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第29話 一歩前進〈泉水目線〉
「ふ……っ……」
自然と手が動き、泉水は一季の脇腹に触れていた。くすぐったさを堪えるような息遣いにも聞こえるが、そのため息には濡れたような響きがあり、とても色っぽい。
一季の肌はきめが細かく、どこに触れても吸い付くような柔らかさだ。手のひらで撫でているだけで気持ちがよくて、ちょっと落ち着いていたペニスが、再びむくむくと育ち始めている。そうなってくると、もっともっといろんなところが触りたくなる。そして、一季の反応が知りたくなる。
泉水は予てから触れてみたいと思っていた箇所に指を這わせて、そっとそこを、指の腹で擦ってみた。
一季の、小さな胸の尖りである。
「ふぁ……っ……!」
ちょっと指先で撫でただけなのに、首に回っていた一季の腕に力がこもり、甘く切なげな悲鳴が漏れた。泉水は思わずキスを止め、一季の反応をうかがうべく顔を覗き込んでみた。
一季はとろんととろけた表情で、重たげにまつ毛を持ち上げた。泉水を見つめる瞳はうるりと潤み、今にも泣き出しそうな表情である。
「……いずみさん……もう一回、さわってみて、もらえませんか……?」
「えっ、えっ? い、いいんですか……!?」
「はい……。なんか……すごく、なんか……気持ちよくて……」
――き、きもちいい……!? ほ、ほんまに……!?
まさか褒めてもらえるとは思ってもみなかったため、泉水のテンションは急上昇だ。だがその一瞬後になって、一季が気を遣ってそんなことを言ってくれているのかもしれない……という不安がもわりと湧く。
本当のところを知りたくて、泉水は一季の表情をじっと窺ってみた。そして同時に、もう一度、一季の乳首をふにふにと指先で捏ねてみる。すると一季はぴく、びくっと身体を震わせ、「ふぁっ」「あんっ」と甘く可愛らしい声を漏らしながら、ぎゅっと硬く目を瞑った。
――ほ、ほんまに、感じてくれてはるん……? 演技してるとか、そういうふうには全然見えへんし……。ってことは、ほんまに気持ちええんやろか……。
その声が本物の喘ぎ声だと思えた瞬間、泉水の性欲が凄まじく盛り始めた。徐々に慣れてきたキスで一季の唇を塞ぎ、硬く芯をもってツンと存在を主張する小さな乳首を、思うさま愛撫した。
親指で強く捏ねたり、先端を軽く引っ掻くように刺激したり、ちょっとつまんでみたり……。その度に一季は腰をくねらせ、背中をしならせ、泉水にひしとしがみつきながら、初々しい反応を見せてくれる。
「ぁっ、ンっ……ふっ……ぅ、うンっ……」
――うわ、ぁあああ、めっちゃエロい声出してくれてはる……!! 何やこれ、めっちゃ、めっちゃ興奮する……!! で、でもあかん……!! このまま突っ走ったら……っ……!!
泉水の脳内では、おなじみのチワワが超高速疾走をしているイメージがもわもわと浮かんでいる。本音を言うならば、このままこのスピードで突っ走って、一季の全てを暴いてしまいたいという気持ちでいっぱいだ。今すぐにでも一季を生まれたままの姿にして、脚を開かせ、スラックスの中ですごいことになっている己の欲の塊を、一季に受け止めてもらいたいと本能は叫ぶのだ。
だが、願望とテクニックと度胸のバランスがまるでなっていないため、それを実行に移すことは難しい。それがもどかしくてもどかしくてたまらなかった。
まずいことに、どうもその煩悶が行動に現れてしまっていたようだ。泉水は無意識のうちに、剛直したペニスをぐいぐいと一季のそれに押し付けて、荒っぽく腰を振っていた。
「いずみさん……はぁっ……ァっ……もう、かたくなってる……」
キスがふと途切れたとき、一季がたまらなくセクシーな声でそんなことを囁いた。そう言われて初めて、泉水は自分が獣ように腰を振っていたことに気がついた。紅潮していた顔が、さっと青くなる。
「へ…………あっ……!! ご、ごめんなさい!! お、俺また調子乗って……!!」
「いずみさん……僕、きもちいいんです……」
「えっ?」
一季の表情はもはやふにゃにゃに蕩けていて、見つめているだけで射精してしまいそうなほどにいやらしかった。
普段は、涼やかに整った美貌が爽やかな一季である。だが今は、唾液で艶めく唇は熟れた果実ように赤く、頬を上気させて呼吸を乱し、眉をハの字にして涙目になっているではないか。一季のその表情は、底なしに淫らだった。
「し、しまさきさん……」
「いずみさんとキスするのも、触ってもらうのも……、嘘みたいに気持ちがいいんです……」
「ほ、ほんまに……?」
「前……さわってください……。もう、イきたいです、僕っ……」
その瞬間、泉水の性欲が爆発した。
泉水は一季の口内にぬるりと舌を挿入し、同時に一季のコットンパンツに手をかけた。すると一季は待ってましたとばかりに自ら腰を浮かせて、泉水の行為に協力する。
そして露わになった一季のペニスを、泉水は掌の中に、優しく包み込んだ。
「ふぅっ……!」
とろりと熱い蜜に濡れた、一季の高ぶり。それが、泉水の掌の中でどくどくと脈打っている。やや窄めた手のひらをゆっくりと上下させると、一季はびくん! と腰を跳ね上げ、顎を仰のかせた。
