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4 小さな家2
二階をひと通り見て回って一階に降りると、玄関から小柄で痩せ型のおじいさんが入ってくるところだった。
つり目なのに優しそうな顔立ちをしたそのおじいさんは、白い無地の着物に紫の袴 をはいていて、俺はちょっとびっくりしてしまった。
「あ、あちらの方がさっきお電話で話した方です。
お客さん、こちらがここの大家の佐々木さんです。
商店街の端にある稲荷 神社の宮司 さんなんですよ」
不動産屋さんがお互いを紹介してくれている間に、ぞうりを脱いで上がってきた大家さんは、にこにこと微笑みながら俺に手を差し出してきた。
「はじめまして、佐々木です」
「あ、松下です。はじめまして」
俺が差し出された手を握り返して握手をすると、大家さんはにっこりと笑ってから手を離すと、不動産屋さんに言った。
「よさそうな方ですね。
お祭りのことは、もうお話してもらいましたか?」
「いえ、これからです」
「では、私の方から。
あのね、松下さん。実はこの家を借りられる方にお願いしていることがありましてね」
「はい」
「実は庭にあるお社なんですが、あれ、小さいですがあれでもちゃんとした稲荷神社でね。
毎月1日と15日にはちょっとしたお祭りをしないといけないんですよ。
それで申し訳ないんですが、毎月2回、こちらの家の中を通らせていただいてお祭りをさせていただきたいのですが」
「あー、なるほど」
確かにこの家の両脇は雑居ビルとマンションがぎりぎりまでせまっているので、庭のお社に行くには家の中を通るしかない。
「前は裏側にも何軒か家が立っていたので、そこの私有地の路地を通って裏口から入れたのですが、立ち退きして路地まで含めてビルになってしまったので通れなくなりましてね。
それでこちらの家を借りられる方には、祭りの時に通らせていただくことを了解してもらっているんですよ。
お留守にされている時は、合鍵を使って勝手に通らせてもらうことになるので、その辺も含めて了解していただける方でないと、お貸しできないというわけでして」
これは確かに不動産屋さんが言っていた通り、やっかいな条件だ。
プライバシーを気にする人や女性、人付き合いが嫌いな人なら、月2回とは言え、勝手に自分の家に入られるなんて論外だろう。
けれども俺の場合は男だし、気にするほどのプライバシーもないし、人付き合いは好きな方だし、この大家さんはいい人そうだからむしろ仲良くなりたいくらいだ。
神社の宮司さんということで身元もしっかりしているから、金を盗まれるような心配もないだろう。
それにこの家をあの破格の家賃で借りられるなら、そのくらいの条件はなんでもない。
「どうでしょう?
もし松下さんがそれでもよろしければ、こちらの家をお貸しできますが」
大家さんは、にこにこと微笑みながら俺にそう問いかけてくる。
そういえば大家面接があったはずだが、この様子だと、俺は知らない間に面接はパスしたらしい。
「はい、ぜひお借りしたいです!
あ、でも俺、職業は画家なんですが、大丈夫でしょうか?」
以前、他の物件で画家であることを理由に断られたことを思い出して、恐る恐る聞いてみると、大家さんはなんでそんなことを聞くんだろうとでもいうような顔になった。
「別にかまいませんよ。
画家だからといって、部屋を汚したり壁に絵を描いたりするわけではないでしょう?」
「あ、はい、それはもちろん」
「なら大丈夫です。
他に何か聞いておきたいことはありませんか?」
「えーと、あ、そうだ。
犬を飼いたいと思ってるんですが、いいですか?」
俺がそう聞くと、大家さんはちょっと渋い顔になった。
「うーん、犬ですか……」
「え? この家ってペット不可でしたか?
確か前に住んでたおばあちゃんは猫を飼ってましたよね?」
不動産屋さんは俺が犬を飼いたくて一戸建てを探しているのを知っていたので、ここで大家さんが渋るのは予想外だったらしい。
少し慌てた様子で大家さんに確認している。
「いえ、ペット不可というわけではないんですが、それにしても犬ですか……。
松下さん、その犬ってもうすでに飼っていらっしゃるんですか?」
「いえ、家が見つかったら、捨て犬の譲渡会とかに行ってもらうつもりでいます」
犬は飼いたいがペットショップで買うようなお金はないし、とくに犬種のこだわりもないので、飼い主に恵まれなかった犬を譲ってもらうのがいいかなと考えている。
「ああ、そうですか。
それなら大丈夫です」
なにが大丈夫なのかはわからないが、大家さんはほっとした様子でうなずくと、ふところから何かを取り出した。
「それでは、譲渡会の時はこの御守りを持って行ってください」
「……縁結びのお守りですか?」
「ええ。縁結びといっても、何も男女の縁を結ぶだけではないのですよ?
仕事の縁や友人家族との縁にもご利益がありますから。
松下さんと新しく飼われる犬にもよいご縁があるように、こちらを差し上げますから、譲渡会にはぜひ持って行ってください」
お守りを手に握らされながら、なぜか強めに念を押されたが、とりあえずありがたくもらっておくことにする。
「それじゃあ、決まりですかね。
一応、事務所の方で細かいことを確認してもらってから仮契約の手続きさせてもらいますから、一回戻りましょうか。
佐々木さんもわざわざ来てもらってありがとうございました」
不動産屋さんがそう言ったので、俺たちは家を出て、3人そろって商店街へと戻っていった。
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