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023
それぞれの昼食を食べながら、ふと、思い出したように神原は顔を上げた。
「白ちゃんの出身ってどこ?」
「京都ですよぉ。言ってませんでしたっけ?」
「聞いてないなあ。たまーに、イントネーションおかしかったから関西圏なんだろうなっては思ってたけど。たまに関西弁みたいだったから気になって」
「うっそ、気をつけてたんだけど」
「多分俺以外は気づいてないんじゃない。で、なんで方言で喋んないわけ?」
「さぁ?」と首を傾げてみせれば呆れた声が返ってきた。
自分のことに違いはないが、共通語で喋るようにと言って聞かせたのは神原の弟 だ。何を思って言ったのかわからないが、これまでの経験上思い当たるのはひとつしかない。
「ムラムラするからじゃない?」
「は?」きょとんと目を丸くされる。
「僕が京言葉使っとると、ムラムラするんやってさ。どーお? 神原はんはムラムラする?」
目を眇め、わざとらしく赤い舌先で唇をなぞる紅葉は酷く艶やかで、同性でありながらドキリと胸が鳴った。
紅潮した頬を隠すように水の入ったコップに口をつけた神原はここが二階席がよかったと息をついて、心底安堵する。
「神原さん?」
不思議に首を傾げる紅葉はわかっているのかわかっていないのか、柔らかい笑顔を浮かべるだけだ。
「……ほら、さっさと食べなきゃ昼休憩終わっちゃうよ。てか、白ちゃんは食べて体力つけないと。そんなんで鬼ごっこ、逃げ切れたの?」
「あ、あー、あはは、はは、実は僕捕まっちゃいましたぁ」
うどんをすすりながらあっけらかんと言い放つ紅葉も対し、驚愕に目を見開きガチャンっと残り少ないパスタの盛られた皿にフォークを叩きつけた神原はまくし立てる勢いで言葉を紡ぐ。
「……は? 誰に!?」
「都君」
「えーっと」
誰?
先ほどの勢いはどこに行ったのか、きょとんとした神原にあれ、と疑問が湧き上がった。
神原の弟、一澄の弟、桜宮の兄と紅葉は同じ中学に通う同級生だった。神原は一澄の弟を知っていたし、てっきり桜宮都のことも知っているものだと思っていたがどうやら思い違いのようだ。
「僕の親衛隊副隊長さぁん。桜宮都君」
「……問題児の新入生じゃん」
「問題児? 都君が?」
可愛らしい笑顔で笑いかけてくる元同輩の弟を思い浮かべた。
中身は悪魔だがあの美少年が問題児と言われるくらいの問題があるようには見えなかった。
「ある意味ね。新入生は着々と桜宮の親衛隊に入ってるらしーよ」
「らしいって……風紀委員長なのにそんな適当でいいんですか」
「一種の宗教だ」その一言で思い出した。
桜宮兄弟は兄も弟も天才肌で、良くも悪くもカリスマに溢れ、周りにはよく五月蠅いくらい人が集まっていた。どこへ行くにも人が取り巻き、その都度凍えた視線で追い払っていた兄のほうを思い出す。
何もしなくとも自然と人が集まってくるあれは、恐ろしいものだ。どれだけ兄弟が邪険にしようと、周りには人が集まるし、熱狂的ファンが何人もいた。それこそ、宗教徒の如く熱心に足しげく通うのだ。
兄弟と友人であった当時の仲良しグループは揃って地味な嫌がらせを受けたりもしたが、ただでやられている奴らでもなかった。やられたら三倍返しは当たり前、がいつのまにやらモットーになっていたりして、卒業する頃には絶対に敵に回しちゃいけないなんて友人共々恐れられていたなぁ、と遠い目になったり。
「……。神原さん、食べ終わった?」
嫌なことを思い出しちゃった。苦い表情で問いかければ、不思議そうにしながらも頷いた。
「白ちゃんはあんまり箸が進んでないみたいだけど?」
「お腹いっぱいなんですぅー。神原さん、食べますかぁ?」
「食べますか、ってこっちに寄せないでよ。残したらいいじゃん」
「だぁって勿体無いしぃー」
残したらせっかく作ってもらったのに悪いじゃん、と小声で呟く紅葉は変なところで律儀だった。
食堂の料理はどれも育ち盛りの高校生男児のために元から多めに作られることもあり、小食の紅葉が食べきるのはなかなか難しい。顔見知りのウェイターや受付だったら何も言わずとも量を減らしてくれるが、今回は神原が注文しにいってしまったためか融通がきかなかったのだろう。
前もって言っておけば頼む際に一言添えてくれただろうが、少なすぎる昼食に紅葉の健康を心配して『聞かなかったこと』にウェイターはしたかもしれない。
我が儘を聞いてもらっている身としては、なるべくは完食するようにしているのだが、気分だったり腹具合だったりで食べきれない日もある。そんなときは席を共にしている友人もとい某副会長に食べてもらっていた。余談ではあるが、細身で食に五月蠅い某副会長はかなりの量を食べる。
「……精一杯エロく言ってみたらいいよ」
「は?」
「白ちゃんなりのエロくでいいからさ」
何を思ったのかひとり頭の上に電球を光らせた神原は邪気のない笑みで言ってみせた。
とうとう頭が沸いてしまったのだろうか。
「は、はぁ……? えっと、ぼ、僕もう食べれないから、神原さん、僕の、食べてくれませんかぁ?」
「うーん、名前で呼んでみてよ。あともうひとひねり。ついでに関西弁で」
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