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おまけ:神使のお仕事(side:タロ)
正式な神使になった僕は、神使の神通力 を使う練習と、神使としてのお仕事を少しずつ始めている。
神通力を使う練習でまず最初にやったのは、尻尾を2本出さないようにする練習だった。
尻尾は元々は1本しかなかったのに、神使になってからは2本あるのが本来の姿ということになったので、気を抜いていたり眠ったりすると、うっかり2本目の尻尾が出てきてしまう。
ノリさんに「2本目の尻尾は全力で神通力を使う時以外は出す必要がないので、逆に言うと普段から力を抑えてコントロール出来ていれば自然と出てこなくなりますから」と言われて、神通力をコントロールする方法を教わって練習した。
最初のうちはうまくコントロール出来なくて、夜寝るたびに2本目の尻尾が出てきたけれど、練習したおかげで今では眠っても尻尾は1本のままでいられるようになった。
その他にも、ノリさんからは:神通力の使い方をいろいろと教わっている。
狐のお母さんは元々化け狐なので、神使のノリさんと僕も色んなものに化ける――変身するのが一番得意だ。
けれども、ノリさんは何にでも上手に変身するけれども、僕はまだ人間以外の動物にはうまく変身できない。
この前も猫に変身する方法を教わってやってみたら、黒ぶちの猫に変身できたのはいいけど、長い尻尾がぐるぐるとうずまきになってしまっていて、ノリさんに笑われてしまった。
「タロくんはまだ神使になったばかりなのですから、上手くできなくて当然ですよ。
私のように何百年も神使をやっていれば、自然と神通力も使いこなせるようになりますから、焦らなくてもいいですからね」
ノリさんはそう言ってくれたけど、やっぱりうまく神通力が使えないのはくやしいので、僕は暇を見つけては変身の練習をしている。
それから、神使の新しいお仕事として、ノリさんが宮司 をしている商店街の端の稲荷神社のお手伝いを始めた。
お手伝いと言っても、僕には神主さんの仕事はできないので、神社のお掃除をしたり、お札やお守りを売ったりするくらいだ。
けれどもそれも、立派な神使の仕事なのだとノリさんは言う。
「神様をお祀 りする神社をお掃除して清浄 に保つことは、大切なことですよ。
それに、神様は人間に信仰されることで力を得ることが出来ますから、神社に来てくださった方々がお参りに来てよかったと思えるように丁寧にお世話をすることも、神様のお役に立つことです。
ああ、けれどもタロくんには今まで通り、タロくんと松下さんを幸せにするお仕事もありますから、神社のお仕事は私が忙しくて手が足りない時だけで構いませんからね」
そんなわけで僕は、ノリさんが外にご祈祷 に出かける時や、土日で参拝者が多い時だけ神社のお手伝いをさせてもらっている。
お手伝いと言ってもノリさんはちゃんとお給料をくれるので、神使のお役目なのに申し訳ないと思うのだけど、ノリさんは「私もお給料はもらっていますから気にしないでください」と言ってくれたので、ありがたくもらうことにした。
神社のお手伝いをすることになって、人間の時の僕は「松下太郎」を名乗ることになった。
これは前に元橋さんがうちに来た時にご主人様がとっさに付けてくれた名前で、ご主人様と同じ名字だし、名前もご主人様が犬の僕に付けてくれた名前と似ていて気にいっていたので、ちょっとうれしい。
そして人間の時の年齢は、ご主人様が「タロはまだ1才だけど、もう大人だからな」と言って、20才になったばかりということにした。
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神社のお手伝いをする日は、神社に着くとまず拝殿にお参りして、それから社務所に行く。
「おはようございます! 宮司 さん」
神社のお手伝いをする時はノリさんのことを宮司さんと呼ぶ。
宮司というのは神社でのノリさんの役職名で、よくお参りに来ている人たちはみんなそう呼んでいるので、僕もそれに合わせている。
