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〈中〉

  「泉水さん、遅いなぁ」  クリスマス特番を見るともなく眺めながらビールを飲んでいるうち、いつしか時刻は二十三時を回っていた。  スマートフォンに連絡はないところを見ると、飲み会が盛り上がって、帰るに帰れない状況に陥っているのだろうということが安易に想像出来る。  泉水もああ言っていたが、『恋人と過ごすクリスマス』というハッピーなイベントは、一季にとってもひどく縁遠いものであった。そもそも、恋人がいたこと自体がほぼほぼないのだから、致し方のないことだ。ゲイバーなどへ出向けば、クリスマスイベントなどには事欠かなかったことだろうが、そんな日に虚しい肉体関係を結ぶことにも抵抗があり、平日なら仕事、休日なら引きこもり、という日々を送っていたものである。  ――まぁ、そもそもキリストの生誕を祝う日なんだ。どうしても恋人と一緒に過ごさなきゃいけないわけじゃないんだけど……。  と思いつつも、アナルの方はすっかり準備万端の状態だ。いつ泉水が帰ってきてもいいように、身体の隅々まで綺麗に磨き上げ、ナカの奥まできれいにした。いい歳をして、クリスマスエッチへの期待を胸いっぱいに抱えながら、いそいそとそんなことをしている自分……ふと冷静な目でそんな己を俯瞰すると、若干虚しくもなるのだが。  ――でも、泉水さんにとっても初めての恋人イベントだしなぁ……。準備しておくに越したことはない……! 「ていうか、遅いなぁ。ちょっと眠くなってきちゃったよ」  昨日から今日にかけて、二葉の国家試験合格を祝うために実家へ帰省していたこともあり、一季はやや疲れていた。兄弟ふたりは一季の性的志向について理解が深いが、両親はまだまだ一季がゲイであるということを受け入れきれていないのが現状である。そのため、実家で長い時間を過ごすと緊張するのだ。 「……はぁ……」  軽く酔っているらしい。心地よい眠気を感じてベッドに横たわると、数日前のキッチンセックスがもわもわと脳内に蘇る。  フェラチオだけでは果てることがなくなった泉水の雄芯は、それはそれは立派だった。狭いキッチンでもつれ合うように抱きしめ合い、バックで激しく突き上げられたり、いわゆる駅弁という対位を試してみたり、壁に押し付けられ、最奥をぐりぐりといじめられながら耳孔を粘着質に責められたり……と、果てしなく淫らな数時間を過ごしたのであった。  ——泉水さん、エロかったなぁ……。照れ屋で口ではウブなこと言うくせに、腰使いとかすっごくえっちで最高だった……ハァ……早く帰ってこないかな、セックスしたい……泉水さん……。  淫らな回想のせいで、ペニスがぐぐんと硬くなってしまう。高校生の頃から二十五歳に至るまで、実に十年近く一季を悩ませていた不感症はきれいさっぱりどこかへ消え、今はすっかりセックスの虜だ。人生、何が起こるか分からないものである。  ――あぁ、だめだ……一回出してスッキリしといたほうがいいかなぁ……いやでも、ここでグッとこらえておいたほうが後から楽しい時間を過ごせるかもしれないし……うう……悩む、どうしよう……。  素面の時であれば「くだらなすぎる悩みだ」と一笑に付してしまうところだろうが、今の一季は真剣に悩んでいた。自慰を行い冷静さを取り戻すべきか、はたまたオナ禁をしておいて、泉水との時間をより濃厚なものにすべきか…………。  と、悩み始めて二、三分が経った頃、ぴんぽーんとインターホンの音が部屋に響いた。一季はがばりと勢いよくベッドの上に起き上がった。 「あ……帰ってきた!」  やや盛り上がっている股座を着丈の長いパーカーで隠しつつ、一季はせかせかと玄関のドアを開けた。  しかし、そのまま抱きついてしまおうと満面の笑みで出迎えた一季の表情が、一瞬にしてひきつったものになる。 「わ、渡瀬くん……!?」 「どうも〜。クリスマスプレゼントですよ〜」  心底迷惑そうな顔と、間延びした声である。赤ら顔の泉水に肩を貸し、玄関先に佇んでいるのは、坪田ゼミ生の渡瀬里斗だった。小柄な里斗になんとか支えられている泉水はすっかり出来上がっていて、うとうとと半分眠りそうな勢いで酔っ払っている。酒に強い泉水の泥酔した姿に、一季は目を丸くした。 「ど、どうしたんですか泉水さん!」 「うぅ〜〜ん……」 「先生、飲み会始まった時から変なテンションで、勧められる酒全部一気飲みしてたんですよ。そんで途中からもうベロベロで」 「えええっ、どうして……!?」 「先輩のせいなんじゃないですか? 先生、めちゃくちゃウザかったですけど」 「う、うざい!?」  