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『興味ありますポッキーゲーム!!』〈泉水目線〉
おはようございます、餡玉です。
十一月になり、朝晩めっきり冷え込んできましたね。
あっという間に今年が終わりそうで……時の流れの速さにおののいております。
さて、今年は久しぶりにこちらの番外編でポッキーSSを書いてみました。
泉水がドタバタしているだけでエロくはないのですが、楽しんでいただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします♡
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気候の良い秋は学会シーズンだ。今年はここ、英誠大学で『日本生物環境工学会』という大きな学会が催されることになっている。
若手の泉水は当たり前のように実行委員会に組み込まれ、ふた月ほど前から準備に駆り出されてきた。忙しいけれど、この手の仕事には慣れているので苦ではない。手伝いを引き受けてくれた学生たちもとても協力的な上、一季の在籍する教務課とタッグを組んで取り組むことができる。なので、泉水にとってはただただ楽しいイベントだ。
今日は講義の合間に、共にシンポジストを務める予定の他大学教授陣に宛てた挨拶メールを書きしたためているところである。お偉方ばかりなので集中したいところだが、研究室に渡瀬里斗がふらりと現れた。
いつぞやは泉水を誘惑するためにここを訪れていた里斗だが、今やすっかりただの学生(他ゼミだが)に落ち着いている。それに、今日は学会関連の用事でここを訪れたようだ。当日のタイムスケジュールと学生たちの配置について、院生の里斗が取りまとめることになっていたのである。
「……うん、オッケー。ほな、当日もこれで頼むわ」
「了解です」
「渡瀬くん、仕事速いな。さすが」
「ありがとうございます」
目を通した書類を返しながら泉水が褒めるも、里斗は普段と変わらぬ淡々とした表情だ。案外働き者の里斗なので、この程度の仕事はお安い御用なのかもしれない。
だが、今日の里斗は少しくたびれた顔に見える。泉水はデスクに頬杖をつき、里斗を見上げた。
「うちの学生がぎょーさん置いてったお菓子あるし、休憩してってもええよ」
「え、いいんですか? 嶋崎先輩が怒りません?」
「怒らへんよ、こんなことじゃ」
「へぇ〜余裕じゃないですか」
さらっと余裕をぶちかます泉水に、里斗が生ぬるい笑みを向けてくる。里斗と一季も今や親しい仲なのだ、このくらいのことで目くじらを立てることはないとわかっているのである。
里斗は勝手に来客用のマグカップにコーヒーを注ぎ、泉水のデスクの前に並んだ長机の手前に座った。そしてぶつぶつ「坪田先生があれこれ雑用を押し付けてくるから忙しいんですよね。俺、学部生の指導とかめんどいんでやりたくないんですけど……」とぼやきつつ、誰かしらが置いていった藤のカゴに山盛り入ったお菓子を食べ始めた。
「そういうの得意そうやん。外面 いいやろ、君」
「あのー、そういう言い方やめてもらえます?」
「それも才能やって。……えーと次は……京大の各務健介教授……」
「ちょっと先生、俺の話聞いてますか?」
「んー、聞いてんでー……」
「ったく」
泉水の生返事に、里斗がむくれた顔をしつつまた新しいお菓子の袋を開けている。
「ポッキーか。……そういえば、今日はポッキーの日ですね」
「ポッキーの日? なんやそれ」
「えっ、先生知らないんですか? 嶋崎先輩とおうちでラブラブポッキーゲームとかしないんですか? 先生喜んでやってそうなのに」
「ラブラブ……? ポッキーゲームてなんやねん」
いかにも企業の目論見しか見えてこないようなイベント名を口にしつつ、里斗はパリッとポッキーの袋を開けてポリポリ食べ始めた。
一季と交際するまで、いっときたりとも恋人がいなかった泉水には耳慣れない言葉だ。やや興味を惹かれて顔を上げると、ポッキーを咥えた里斗がニヤリと笑った。
「ポッキーの端と端を咥えて、両方から食べ進めて、最終的にはキスしちゃおうっていうゲームですよ。カップルでやるのも良いけど、合コンとかでも盛り上がりますよ」
「……なんやそれ、くだらんゲームやな」
「へー興味ないんだ。へー、大人〜」
「やかましい」
くだらないとは言ったものの……正直、興味津々だ。一季がポッキーを咥えているだけで絶対に可愛いこと間違いなしなのに、そのポッキーを反対側から食すことができるなんて最高ではないか。
——上目遣いにこっち見て、『そっちから、ゆっくり食べてくださいね……♡』とか言うてくれはんのかな……。ちょっと口すぼめてポッキー咥えてる一季くんか……うわエロ……絵面エロいでこれは……。
キーボードに手を置いたままポーッとしてしまったため、京大の各務教授へのメッセージに『hふぉあいdddddddffffff;』と謎の文字列が入力されてしまった。ハッと我に返った泉水は、慌てて文字を消す。こんなものを間違って送信してしまったらおおごとである。
——って、いやいやいや、俺、そんなイベントに頼らんでももうキスできるし……!! それにもう三十路が目の前やっちゅーのに、ポッキーゲームなんかでドキドキムラムラしとるなんて知られたら恥ずかしすぎるやん……!!