「おはようございます、太郎くん。
今日は10時前には出かけますから、それまでにお掃除をお願い出来ますか?」
「はい、わかりました」
社務所にカバンを置くと、僕は作務衣 という白い上着を着た。
これは神社のお手伝いをする時の制服のようなものだ。
境内をざっと見て回ったが、今朝近所の人が散歩に来たついでにお掃除をしてくれたようで落ち葉はほとんど落ちていなかったので、境内は少しゴミを拾うだけにして、代わりにトイレをしっかりと掃除した。
「お掃除終わりました」
「うん、ありがとう。
それでは少し早いですが私はもう出かけますから、授与所をお願いしますね。
ご祈祷 の後で神社の役員さんのところに寄りますから、帰りは12時前になると思います」
「わかりました。いってらっしゃい」
「いってきます」
そうしてノリさんは、ご祈祷の道具が入った大きな風呂敷を持って出かけていった。
僕はノリさんと入れ替わりで社務所の一角にある授与所の中に座る。
授与所とは、要するにお守り売り場のことだ。
お守りやお札は神聖なものなので、普通の商品のように「売る」のではなく「授与する」と言うのが正しいらしい。
この神社のお札やお守りは、授与品の業者から仕入れたごく普通のものばかりだけど、授与所に出す前にノリさんがご祈祷して神通力を込めているので、実はものすごく御利益 がある。
けれども神通力のことは人には言えないので、御利益のことも参拝者には内緒だ。
授与所の中に座ると、僕は御朱印 のセットが入った箱を開けた。
御朱印というのは、神社に参拝した記念として、御朱印帳に筆で神社名や日付を書いて、朱色の大きな判子を押したものだ。
ここ何年か、若い女の人たちの間で御朱印を集めるのがブームになっているそうで、この神社でもよく御朱印を頼まれる。
僕はまだ筆でうまく文字を書くことができなくて練習中なので、ノリさんがいない時にみえた参拝者には、ノリさんが紙に書いておいてくれた御朱印に日付を入れてお渡ししている。
よし、今日もがんばって練習するぞ。
自分で自分に気合いを入れて、すずりに墨汁を入れて練習用の紙と筆を取り出す。
この神社の御朱印は、まず紙の右上に小さめの字で「奉拝」と書き、真ん中に大きく「稲荷神社」、左上に小さく今日の日付を書く。
そして真ん中に正方形の「稲荷神社」の判子と、左下の空いているところにこの神社の鎮座地名と狐の絵の判子を、大きな朱肉を使って押せば完成だ。
ちなみに以前は鎮座地名も筆で書いていたのだけれど、最近になって僕のご主人様が描いた絵を元にして、商店街のハンコ屋さんに絵入りの鎮座地名の判子を作ってもらって、それを押すようになった。
この狐の絵がかわいいと評判になっているらしく、ノリさんによれば前よりも御朱印を頼まれることが多くなったらしい。
さすがはご主人様だと、僕はひそかに自慢に思っている。
「ううー、やっぱり傾いてる……」
練習した御朱印の文字は、まっすぐ書いたつもりだったのに右に傾いていた。
人間が普通にできることはだいたい出来る僕だけど、毛筆で字を書くのは難しくて、いつも傾いたり文字の大きさがばらばらになったりしてしまう。
ご主人様に相談したら「人間でも慣れないと筆で字を書くのは難しいからなー」と言っていた。
けれども、ご主人様が「こんな感じか?」と言いながら、絵を描く毛筆と墨汁で書いた御朱印は、ノリさんのきれいに整った字とは違うけれど、太くて味のある文字で、これはこれで上手で御利益がありそうだったので、僕は思わず「ご主人様は神使じゃないのに、うまいなんてずるいです」と言ってご主人様を困らせてしまった。
平日にお参りに来るのは近所の人や商店街に勤めている人がほとんどなので、授与所に用事がある人は少なくて暇なので、僕は参拝者にあいさつをしつつ御朱印の練習を続けた。
あ、吉田のおばあちゃんだ。
手押車のシルバーカーを押しながら鳥居から入ってきたのは、近くのアパートで一人暮らしをしているおばあちゃんだ。
