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番外編・最終話

   翌朝の朝食は、それはそれは豪勢な和食だった。  昨夜は海鮮づくしの会席料理であったが、今朝もまた、目にも美味な海の幸が並んでいる。なかなかのボリューム感であるため、夜通し酒を飲んでいた同僚たちにはちと量が多すぎたようだが、昨晩の大ハッスルのおかげですっかり空腹だった一季は、それらの朝食をぺろりと平らげていた。 「……嶋崎くんて、細い割によく食うんだね……」 と、昨日のビーチバレーで少し親しくなった財務課の若手・工藤が、隣で青い顔をしながらそう言った。一季は曖昧に微笑んで、「学生時代は陸上やってたから、割と食べるんだよね」と返事をする。  そうこうしていると、ぬっと青い顔をした田部が朝食会場に現れた。  田部は一季を見つけると、ゾンビのような足取りでこちらへ向かってくるや、崩れるように座布団の上に座り込んだ。これには工藤も「だ、大丈夫か?!」と仰天している。 「どうしたの田部くん。二日酔い?」 「ええ、まぁ……。俺…………昨日、ずっと女部屋で飲ませてもらってたんですけど…………」 「へぇ、良かったじゃないか。そういうのがしたかったんでしょ?」 と、一季が軽い調子でそう返すと、田部はゆーるゆーると緩慢な動きで首を振る。そして、重苦しい口調でこう言った。 「女って、怖いっすね…………」 「……えっ、い、いったい何があったの?」 「なんつうか…………最初は、旦那や彼氏の愚痴大会みたいになってて、俺、うんうんって優しく話聞いたげてたんすけど…………だんだん、下ネタっつうか猥談っつっか、赤裸々すぎるトークが始まって…………なんか、女の本性全部見ちゃったみたいな…………俺、もう女に夢見れねぇっすわ…………」 「あ……そう……なんだ」  燃え尽きたように項垂れる田部にかける言葉も見つからず、一季はぽんぽんとその背中を叩いてやることしかできない。  「ま、先に知っとくとがっかりしなくていいんじゃねぇの?」と、彼女もちの工藤が、さらりと田部を慰めている様子を見守っていると、今度は私服姿の泉水が、ひょいと朝食会場に現れた。  ――あっ…………泉水さん。  田部なんぞそっちのけで、一季の視線は泉水に釘付けだ。泉水もまたすぐに一季を見つけて、まっすぐこちらに歩いてこようとした。が、今日もまた古株教授陣に捕まってしまい、一列向こうの座卓で朝食をとることになった。  泉水の姿を見ていると、昨晩のあんなことやこんなことが一季の脳内を駆け巡り、ぽっと頬が熱くなる。  浴衣が脱げてしまうまでセックスに溺れたあと、ふたりは部屋付きの半露天風呂に入ることにした。  はじめはしっぽりと、ただただくっつきあって湯船に浸かり、のんびりと夜空を眺めていた。潮騒を聴きながら、心地よい温度の湯に浸かるというのは、なんともいえず贅沢で心地のいい時間だった。だが、身体が温まってくると、なかなかどうしていやらしい気分になってしまうもので、いつしか二人は自然と唇を重ね、濃密に舌を絡め合うようになっていて……。  そうなると、泉水が早急に興奮状態となってしまった。ついさっき何度も何度も一季の中に熱いものを迸らせたというのに、なんという精力だろう。快楽に容易い肉体を恥ずかしがる泉水が愛らしく、そしてとても美味しそうで、一季は迷わずその場で泉水のものを宥めてやったのだった。  壁を隔てた隣の部屋には、古株教授陣が宿泊している。泉水は必死で声を殺して、一季のフェラチオに凛々しい顔を蕩けさせていた。逞しい裸体を惜しげも無く晒し、口を手で押さえて喘ぎを抑え込んでいる泉水に対して、一季はものすごく興奮してしまった。  そして我慢ができなくなり、温泉もそこそこに部屋へ戻って、二人は明け方近くまでもう一度激しく――  ――あぁ……どうしよう。