気が付けば保健室で、歓迎会はすでに終わった後。保健医は「何も心配しなくていいよ」と艶やかな笑みを浮かべるだけ。
背後で二人がイライラしているのが伝わってきて、早々に追っ払わなければ大惨事になりそうな予感に焦りを感じた。
苦笑で誤魔化せないかと思ったが日之はお気に召さなかったらしい。
「そうやってごまかそうとするの紅葉の悪い癖だぜ! 俺の前でくらい素直になれよ!! 俺、ケンカ強いし、紅葉のこと守ってやれるから!」
「は、はぁ? いや、守ってもらわなくてもいんだけど」
「遠慮すんなよ! べ、別に紅葉の泣き顔にキュンときたとか、そんなんじゃないんだからな!」
「お前のツンデレとか需要ねぇよ!」とどこかからかヤジが飛んできた。全くその通りだと思う。自分に都合の良いことしか聞こえない日之の耳には入らなかったようだ。
そして泣き顔とはなんだ。
日之に泣いていたところなんて見せたこともないし、ましてやこの歳になってまで泣いたことなんかない。
「僕泣いてないんだけどぉー」
「何言ってんだよ、泣いてたじゃん! 押さえつけられて、犯されそうになったとき!!」
しぃんと、気持ち悪いくらい食堂内が静まり返った。
おま、おま、お前ー!! 普段「セックス」を言うのも躊躇うくらい初心な態度なのに、なぜどうしてこういう時は勢いがいいんだ。頬を引き攣らせ、その場に蹲りたい。できるなら消えていなくなってしまいたい。
「おまっ……! 考えてからもの喋れよ!」
綺麗な顔を歪めて叫んだ桜宮に誰かが唾を飲む音が聞こえた。
「ふざけてんの! こんな大勢の前で言うことじゃないだろ!」
「……足りない頭使って白乃瀬君の気持ちを考えたら?」
柔らかい微笑はなりを潜め、瞳に険を灯す水嶋にさらに空気が冷える。親衛隊隊長と副隊長の慌てように、この場にいる大勢の生徒に伝わってしまったはずだ。――白乃瀬紅葉が強姦されかけたことを。
食堂内にいた紅葉の親衛隊は悪意に満ちた目で日之を睥睨し、親衛隊に属さず無関心だったはずの生徒たちも驚愕に目を見開いては日之と、紅葉を見ている。
牙を剥き出しにして桜宮は罵詈雑言を日之に投げつけ、無表情の水嶋は口調さえ変えないものの理不尽な物言いをする日之に正論で返した。
「そもそも、お前みたいなのが……先輩に近づくのだってほんとは我慢ならないのに!」
「……なんだよ、お前ら。あ! もしかして! 紅葉の親衛隊だろ!」
ぎゃんぎゃんと喚きたてる日之の矛先が両脇の花に向かう。綺麗な薔薇には棘がある。日之の幼稚な言葉で逞しい花たちが傷つくとは思えないが、友人たちのことを酷く言われて胸が痛まないはずがない。
口を挟んでしまいそうになるのを、花たちが止めるのだ。どうして。
「その上、貴いお名前まで呼んで図々しいな」
「ふぅん? 僕たちが親衛隊だと判断するくらいの脳はあるんだ」
「お前らみたいな親衛隊がいるから雅人や雪乃にいつまでたっても友達ができないんだろ!」
雅人に雪乃って誰だっけ。場違いなことを考える紅葉を他所に、事態はどんどん悪化していく。紅葉に日之の手綱を握ることは不可能だし、握れたとしても断固拒否したい。こんな暴れ牛の手綱なんか握ったら大怪我大火傷を免れないじゃないか。
ほら、日之の後ろの二人も困った顔をしている。どうにか穏便にすませないと、と極めて穏やかな声音で紅葉は花たちに囁いた。
「……日之君の言ってることが嘘か真か、どう判断するかは皆に任せるけど、別に僕は気にしてないよ。だから、桜宮も、せんぱいも、怒らないで?」
「でも……っ先輩!」
焦れたように眉を顰めて呼ぶ桜宮に苦笑を見せた。水嶋も同じだ。何も言いはしないが、目が物語っている。
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