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 白金が見聞きしたら発狂しそうなシチュエーションだが残念なことに二階席には役員生徒しか登ってこれない。  げんなりとしていれば、神原の吹き出した笑い声と彼の後頭部を襲った痛みへの悲鳴が立て続けに聞こえた。 「お前……後輩に何、ナニ言わせてんの。ドン引きなんだけど」  トゲトゲしいオーラをまとった保村がいた。  ゴミかなにか汚らしいものを見るような目つきで神原を睨みつける保村に、図太い神経の持ち主である神原は気にせず後頭部を押さえながら保村を睨み返す。 「誰かと思ったら保村じゃん」 「おう俺だよ。会計様もなんで大人しくこいつに従ってんの」 「なんとなく?」 「誰それんなことやってっと、襲われるよ」  実はもう襲われましたなんて言った日には保村だけでなく一澄にも怒鳴られそうな気がしてならない。  先日の騒ぎを知らないのか、首を傾げた紅葉はテーブルの下で足を小突かれた。正面に座る神原がぱちん、とウインクを投げた。どうやら風紀委員会が一役買っているらしい。あれ、でもついさっきの、宇宙人のせいでバレたんじゃないだろうか。 「神原さんにしかしないから大丈夫ですよぉー。保健委員長さんもご飯食べにきたんでしょ? 早く食べなきゃ時間なくなっちゃいますよー」 「……あ、そう」  いつもと変わらないあっけらかんとした紅葉に毒気を抜かれた保村は小さく溜め息を吐いて昼食を注文しに行ってしまった。  立ち去る際に神原の後頭部を再び叩いて、「気をつけろよ!」と再三口酸っぱくして言う保村をおかしなものでも見るような目で見送った。  残ったうどんをどうしよう、と器を見れば中身はすでになくなっているではないか。 「ごちそうさまでした」と手を合わせた神原に驚いた様子で言葉をかける。 「食べてくれたんですか?」 「うん。紅葉君ったらほんとにお腹いっぱいっぽいし。無理させるのもね。でも食べる量少なすぎだから、これからは俺と一緒に増やしていこ?」 「え? あ、はぁ、てか名前……」 「嫌だった? 俺のことも名前呼びにしてもらいたいんだ。椿貴とかぶるじゃん?」 「別に、嫌じゃないですけどぉ……」  予想だにもしていなかった展開に睫毛を瞬かせながら聞き返した。  名前が嫌いだから名前呼びされたくないとか、名前で呼びたくないとか、そんな大層な理由があるわけでもなく、神原ならいいか、と思ってしまっている自分がいることに胸中で気づく。ただなんとなく、名前呼びしたことで特別な繋がりを持つことが嫌なのだ。  名前で呼んでしまうことで愛着が沸くし、なんとも言えない『友情』というものを持つことに抵抗があった。ならば一澄や中学のメンバーはどうなのかと問われれば、なんとなく、と答えるほかない。  彼らは小学校だったり、中学校だったりとまだいろいろと理解する前だったのだから。  じゃあ、神原は?  目の前の彼に名前を呼ばれてどうだった? 名前を読んでみて、どう思った? 「風璃(かざり)、先輩?」 「今更先輩ってのもあれだなぁ。いっそ呼び捨てとかどう?」 「無理ですってそれは! 僕神原さんのファンに刺されちゃいますよぉ!」 「えー紅葉君なら大丈夫だって。ほら、名前呼び名前呼び!」  紅葉君、と形のいい唇が紡ぐ度に背筋が震える感覚がする。脊髄がむず痒く、なんとも言えない感情が胸の内に広がった。  まさか、そんなはずは、と自身に言い聞かせて飛び出しそうな言葉を無理やり飲み込み、その名前のつけることができない感情を胸のずっとずっと、とてつもなく深いところにしまいこんで鍵をかけた。 「風璃……さん」 「ふむ、うん、妥協かな。風璃さん、ね。これから名前で呼ばなかったら罰ゲームだからね」 「罰ゲーム!? き、聞いてないですけど!」 「今言ったからネ」 「その、罰ゲームの内容は?」 「んー……その時のお楽しみ」  パチン、とウインクをした神原に唖然とした白乃瀬はしばらくその場から動けなかった。  注文から戻ってきた保村が「むっつりすけべぇぇぇぇぇ!!」と叫びながらドロップキックを食らわせたのは後の校内新聞に載ることとなる。

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