「ぁ……!!」
「嶋崎さんのも……めっちゃかたい。イけそう、ですか?」
「はぁっ……あぁっ、いずみさん、あ、あっ」
一季の表情をじっくりと見つめながら、くいくいと手で扱く。そうしているうちにも、とぷとぷと溢れ出す一季の体液が、泉水の手のひらをぬるりと濡らしてゆく。
不感症なのだという悩みが、嘘のようだ。一季はひどく感じが良く、少しの刺激にも敏感に反応をくれる。泉水の拙い愛撫にさえ、こんなにもいやらしく乱れてくれるのだ。一季を喜ばせることができているという手応えが嬉しくてたまらず、泉水は夢中になって、汗ばむ身体を探っていた。
「気持ちいい、ですか?」
「あ! ぁっ……ぁ、きもちいい……きもちいいです、いずみさん……ハァっ……」
「あぁもう……エロい顔、めっちゃかわいい。……はぁ……俺までイキそう」
「こんなの、はじめてなんです……こんな……っ」
「はじめて?」
「ん、ァっ……はぁっ……。いいよぉっ……イイ……はぁ、いずみさん……キスして」
乱れる一季の両目から、つうっと一筋涙が溢れた。
堪えきれないほどの愛おしさを注ぎ込むように、泉水は一季と濃密に舌を絡める。そして、ペニスを扱く手の動きを速くすると……。
「んッ、んんぅーーー……っ……!!」
ビク、ビクッと痙攣しながら、一季のペニスから熱いものが迸った。泉水の首にしがみついていた一季の口から、くぐもった悲鳴が漏れている。
「はぁっ……はぁっ……はぁ……ん……」
少し身体を離してみると、一季はくったりと脱力し、胸を上下させながらゆっくりと目を開いた。しばし呆然と空をさまよっていた一季の目が、ようやく泉水に焦点を結ぶ。
「嶋崎さん……い、イけたん、ですね」
「う…………」
泉水と目が合った途端、一季の表情が、くしゃりと歪んだ。
そして堰を切ったように、一季の双眸からどっと涙が溢れ出す。
「えっ!? ど、どうしはったんですか!?」
「うっ……うう、うっ……ひぐっ……」
「な、なんで泣いてはるんですか!? な、何か嫌やった……?」
「はじめて、いけたんです……」
「え? はじめて?」
「誰にそこ、触られても……っ、気持ちよくなくて、……うっぐ、どうしてなんだろうって、思ってて……」
「え……そうやったんですか?」
「でも、いずみさんにしてもらって……初めて、すごく、気持ちいいって……。心の中も、からだの中も、ぜんぶ、いずみさんで、いっぱいっていうかんじで……っ、すごく、安心できて……」
そこまで一息に喋ったあと、一季は拳で顔を覆ってしまった。射精したせいで、気持ちまで昂ぶっているのだろう。要領を得ない話をしながら嗚咽を漏らし、震えている一季のことを、泉水はぎゅっと抱きしめた。
――心の中も、身体の中も、俺でいっぱいって……。そんなん、嬉しすぎるやんか……。
「上手にイけてましたよ、嶋崎さん。めっちゃ気持ち良さそうな声、ほんっまにかわいかった」
「……っぐ、うぇえっ……」
「良かったです。嶋崎さんが気持ちよくなれて。俺もめっちゃ、ホッとしたっていうか」
「……ご、ごめんなさいっ……ふひつような、ふあんをっ……いだかせてしまって……っぅうっ……」
「いやいやいや、謝らんといてくださいよ。俺、めっちゃ嬉しいです。ある意味、嶋崎さんの初めての男になれたっていう感じがして」
「いずみさん……」
『初めて一季を抱いた男』にはなれなかったけれど、一季は泉水に触れられることを、こんなにも泣いて喜んでくれている。泉水もまた涙ぐみながら、しっとりと汗に濡れた一季の髪の毛に頬ずりをした。
「いずみさん、好き。大好きです。好き、うぇええっ……」
「俺もです。めっちゃ好き。嶋崎さん…………やなくて、一季くん、が……」
「え……?」
唐突に呼び方が変わったことに驚いたのか、一季がぐしゃぐしゃに濡れた泣き顔を上げた。
ずっと考えていたのだ。いつまでも『嶋崎さん』では、二人の間の距離が埋まらないような気がしていたため、はやく名前で呼びたいものだと。『一季さん』ではあまり距離感が変わらないような気がしたし、かといっていきなり呼び捨てなど出来うるはずがない。そして脳内会議を重ねた結果、一季の呼称は『一季くん』に決定していた。
早くそう呼びたかったけれど、照れが先に立ち、なかなか実行できなかったのだ。
しかし、いざ呼称を変えてみると、一季の目からはまた改めてのようにドバドバと涙が溢れ出している。泉水は慌てた。
「あっ、あっ、これじゃ馴れ馴れしすぎですか? す、すんませ……」
「いずみさん……このタミングでそれ……っ……うぐぅっ……ひっぐ」
「え?」
「うれしいです……すごく、いずみさん……うぁああ……っ」
「へ、へへっ……」
おいおいと泣きじゃくる一季の身体を抱きしめたまま、泉水もまたくすぐったそうな笑い声を漏らした。まだ童貞を卒業したわけではないけれど、これまでに感じたことのない感情が泉水の胸を満たしてゆく。
泉水は一季が落ち着くまでずっと、震える背中をしっかりと抱きしめていた。
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