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第26話 素肌に触れたい
そっと、泉水のそれに唇を重ねてみる。
すると泉水の全身が硬直し、ぐっと息を止めている様子が、唇を通じて伝わって来た。そのウブすぎる反応が愛らしすぎて、一季は思わず顔を綻ばせてしまう。
「息、止めなくていいですよ?」
「………………えっ!? は、はぁ、はいっ……!!」
「そんなに硬くならないでください。ね?」
ちゅ、とリップ音をたてて軽いキスをすると、泉水の顔がかぁぁぁっと真っ赤に染まった。ふるふると大きな身体を震わせながら、ぎこちない手つきで一季を抱き返そうと腕を上げかけている。
一季はそっとそれを制して、泉水のジャケットの襟に手をかけ、するりとそれを脱がせにかかった。すると泉水は何故か「あうっ……♡」という熱っぽいため息とともに、恥じらうようにぎゅっと目を閉じ、一季のされるがままにジャケットを抜かれている。
家の中なのにスーツでいる、ということが何となく窮屈そうだったということもあるが、本音を言えば、もっと泉水の体温を感じてみたかったのだ。ワイシャツごしに形を表す泉水の逞しい肉体を手のひらで感じていると、じわりと身体が熱くなった。
ほっそりとして見えるけれど、泉水の上半身は締まった筋肉に覆われている。フィットしたワイシャツのラインが美しく、すべて脱いで見せて欲しいという願望が湧き上がる。肌と肌を重ねるだけでもいい。泉水にもっと、触れたいと思った。
一季は少し身を乗り出し、固く目をつむっている泉水に身体を密着させてみる。尻の下にある泉水のそれは、すでにしっかりとした芯を持ち始めているようだ。自分の行動一つでこんなにも昂ぶりを見せてくれる泉水の反応が愛おしく、一季はもう一度丁寧に、唇同士を触れ合わせた。
「……うぅ……ん……」
「泉水さん……ちょっとだけ、口を開いてもらってもいいですか?」
「え……ッ……!!??」
「いきなりディープキスなんてしませんから、ちょっとだけ」
「ディーぷっ…………っ……そ、そんなッ……んむ」
『ディープキス』という言葉に過剰反応している泉水である。その拍子に開かれた唇と戯れるように、一季は泉水の下唇を甘く食んでみた。すると泉水は「ふぅ、んっ」と微かな声をあげ、縋り付くように一季の腰を抱き寄せた。
泉水の首に両腕を絡めて、少し深いキスをする。
あたたかな粘膜が触れ合う感覚に、一季の身体も急激に熱を帯び始めた。
互いの唾液でしっとりと濡れ始めた唇は、えもいわれぬ心地よさだ。角度を変え、深さを変え、その弾力の心地よさに酔っているうち、いつしか一季は、夢中になってキスをしていた。
——はぁ……気持ちいい……。キスって、こんなに気持ちいいもんだっけ……?
「泉水さん……」
「は…………はい……っ」
「もっと、しててもいいですか?」
「ぁ……も、もも、もち、ろんです………」
とろんとした目つきで一季を見つめる泉水の表情にも、そこはかとなく官能的な雰囲気が漂い始めていた。
腰の強そうな黒いまつ毛に縁取られた凛々しい目が、今はしっとりと潤んで揺れている。泉水のしどけない眼差しに、一季の吐息はますます熱を増し、唇を重ねるたびに息が弾んで、呼吸が速くなってくる。一季を抱きしめる泉水の腕にも、じわじわと力がこもってきた。
「ん……いずみさん……」
「ぁ、う、っ……はっ……」
キスをしながら泉水の名を囁けば、ぴくりと泉水の手が震える。一季はそっと唇を離し、額と額をくっつけて、利き手で泉水の頬をするりと撫でた。
尻の下にある泉水の性器ははち切れんばかりに硬くなり、脈打つ拍動まで感じ取れてしまいそうだ。一季がちょっと尻を動かすだけで、泉水は「ぁ、あ、っ……まって、まってくださいっ……!!」と切羽詰まったような声をあげている。
「すごく、かたくなってる……泉水さんの……」
「だ、だ、だって……嶋崎さんのキス……めっちゃ、エロいし……! も、あたま、ぼーっとしてきて……」
「僕もですよ。……泉水さんとキスするの、すごく、気持ち良いから」
「えっ、ほ、ほんまに……ですか!?」
「ほんとです。……こんなに、気持ちがいいなんて……はじめてです」
そう言って一季がまた泉水にキスをしようとしたところで、泉水がババっと顔を背けた。どうしたのかと思っていると、ぎゅっと目を閉じ、ぶるぶると震えながら、泉水は苦しげな声でこう言った。
「待っ……待ってください……!! このまましてたら、俺……また、ろくでもないことしてまいそうで……ッ!!!」
「ろくでもないこと……?」
「ま、また、嶋崎さんに襲いかかってしもたら、あかん、あかんから……!! これ以上は勘弁してください……!」
「あ……」
一季はハッとした。あの時、一季が拒んでしまった時のことを、泉水はひどく気にしているのだろう。申し訳なさに心が痛んだ。
だが、今は、泉水とこうしていることに、何の抵抗も感じない。全てを受け入れてくれた泉水だからこそ、もっと触れて欲しいと感じている。もっとその先まで進みたい、泉水のことが大好きなのだと、全細胞が訴えている。
一季はそっと泉水から両腕を離し、身につけていた長袖Tシャツを、するりと脱ぎ捨てた。