吉田のおばあちゃんは信心深い人で、散歩がてらこの辺りの神社やお寺を順番に日替わりでお参りしているらしい。
おばあちゃんはシルバーカーにぶら下げていたビニール袋を拝殿にお供えして丁寧にお参りすると、授与所に向かって歩いて来た。
「吉田さん、こんにちは」
「こんにちは、太郎くん。
これ、お下がりだけど宮司さんに。
あと太郎くんにはチョコレートあげましょうね」
「あ、ありがとうございます」
おばあちゃんから受け取ったお下がりの油揚げは小さい冷蔵庫にしまって、チョコレートの方は遠慮なくその場でいただく。
吉田のおばあちゃんはいつもお菓子をくれるので、申し訳ないなと思っていたのだけど、ノリさんが「吉田さんは太郎くんのことを孫みたいに思っているから、お菓子をあげるのも吉田さんの楽しみの一つなんだよ」と言っていたので、それからは遠慮なくいただくことにしている。
シルバーカーはイスにもなるので、吉田のおばあちゃんはいつも授与所の前に座ってしばらく話をしていく。
ベテラン主婦であるおばあちゃんは料理や家事のことに詳しいので、僕はいつもいろんなことを教えてもらっている。
今日もチョコレートを食べながら、カボチャをおいしく煮るコツを教わっていると、お参りを終えた若い女性の2人組が授与所にやってきた。
「ああ、お客さんね。
それじゃあ私はそろそろ帰るわね。
太郎くん、またね」
「はい、またお待ちしてますね。
チョコレートごちそうさまでした」
そうして吉田のおばあちゃんに手を振った後、こちらに来た女性の方に向き直ると2人とも御朱印帳を出しているところだった。
「御朱印お願いできますか」
「はい、すみませんが今は神主さんがいないので、こちらの書き置いたものに日付を入れてお渡しする形になりますが、よろしいですか?」
僕がそう聞くと、一人はそれでいいと言ってくれたが、もう一人の人は少し申し訳なさそうな様子でこう言った。
「あの、私は御朱印帳に直接書いてもらったものだけを集めているので、こちらでも何とか書いてもらえないでしょうか。
そちらの書きかけのって、あなたが書かれたんですよね?」
そう言って女の人が指差したのは、吉田のおばあちゃんが来るまで僕が御朱印を練習していた紙だった。
「えっ……そうですけど、でも僕、まだ練習中で下手くそですよ?
ほら」
そう言って僕は、練習中の紙を女の人に見せたのだけれど、女の人はそれを見てうなずいてしまった。
「それで大丈夫ですから、お願いできますか?」
「え、いいんですか?
えーと、それじゃあ、お預かりしますね」
正直、こんな下手くそな字で御朱印を書かせてもらうのは申し訳ないのだが、ノリさんにも参拝者の希望はできるだけ叶えるように言われているので、御朱印帳を預かって新しいページを開いた。
緊張しながらも、下手くそなりに出来る限り丁寧に書いて、仕上げに判子を2つ押して、ようやく一息つく。
やっぱり少し傾いてしまったけれど、今の僕としては精一杯がんばって書かせてもらったつもりだ。
「これでよろしいでしょうか」
「はい、ありがとうございます。
無理を言ってすみません。
あ、あとこのお守りもください」
「あ、私も」
「はい、少々お待ちください」
御朱印帳の書いたページに墨がつかないように白紙を挟み、女の人が選んだ縁結びのお守りを紙袋に入れて一緒に渡す。
もう一人の女の人にも、ノリさんが書き置いた御朱印に日付を入れたものとお守りを渡し、2人からお金を受け取った。
「ありがとうございました」
「ようこそお参りでした」
女の人たちのお礼の言葉に、参拝された方や授与品を受けられた方にごあいさつする決まり言葉で返す。
女の人たちは鳥居の方へと歩きながら、御朱印帳を開いて「かわいい」と言いあっていた。
ご主人様の狐の絵がほめられたことに気をよくしながら、僕はもうちょっと御朱印を練習しようと再び筆を手に取った。
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