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富士山旅行

3月上旬の平日、3泊4日の旅行に出かけることになった。 キャンピングカーをレンタルして、富士山周辺を巡る旅である。 テレビでキャンピングカーで静岡に行く番組をやっているのを見て、タロとこれいいなと言っていたのだが、タロがその話を神社でしたところ、なんとも太っ腹なことに佐々木さんがタロへのボーナスということでレンタカー代を出してくれることになったのだ。 さすがに申し訳ないと思って断ろうとしたのだが、佐々木さんが「がんばっているタロくんにご褒美をあげたいんです」と孫にお年玉をあげるおじいちゃんのような顔で言ったので、ありがたく甘えてしまうことにした。 借りる車は軽ワゴンで、後ろが全部フラットでマットレスが敷いてあり、小さなシンクとコンセントが付いているものだ。 キャンピングカーと言うには設備が少ないが、料金が安いのと車体が小さくて細い道でも運転しやすいのでこれに決めた。 タロが夜は犬に戻ってしまうので、ペット可の車を借りて、犬のタロに化けた式神も一緒に連れていくことにする。 ──────────────── 「わあ!  富士山が大きいですね!」 「おお、ほんとだ。  やっぱり近いと迫力あるな」 俺たちは途中で幾つかの観光地に寄りながら、初日の宿泊地である富士山の麓(ふもと)にある湖にやって来た。 ここに来るまでも富士山は見えていたが、やはりここは富士山の撮影スポットとして有名な場所だけあって、他とは一味違う見え方だ。 俺たちはあらかじめ調べておいた湖岸の撮影スポットを車で回って写真を撮った後、キャンプ場の受付に向かった。 「ちょっと早いけど、もうバーベキューやるか?」 「はい!」 俺たちは受付を済ませ、ついでに予約してあったバーベキューコンロを借りて、指定された場所に移動してバーベキューを始めた。 あらかじめ肉や野菜が切ってあるバーベキューセットを頼んであって焼くだけなので、あまりキャンプっぽくはないけど、雰囲気は十分味わえる。 「バーベキュー、楽しいですね。  富士山見ながら、焼き立てのお肉食べるの、最高です!」 「うん、やっぱり景色がいいところで食べるご飯はうまいよな。  あ、こっちの肉もそろそろいいな。  ほら、タロ」 「あ、ありがとうございます!」 そうやってバーベキューをしているうちに、だんだんと日が暮れてきた。 青から赤、やがて黒へと次第に色合いを変えていく富士山に俺たちは見とれた。 「あーっ、やっぱり描きたくなってきたな。  タロ、悪いけど風呂行く前にちょっと描いてもいいか?」 「はい、もちろんです。  それじゃあ片付けますね」 「うん。  さっき行った展望デッキのすぐそばが風呂だから、あそこで描くよ。  寒くなってきたら、すぐ風呂に入れるしな」 そうして俺たちはバーベキューの後片付けをすると、服をしっかり着込み、風呂の用意とスケッチブックを持って展望デッキへと向かった。 展望デッキは、日帰り温泉入浴できるホテルの前の湖岸にあった。 ホテルが近いので、夜でも歩けるように明るい街灯もあったので、街灯のそばのベンチに座ってスケッチブックを広げる。 ここからだと湖面に映った逆さ富士が綺麗に見えて構図もいい。 「夜の富士山って、ちょっと怖いみたいですね」 「そうだな。  昼間とはだいぶ違うよな」 闇の中に浮かび上がる富士山は、昼間の神々しさとは違う、どこか不気味な雰囲気がある。 そうやって幾つもの顔を見せるところもまた、大昔から多くの画家たちが富士山を描かずにはいられなかった理由なのだろう。 そうして俺もまた、夢中になって富士山の姿を描き写していった。 「しかしさすがにこの時間になると冷えるな。  タロ、寒かったら先に中に入っててもいいぞ」 「いえ、大丈夫です。  あ、でも寒いんだったら、あったかいコーヒーでも買って来ましょうか?」 「うーん、もうそんなにはかからないから、まあいいや。  それよりも、タロがもっとくっついてくれたらあったまりそうだなー」 俺が露骨に催促すると、タロは「えっ」と驚いたが、その後きょろきょろと周りを見回して近くに人がほとんどいないのを確認してから、俺の左腕にぎゅっと抱きついてくれた。 ──────────────── スケッチを終え、ホテルの大浴場で富士山を眺めながらゆっくりと温泉に浸かった後、俺たちは湯冷めしないように急いで車に戻った。 後ろに敷き詰められたマットレスの上に厚めの布団を敷いて、2人で早々に布団に潜り込む。 いつもなら寝る前にいちゃつくところだけど、さすがに車の中でやると車が揺れて目立ちそうなので、旅行の間は諦めた方が良さそうだ。 キャンピングカーは安上がりだし便利だけど、その点は残念だなと思う。 「明日は日の出前に起きるからな」 「はい、おやすみなさい」 「おやすみ」 タロは疲れていたのか、すぐに眠って犬に戻ってしまう。 車の中は家よりもだいぶ寒いので、犬のタロの高い体温をありがたく思いながら、俺も目を閉じた。 ──────────────── 翌朝はスマホのアラームで目が覚めた。 「おはようございます」 「おはよう」 いつものように朝のあいさつを交わして、俺たちは布団から出た。 「うー、寒っ」 寒さに震えながら、俺は急いで着替える。 こういう時は神通力で一瞬で着替えられるタロが羨ましい。 スケッチブックとカメラを持って、俺たちは周りの車で寝ている人たちの迷惑にならないように静かに車を出た。 湖岸に向かうと、三脚にカメラをセットしている人たちがすでに何人もいる。 みんなゴツいレンズの本格的なカメラばかりで、俺のようなコンパクトカメラの人はほとんどいないのでちょっと肩身は狭いが、俺たちも富士山と湖がよく見える位置を選んで日の出を待つことにする。 しばらく待っていると、あたりがだんだんと明るくなってきた。 山頂よりも少し下の、雪で白い部分が明るくなったかと思うと、太陽が顔を出した。 一斉に鳴り出したカメラのシャッター音の中、隣で「わぁ……」という感嘆の声が聞こえた。 俺もカメラを構えて一枚だけ写真を撮ると、後は黙って富士山が朝日に照らされていく風景をじっと見つめ続けた。 「写真、もういいんですか?」 「うん。  写真よりも、この目でしっかりと見ておいた方がいい気がするからな。  それに、タロと一緒に見たこんな綺麗な景色は、写真に撮らなくても一生忘れないと思う」 「そうですね。  僕も、ずっと忘れないと思います」 そうやって話している間に、太陽はすっかり昇り切ってしまった。 日の出の富士山が見られたのは短い時間だったけど、だからこそ美しい風景だったと思う。 「あー、綺麗だったな。  さて、今日も描くぞー!」 「あ、僕おにぎりとお茶持って来ますね」 「うん、ありがとう。  あのへんのベンチにいるから」 「はい」 そうして俺は、タロが持って来てくれた昨日買っておいたおにぎりと温かいお茶の朝ご飯を食べながら、また夢中になって富士山を描き続けた。

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