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10 休日
タロが気絶して犬に戻ってしまったので、俺は服を着てからお湯を入れた洗面器とタオルを持ってきて、タロの体を拭いてやった。
俺が出したもので汚れてしまった背中や、オリーブオイルで濡れた尻を出来るだけそっと拭いてやったが、その間もタロはまったく目を覚まさなかった。
「うーん、さすがにこれは洗わないとだめか」
俺が白濁をぶちまけたタロの背中は、犬に戻ってしまったせいで毛皮がベタベタになってしまっていて、濡れタオルで拭いたくらいでは綺麗にならない。
「仕方ない。
明日風呂に入れてやろう」
毛皮を綺麗にするのは諦めて、俺はタロを布団に横向きに寝かせた。
そして自分も布団の中に入って、いつものようにタロに腕枕をしてやる。
タロはフゥンと鼻を鳴らしたが、目を覚ますことはなかった。
「おっと、暖房消さなきゃ」
隣のタロの暖かさにそう気付いて、リモコンで暖房を消す。
タロと一緒に布団にくるまるといつも通りほかほかと暖かく、俺はまたこうしてタロと一緒に眠れる幸せを噛みしめながら眠りについた。
――――――――――――――――
翌朝、俺が目を覚ますとタロはまだ寝ていた。
心なしかいつもよりもさらに可愛く見えるその寝顔を眺めていると、タロがぱっちりと目を覚ました。
「おはよう、タロ」
俺のあいさつに、タロは尻尾を振って答える。
俺の脇腹あたりに尻尾があるので、ちょっとくすぐったい。
「昨日は無理させてごめんな。
体は大丈夫か?」
タロの頭をなでながら聞いてみると、タロはなんとなく照れくさそうな顔でうなずいた。
「よし、それじゃ起きるか」
そううながすとタロは起き上がったが、その歩き方はちょっとよたよたしていた。
「おっと、やっぱまだつらいよな。
その調子だと階段危ないから、着替えるまでちょっと待っててくれ」
そう言うと、タロはうなずいてその場にお座りしたので、俺はさっさと着替え、夕べちょっと汚したシーツをはがしてから布団をたたんだ。
「よし、んじゃ行こうか」
洗濯物や洗面器は後で取りに来ることにして、俺は立ち上がったタロを抱き上げた。
タロはもうだいぶ重くなったので、最近ではこうして抱き上げることも少なくなっていたが、今日はその重さにさえ幸せを感じる。
「タロ、先にお参りいいか?」
階段を降りたところで聞いてみるとタロはうなずいたので、そのまま庭に出て稲荷神社にお参りする。
おかげさまでタロと結ばれることができました。
ありがとうございました。
心の中でお稲荷さんに礼を言ってから目を開けると、たぶん俺と似たようなことをお祈りしていただろうタロも、ちょうど顔を上げたところだった。
「よし、朝ご飯にしようか。
今日はいい方のご飯にするから、しっかり食べて栄養つけろよ」
そうして俺はいつもと同じような朝ご飯を、タロにはたまにしか出さないちょっと高い缶詰のドッグフードを用意して二人で食べた。
その後、後片付けや洗濯を済ませ、ついでにタロのごわごわになってしまった背中の毛も「汚しちゃってごめんな」と謝りつつ洗う。
いつもならそうやって一通りの家事を終えると仕事に取りかかるのだが、今日は我ながら浮かれていて絵に集中できそうにないので、自主的に休日にしてしまうことにした。
「あ、そうだ」
とりあえずという感じでスケッチブックを手に取りかけたところで、俺はあることを思い出して二階に上がった。
そして光と付き合っていた時に使っていた何冊かのスケッチブックを持って、また一階に降りる。
ソファーに座ってスケッチブックをめくり、光の絵が描いてあるページを破り始めると、タロが慌ててやってきて、俺を止めようとするように俺の腕に前足をかけてきた。
「ん? なに?
捨てることはないって言いたいのか?」
俺が手を止めてそう聞くと、タロはそうだというように何度もうなずいた。
「いや、やっぱり捨てるよ。
タロに嫌な思いをさせちゃったものを置いておきたくないし、それにもしまたヌードを描くようなことがあっても、今度はタロがモデルになってくれるだろ?」
そう問いかけると、タロはちょっともじもじした様子を見せたが、それでもはっきりとうなずいてくれた。
「うん、だったらやっぱりもう、これは必要ないよ。
あ、そういや学生の時にヌードモデルをデッサンしたやつも残ってると思うけど、それも捨てた方がいいか?
それは別に恋人とかじゃなくて、授業で描いたやつだけど」
一応聞いてみるとタロは首を横に振ったので、処分するのは光の絵だけにする。
スケッチブックから破り取った絵はうかつには捨てられないから、今度元橋さんのところでシュレッダーを借りることにしよう。
作業を終えると、俺は改めて新しいスケッチブックと鉛筆を持ってソファーに座った。
「タロ、今日はこっちに座らないか?」
ソファーの空いているところをぽんぽん叩きながらそう言うと、タロは尻尾を振ってうなずいたので、ソファーの上に抱き上げてやる。
ソファーに上がると、タロは少し迷うような素振りを見せた後、俺の隣にぺったりと寝て、俺の膝にあごを乗せてきた。
そんなタロの行動に、俺は思わずでれでれとにやけてしまう。
実はタロは普段、犬の姿の時はこんなふうにソファーの上には上がってこない。
人間の姿の時は並んで座って一緒にテレビを見たりするのだが、犬の時のタロはペットとしての分はわきまえていますとでも言うように、俺が呼んでもソファーには上がらず足元に寝そべってしまうのだ。
それなのに今日はソファーに乗った上にこうして甘えてくれるので、いかにも恋人同士になったという感じでうれしくなってしまう。
でれでれしつつも、俺はスケッチブックに鉛筆を走らせていく。
その様子を隣で眺めていたタロが、ようやく俺が何を描いているのか気付いたらしく、ハッとなって思わずという感じでスケッチブックに手をかけた。
「タロ、こういう絵は嫌か?
お前、昨日こういうふうに描いて欲しいって思ったって言ってただろ?」
俺が描いていたのは、昨夜のタロの痴態だった。
四つんばいで健気に俺を受け入れている、その色っぽい姿を、昨日この目に焼き付けたそのままに写し取っている。
「昨日のタロはすごく綺麗だったよ。
だからこそ、俺は描きたいと思ったんだ。
このスケッチブックは俺とタロだけの秘密にして、元橋さんにも他の誰にも見せないようにするから、描いちゃだめかな?」
俺がそう言うと、タロはどことなく恥ずかしそうな顔になったが、それでもちゃんとうなずいてくれた。
もし人間の姿だったらきっと真っ赤になって可愛かっただろうなと想像して、俺はまたにやにやしてしまう。
そうしてタロは、また俺の膝にあごを乗せ、少し恥ずかしそうにしつつも俺がタロの絵を描くのを見守ってくれた。
俺も絵を描きつつ、時折タロの頭や背中をなで、時にはタロが弱い耳もちょっと触ってタロを困らせてみたりする。
そんなふうにして、はた目から見たら飼い主と飼い犬が一緒にくつろいでいるだけとしか見えないだろうが、俺とタロとしては恋人同士でいちゃいちゃしながら、のんびりと休日を過ごしたのだった。
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