聞けば、べろんべろんに酔っ払った泉水は、里斗にやたらと絡んでいたようだ。酔った泉水が妙なことを言い出さぬようにと、里斗はすぐそばに控えていたらしいのだが、「今日はビシッと決めなあかんよなぁ〜〜〜だってクリスマスやもんなぁ〜〜〜ああ〜〜〜どないしょ、どないしたらいいと思う!? ハァ〜〜〜ドキドキするわぁ、クリスマスってドキドキすんなぁ〜〜〜」「サンタコスとかしたほうがええんかなぁ? えっ……っていうか、サンタコスって……一季くんのミニスカサンタコス…………ぐふっ、鼻血出る……」といったことを延々と語りかけ続けられたのだという。 「ええ……そ、そうだったんだ」 「童貞拗らせてアラサー迎えて、初めて恋人と過ごすクリスマスの日に緊張のあまり泥酔とか……やれやれ、先生に憧れてた頃の自分が馬鹿みたいですよ。マジでウザかったー」 「……いや……ははは。お世話かけてごめんね」  とりあえずベッドまで泉水を運び、一季は里斗に熱いお茶を勧めた。里斗は寒さのあまり赤くなった指先を湯呑みで温めつつ、ほう、と一息ついている。 「ゼミ生の子たち、変なふうに捉えなかったかな?」 「大丈夫じゃないっすか? みんな論文提出明けでボロボロで、奇行する酔っ払いだらけだったし、誰も気にしてませんよ」 「そっか、よかった」 「あ、タクシー代はあとから先生に請求しますんで。……じゃ、俺はそろそろ」  お茶を飲み干した里斗は、すっと潔く立ち上がった。そして玄関先でマフラーを巻きなおしながら、上目遣いに一季を見上げる。 「残念ですね、クリスマスエッチできなくて」 「いやいや……そもそもクリスマスってのはそういう日じゃないからね? キリストの誕生を祝うための……」 「そうそう、そうですね。日本人は本当に宗教に対して節操がない。俺はクリスチャンなんでこれから礼拝に参加します」 「……えっ、あ、そうなんだ。ごめんね、忙しいのに送ってもらって」 「いえいえ、これで貸しが一つできましたし」  里斗はにっと可愛らしく微笑んで、ドアを開けた。すうっと忍び込んでくる冷たい夜風に、薄着の一季は震え上がった。 「それじゃ。良いお年を」 「ああ、うん。渡瀬くんもね」 「あと、二葉のこと、おめでとうございます」 「え? 知ってたの?」 「律儀に連絡が来たんですよ。別に興味ねーっつうのに」 「あははは、そっか。ありがとう」 「いいえ。じゃ、おやすみなさい」 「うん、気をつけてね」  にこやかに去っていく里斗を見送り、一季は手を擦り合わせながらリビングに戻った。  ――二葉のやつ、なんだかんだで渡瀬くんにも懐いてんのかなぁ。嬉しいような寂しいような……。  と、そんなことを考えながら、ベッドでうつぶせになって眠っている泉水の傍に腰を下ろした。酔って眠る泉水の横顔は、なかなかにレアである。  今日も昼間は仕事であったから、泉水はスーツの上に薄手の黒いコートを羽織ったままだ。夜の空気の匂いと酒の匂いに包まれながら、泉水はすうすうと寝息を立てている。 「こりゃ朝まで寝ちゃうかな。……そんなに緊張しなくても良かったのに」  とりあえずコートを脱がせてハンガーにかけると、一季はもう一度泉水の顔のそばに座り込んだ。高い鼻やコシの強い長い睫毛をつんつん指先でつつきながら寝顔を堪能していると、ぴく、とかすかに睫毛が震える。そしてゆっくりと、泉水が目を開いた。 「あっ、起こしちゃいました? すみませ……」 「あ〜〜……一季くんやぁ……」 「え?」 「一季くん、愛してる…………。なぁ、結婚しよ?」 「……………………はい?」  むくりと起き上がった泉水は、とろけるように甘い笑顔を浮かべた。目元も頬もほんのりと赤く、吐息からはアルコールの匂いがするので、目を覚ましていてもすこぶる酔っ払っているとは思うのだが……。  泉水は一季の両手を両手で包み込むように握りしめたかと思うと、恭しい動きで一季の指先にキスを落とした。照れ屋な泉水とは思えないキザっぽい仕草だが、兎にも角にも顔がいいので、思わずうっとりしてしまう。  戸惑いつつも、なんだか面白いので泉水の出方を窺っていると、力強くベッドに引き上げられ、そのままスマートに押し倒される。すると、泉水は自らスーツのジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイをセクシーに緩めながら、色っぽい目つきで一季のことを見下ろしているではないか。  あまりにもスムーズすぎるエスコートに、一季はまた目を瞬いた。

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