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花見
毎年、春の気配がしてくると、タロがいそいそと出してきてリビングに飾る絵がある。
タロがまだ神使になったばかりの頃に描いた絵で、桜並木の下、俺が右手に犬のタロの散歩ロープを持ち、左手を成人した人間のタロと手をつないで歩く後ろ姿を描いたものだ。
よく似た構図の絵を何枚か描いて元橋さんの画廊を通じて売りに出したが、そちらはすべて子供の頃の人間のタロが犬のタロの散歩ロープを持っているものなので、俺とタロの両方が描かれているのはこれ1枚だけだ。
初めて使う画材のお試しを兼ねて描いたので、色ムラや厚塗りになってしまったところもあって、売りに出せるような出来ではないのだが、それでも俺とタロの一番のお気に入りの絵だ。
ちなみに本当は人間の大人で犬耳犬尻尾のタロと俺が手をつないでいるところを描きたかったのだが、それをやるとこの絵を見た人が俺の性癖を誤解しそうなのでやめた。
俺はあくまでタロ萌えなのであって、犬耳犬尻尾全般に萌えていると誤解されたくはないのだ。
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「肉屋のおばさんが、川沿いの桜がそろそろ満開だって言ってましたよ」
神社でのアルバイトの後で商店街で買い物をして帰ってきたタロが、そう報告してくれた。
「えっ、もうか?
今年は早いなあ」
今年は3月の半ばから暖かい日が続き、例年より一週間以上も早く開花宣言が出されただけあって、満開になるのも早い。
「よし、それじゃあ明日花見に行くか?」
「はいっ!
お弁当作りますね」
そうして翌日、俺たちはタロが朝から作ってくれたお弁当を持って花見に出かけた。
毎年行っている川沿いの桜並木は、たくさんの桜の木があって見ごたえがあるのだが、出店も出ないし宴会が出来るほどの広いスペースもないので、都内にしては花見客が少なくて穴場なのだ。
今日は平日だが春休みだし天気もいいので、子供を連れたお母さんやお年寄り、学生っぽいカップルなどが散歩したりお弁当を広げたりしている。
俺たちも堤防のコンクリートの階段のすみに空いている場所を見つけて、いつものフリースのクッションを敷いて座った。
「本当に満開だな」
「そうですね。綺麗です。
今日はお天気もいいし気持ちがいいですね」
「そうだな」
そんな会話をしながら、俺はさっそくスケッチブックを取り出す。
ここには毎年来ているのだが、綺麗なものを見ると毎年見ているものでも描きたくなってしまうのは画家の習性だ。
タロもそんな俺には慣れているので、鉛筆を動かし始めた俺の左隣で黙って絵が出来上がっていくのを眺めている。
そうやって描き進めているうちに、ふいに隣からグーという音がした。
「あっ、すいません」
タロは慌ててお腹を押さえている。
「いやいや、俺こそ夢中になっちゃってごめんな。
そろそろお弁当食べようか」
「はい!」
タロは元気よく返事をすると、リュックサックからお弁当を出してきた。
タロがお弁当の包みをほどいている間に、俺も自分のリュックから水筒を出して2人分のお茶を注ぐ。
「おっ、今年は巻き寿司か。
うまそうだな。いただきます」
「はい、どうぞ。
いただきます」
プラスチック容器に詰められた巻き寿司に2人同時に箸を伸ばす。
巻き寿司の具は定番の玉子焼き、かんぴょう、キュウリだったが、かんぴょうも玉子焼きもタロの手作りなので、地味に手間がかかっている。
「お、うまいな。
さすがタロ」
「えへへ、ありがとうございます。
おかずも食べてくださいね」
「うん」
タロに勧められて、俺は今度は唐揚げを食べる。
こちらも下味がしっかりついていて、冷めていてもおいしい。
「お弁当の唐揚げって、なんでこんなにおいしいんでしょうね」
タロも唐揚げを食べながら、そんなことを言う。
「不思議だよなー。
味は揚げたての方がうまいに決まってるんだけど、弁当に入ってるのはまた別っていうか。
やっぱり景色のいいところで食べるからかな?」
「そうかもしれませんね。
あ、あと学さんと一緒に食べるからおいしいのかも」
「それはうちで食べる時も同じだろ?」
「あ、そうでした」
「うん、でもやっぱりタロと綺麗な景色が揃ってるからうまいのかもしれないないな」
「はいっ!」
そんなことを話しながら、俺たちは楽しく弁当を食べた。
食べ終えると、お腹がいっぱいになったタロがちょっと眠そうな顔になり始めたので、本格的に寝て犬に戻ってしまう前に、うちに帰ることにした。
「すいません……学さん、まだ絵が途中だったのに」
「いいよ、もうほとんど描けてたし。
けどまあ、出来たらもう一回くらいは見に来たいかな。
今度は散り始めの頃がいいな」
「じゃあ僕、次は寝ちゃっても大丈夫なように犬の姿で来ます!」
昼寝する気まんまんのタロの宣言に、俺はちょっと笑ってしまう。
「けどそれもいいかもな。
今日もぽかぽかしてて気持ちよかったから、実は俺もちょっと昼寝したかった」
「じゃあ次はお昼寝の用意してきましょう。
約束ですよ!」
「うん、約束な」
そんなささやかな約束をしつつ、俺たちはうちへと帰って行った。
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