ん……勃って来ちゃう……。浴衣じゃなくなてよかったよ。ジーパンなら、まだ目立たないから……。  空は清々しく晴れて、今日も青い海がきらきらとまばゆい。  そんな朝の爽やかな時間に、ピンク色の思考を全開にしている一季のほうへ、ちらりと泉水が視線をくれた。そして泉水も、ぽっと頬を赤らめている。  だが、その視線の絡み合いは、すぐにベテラン教授によって遮られた。 「塔真くん、このボタンを一番上まで留めるのは、トレンディさに欠けるなぁ」 「い、いやいや先生。ぽ、ポロシャツは一番上まで留めるのが流行りなんですわ」 と、理学部の名誉教授がもりもりと白飯を口にしながら、泉水のファッションに口を出しはじめた。  今朝の泉水は黒いポロシャツを着用しているのだが、確かにあの色のシャツで首を詰まらせているというのはいささか野暮ったいし、暑そうにも見える。といっても、泉水は見目が良いため、それはそれで格好がついてしまうのだが。  ――申し訳ない……。僕があんなところにキスマークをつけたからだな……。  と、一季は味噌汁を飲みながら、人知れず照れてしまった。  騎乗位で泉水の蕩け顔を堪能していたとき、ついつい調子に乗って、首筋にキスマークを残してしまったのだ。  交際相手にそんなことをしたのは初めてだ。初めての『所有印』に、一季もまた興奮してしまい、泉水のあちらこちらに赤い痣を残してしまった。  ――暑いよなぁ、さすがに。ごめんなさい、泉水さん。……でも、なんか……浮かれちゃうなぁ……。  内心泉水に手を合わせつつ、一季はデザートのシャーベットを平らげた。  するとそこに、こんどは真っ白い顔をした里斗がやって来て、田部をあしらう工藤の隣に、ストンと腰を落とす。 「渡瀬くん、おはよう。ひどい顔色だなぁ」 「……先輩……俺、昨日の記憶が全くないんですけど……」 「ええ? 本当に?」 「俺……、確か先輩と飲んでましたよね? でも気づいたら、部屋で寝てて…………はっ、先輩、まさか俺に、変なこと……?」 「す、するわけないだろ!! 変なこと言わないでくれよ!!」  大慌てで里斗の妄想を否定していると、「おはようございまーす!!」と庶務課の若い女性職員が、朝食会場の前に立った。小柄で愛らしい外見をしているが、田部が「ひえぇ出た……」とくぐもった悲鳴をあげているところを見ると、本性はきっと恐ろしいものを秘めているのかもしれない。 「海の幸は堪能できましたか〜? 今日の午前中は、お土産街道食い倒れツアーを予定していますので、しっかり胃袋あけといてくださいね〜!」  その女性職員が快活な声で宣言すると、会場からげんなりした悲鳴が聞こえてきた。主にベテラン教職員のほうから発せられた声である。 「嶋崎くん、一緒に回ろうよ。ほら、田部くんもこんなだしさ」 と、工藤がにこやかに誘いをかけてくれた。一季はちょっと笑って頷き、こう付け加えた。 「塔真先生も誘ってみない? ほら、飛鳥井先生にべったり絡まれて大変そうだし」 「お〜ほんとだ。よし、俺が後で誘ってくるわ」 「うん、ありがと」  二人きりで過ごす時間も素晴らしく愛おしいが、泉水とならば、こうして職場の仲間たちの中で、共に過ごすこともできる。泉水が仕事仲間たちに好かれ、受け入れられている様子を見ていることも、一季にとってはとても幸せなことなのだ。  ――でも、うちに帰って二人になったら、きっとまたエッチなことしちゃうんだろうな……。  と、旅のあとのことまでついつい妄想してしまう一季である。  名誉教授の老獪な視線から必死でキスマークを隠している泉水に申し訳なく思いながらも、一季はほこほこと浮かれた笑みを浮かべるのであった。  番外編『職員旅行へ行きましょう!』・ おしまい

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