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 次に控えたイベントと言えば定期テストと身体測定だ。イベントと言っていいものか謎であるが、何かしらひと悶着起こるのは間違いない。  最後まで残った一年生と、一番多く捕まえた在校生は日を改めてお願い事を聞くことになっている。  所々で生徒同士でのいざこざがあったようだが、新入生歓迎会午後の部は無事に閉幕となった。風紀委員や他生徒による迅速な対応によって大事には至らなかったという。 「生き残り九人と、一番多く捕まえた在校生が二人ね。あー……お願いとかめんどくさ……」  お願いをすることのできる生徒の情報が書かれた紙を眺めながら、つい愚痴がこぼれ落ちた。  表向きは神宮寺も宮代も仕事をしてくれたが改心したというわけでもなく、五月に入った今も生徒会室を訪れる様子はない。  前はそれなりに雑談を楽しみながら仕事が行われていた生徒会室も、今は紅葉の紙を捲る音かタイピング音しか聞こえていなかった。  日之に染まっていない生徒会の良心新田はといえば、とうとう日之に捕まってしまい学園内を連れ回されているという。おかげで新田の親衛隊がここ最近殺気立っている。  親衛隊総隊長に協力を要請して各親衛隊を抑えてもらってはいるがそれもいつまで続くものやら。  問題は未だに山積みだった。 「……そういや、先生に呼ばれてんだ」  酷くなる頭痛に薬を飲もうと立ち上がった。  生徒会室には非常用に薬箱が用意されている。確か頭痛薬も入っていたはずと曖昧な記憶を掘り返しながら棚に並んでいる薬箱を取り出した。 「っと……?」  瞬間、ぐらりと体が傾いた。  倒れないようにと手を机について体を支えるが、肩に走った激痛にガクンと肘が折れてしまう。その間も頭痛はどんどん激しくなり、すぐ耳元で太鼓を叩かれているようだった。 (ほんと、さいあく)  朦朧とする頭に熱まで出てきたように感じ、ゆっくりと目を閉じた。冷たい床が気持ちいい。  途切れかかった意識の隅で、生徒会室に誰かが入ってくる音がした。 「――!」  誰だろうと、閉じてしまった瞼を再び持ち上げることはできない。  神原さんだったらいいな。そう思いながら黒い意識の海に呑み込まれてしまった。  甘い紅茶の香りに目を覚ました。 (……どこ)  ぼぅ、とする頭が一気に覚醒した白乃瀬は勢いよく体を起こすも、クラクラと歪み出す視界にまた逆戻り。  言葉にならない声を上げて唸りながら、ここがどこだかあたりを伺った。校舎とも寮とも違う高級感漂う室内。ダークレッドの絨毯に大人三人は余裕で寝そべられるふかふかのベッドに白乃瀬は寝かせられていた。 「大丈夫かい?」 「……おじさん」  心配そうな表情で奥の扉から顔を出した理事長にホッと息を吐いた。  ようやくここが理事長室に併設されている寝室だと理解して、体から力を抜いた。 「紅葉君?」 「え、あ、はい。あの、なんで僕、ここに」 「紅葉君が倒れたって連絡をもらってね」 「……は?」 「香君に連れてきてもらっちゃった」とウインクをする理事長――もとい叔父。  理事長秘書のあの美青年今頃あたふたしていることだろう。いつものことながら、秘書の彼に迷惑をかける叔父にこめかみが痛くなった。 「その、連絡をした人って」 「宮野君だよ。すごい焦った感じで連絡が着たからびっくりしちゃった。それでまさか紅葉君が倒れてるなんて思わなかったし」 「すいません……」 「あと、風紀委員長じゃなくて悪かったな、だってよ?」  羞恥と申し訳なさで思わず俯いてしまうと、苦笑しながら頭を撫でられた。  髪を梳くように優しく撫でられる。感じていなかったはずの疲れが一気に表に出てきてしまう。 「謝らなくていいよ。悪いのは仕事を押し付けた神宮寺君と宮代君」 「そうですけどぉ……僕には、仕事サボるほど日之君が魅力的には思えないです」 「ん? 日之君? あ、あー……あの二人も面倒くさいことしてるよね。好きなら好きって告白しちゃえばいいものを」 「玉砕が目に見えてるから言わないんじゃないんですかぁ……?」 「玉砕って、あれはどう見ても両思いだろうに」 「え? 両思いって、日之君照れてはいるけど惚れてはないと」 「え?」 「え?」  どこか食い違っている会話に二人揃って首を傾げた。 「……それにしても、生徒会の仕事には慣れた?」  妙な沈黙が二人の間に落ち、絶妙なタイミングで理事長は話題をすり替えた。これ以上続けても意味がないと判断したのだろう。 「慣れたと言えば、慣れました」 「紅葉君は昔から要領がよかったからね。とはいっても、今回みたいに無理をして倒れちゃったら意味がないよ」  理事長の目は心配と不安げに陰っていた。  叔父が父親だったらどんなによかったことかと、いつも思う。思うだけで叔父と甥っていう関係が変わるわけでもないのだが、今の時世、養子縁組やら何やらといろいろとあるために無駄な希望を持ってしまうのだ。  そんなこと、あるはずがないとわかっているのに。

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