すると、泉水がグワッと目を剥いた。
「ちょぉ、ちょっ……!!?? な、な、な、なにしてはるんですか!!???」
「あの時は、すみませんでした。……泉水さんに触って欲しかったけど、でも……不安が先に立ってしまって」
「あ、あの、え、ちょ、待っ、」
「でも今は、もっと、泉水さんと触れ合えたらって思ってるんです。肌と肌で……もっと」
「うっ…………!?」
そっと、泉水のネクタイに指をかける。ノットに指を差し込み、しゅるりと解く。そしてワイシャツのボタンを、ひとつひとつ、はずしてゆく。
されるがままになっている泉水の表情を窺ってみると、泉水はまばたきもせず、一季の白い肌を食い入るように見つめていた。泉水の胸は大きく上下し、吐息も荒い。一季を欲する泉水の欲望を、ひりひりと感じる。
それをものすごく、嬉しいと思えた。
「……泉水さん……」
やがて露わになった泉水の上半身に、一季はたまらず溜息を漏らした。
瑞々しい艶を湛えた、健康的な肌だ。引き締まった筋肉のしなやかさが、素晴らしく美しい。
首筋のラインや、きれいに浮き上がった鎖骨の稜線。緩やかに盛り上がった胸筋や、六つに割れた腹筋には、無駄な線などひとつもなかった。いつまででも見つめていたいと思えるほどに、理想的な肉体美。一季はしばし言葉を忘れて、うっとりと泉水の裸身に見惚れてしまった。
「そ、そんな見んといてくださいよ……。は、は、恥ずかしいんで……!」
「うそ、何でですか? めちゃくちゃかっこいいですよ……よだれが出そう」
「よ、よだれ?」
「あっ! あの……ええと、変な意味じゃなくて……! って、変な意味しかないですけど……」
「変な意味って……ははっ」
泉水の肉体に惚れ惚れするあまり、おかしなことを口走ってしまった。一季があたふたしていると、それを見た泉水が、珍しく笑顔になった。
泉水が笑っていると、くすぐったい気持ちになる。一季もつられて照れ笑いを浮かべていると、泉水は恥じらうように目を伏せたまま、こんなことを言った。
「し、し、嶋崎さんだって……めっちゃ、きれいです」
「あ……ありがとうございます。あの……もっと、くっついてもいいですか?」
「も、も、ももも、もちろんです!! さあどうぞ!! どうぞ!!」
泉水が嬉々とした表情で、がばりと両腕を広げた。その笑顔は、こういう色っぽい場面においては不似合いな爽やかさかもしれないけれど、泉水の実直な反応はすごく嬉しい。一季は笑顔を浮かべ、ぎゅっと泉水に抱きついた。
素肌と素肌で触れ合った瞬間、思わず深いため息が漏れた。
一季はぎゅっと泉水の肩口に顔を埋めて、肌の匂いを深く吸い込む。
——はぁ…………あったかい…………。泉水さんの肌、もちもちで気持ちいい……ふぁ……。
泉水の肌はしっとりと汗ばんでいて、一季の体温よりもずっと熱い。背中に回った泉水の腕のたくましさにも、きゅんと胸が高鳴ってしまう。こうしていると、泉水からぬくもりを分け与えてもらえているような気がして、なんだかすごく安心できた。
柔らかな匂いや体温に癒されて、しばらくの間、一季はただただ無言で泉水にひっついていた。目を閉じて、すりすりと泉水の肌に頬を摺り寄せてみると、泉水がびくんと身体を震わせる。
一季はふと、違和感を感じて目を開いた。
泉水が、いつになく静かなのである。
一季はようやくゆっくりと身体を離し、泉水の肩に手を添えて、その顔を覗き込んだ。
「……泉水さん……?」
「………………えっ?」
「あ、あの……なんか、静かだなと思って……」
「あっ、いやあの……なんていうか、その……」
泉水はどことなく夢から覚めたような顔をして、ぽっと頬を染めた。そして、一季の腰や背中に回した腕はそのままに、気恥ずかしげにこんなことを言う。
「なんていうか……めっっちゃ、かわいいなと思って……」
「え?」
「嶋崎さんを抱きしめてたら……なんかもう、胸いっぱいっていうか。あぁ〜〜〜もうほんっまに好きやなぁって、実感っていうか……」
「い、泉水さん……」
泉水が大真面目な口調でそんなことを言うものだから、一季もついつい照れてしまう。照れてしまうし、これまで以上に愛おしさがこみあげてきてしまうし、どうしていいか分からないような気分だ。
「あの……泉水さん」
「…………あっ!! す、すんません!! いつまでもいつまでもベタベタベタベタしてたらあきませんよね!! お、俺、シャワーも浴びてへんのに、汗臭い身体でほんま調子のって、」
「ベッド……いきませんか」
「…………………………はい?」
泉水が、蝋人形のように固まった。
「もしよろしければ、もうちょっと、こうしていたいんですが……」
「……………………あ、え?」
「あ、あの、ベッドの方が、楽、じゃないですか? 横になって……もうちょっとだけこのまま……」
一季がしどろもどろになりながらそう言うと、泉水は一旦ぎゅっと目を閉じ、天を仰いですーーーーーはーーーーーと深呼吸をした。
そして、生死を分かつほどの大決戦を前にした武士のような重々しい表情でひとつ頷き、「…………はい」と応じた。
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