ごほんと咳払いをし、『ポッキーを咥えながらネクタイを緩め、シャツの前をはだけてゆく一季』というピンク色のイメージを振り払った。ちょっと股間のあたりが落ち着かなくなっていることにも、気づかないふりをする……。
「なんなら俺と練習します? 塔真先生、ぜったいがっついてポッキー折っちゃうだろうなあ」
「せぇへんわ。がっつかへんし、ゲームもせぇへん」
「ふーん、つっまんねー彼氏」
ボソ、と聞こえよがしな声量で里斗がつぶやく。一応泉水も准教授なので、「ちょおい! 一応俺は教員やぞ!」と里斗をたしなめておいた。
——それに、一季くんかて落ち着いた大人やねんから、ポッキーゲームなんて興味ないやろ。……でも、誘ったらやってくれるかも……?
だがしかし、歳上の泉水から『ポッキーゲームをやりませんか!』などと誘いをかけるのは気恥ずかしい。それに、今の泉水であれば、イベントにのっからなくても一季にキスはできる。キスだけじゃなく、もっといやらしいことだってできるようになったのだから……!
——とはいえ……楽しいやろな、ポッキーゲーム……。ちょっと照れくさそうにポッキー咥える一季くんめっちゃ見たい……。溶けたチョコが唇についとったりしてもエロいやろな……なんや甘くてエロい雰囲気でセックスになだれ込んだりできたら刺激的かも……。
童貞であった期間が長いがゆえに、妄想力逞しい泉水である。
『泉水の上に馬乗りになって男らしくポッキーを咥える一季』であるとか、『泉水の唇に付着したチョコレートをいやらしく舐め取る一季』であるとか、『ポッキーそっちのけで泉水のアレを咥えてくれる一季』であるとか……その手の妄想がモワモワと止まらなくなり、ふたたびパソコン画面には『;hごいああああdばいういおえwjjj』といった意味不明な文字列が打ち込まれていく。
——あ、ああアカーーーーーン!! アカンやばい……エロっ……!! どないしよ、俺、めっっっちゃポッキーゲームやりたい……!!!
とそのとき、コンコンとドアがノックされ——……当の一季が、ひょいとドアの向こうから顔を出した。
「塔真先生、すみません。お返事がないようなので失礼しま、」
「うおおおおおおおいつきく……んやなくて嶋崎さん!! どっ、どど、どうされたんですか!?」
「えっ、いやあの、業者さんからパンフレットのサンプルがですね……」
今まさにスケベな妄想を繰り広げていた相手が涼しい顔で現れたため仰天し、泉水は椅子の上で飛び上がってしまった。怪訝な表情をする一季と、里斗の心底呆れ果てたような眼差しが痛い。痛すぎる。
「あ、ああ〜〜〜パンフですね! ありがとうございます!」
「い、いえ……。渡瀬くんもいたんだね、何やってんの?」
「おやつ食べていいって言われたんで食べてました。先輩もポッキー食べます?」
「ああ、ありがとう。仕事中だけど、一本だけ……」
里斗がひょいと何気なさそうに差し出した一本のポッキーに、一季が笑顔でぱくついている。「うん、美味しい。久しぶりに食べたよ、ありがと」と里斗と微笑みあっている姿はとてもとても爽やかで微笑ましく……泉水は罪悪感に苛まれ頭を抱えた……。
すると、頬杖をついていた里斗が一季を見上げ、間伸びした声でこんなことを言う。
「嶋崎先輩はぁ、塔真先生とポッキーゲームしたいですよね〜」
「ん? ポッキーゲーム?」
「でも塔真先生は大人だから、ぜんっぜん興味ないみたいですよ〜〜残念でしたね」
「あ、そうなんだ」
里斗の台詞を聞き、一季の目が若干寂しそうに見えた気がして——……泉水は思わず立ち上がった。
「あります!! 俺めっちゃ興味あります!!」
「えっ? ん? そうなんですか? ていうかなんの話……」
「はぁ〜? さっきくだらねぇって言ってたじゃないっすか」
「言ったけど! たった今興味湧いてきてん!!」
「……えーと」
一季が目を丸くしつつ、わけがわからないといった表情で曖昧に微笑み……首を傾げつつ泉水と里斗を見比べている。
泉水はつかつかとドアのそばに佇んでいる一季に歩み寄り、がっしとその手を握りしめた。
「さすがにここではできひんけど……今夜、やろう。やりましょう!! 今夜!!」
「えーと……ポッキーゲームを、ですか?」
「そうです!! 俺、めっちゃ楽しみにしてますから!!」
「? う、うん、楽しみにしてますね」
終始頭の上にハテナが浮かんでいる一季だが、鼻息も荒く迫ってくる泉水に手を握られて照れたのか、ぽっと頬を赤く染め優しい微笑みを浮かべた。
——あああああ〜〜〜めっちゃ可愛い……!! む、ムラムラしてきたけどあかんで、我慢やで俺のチワワ……!! まだ講義も会議も残ってんねんから……!!
と、その時、研究室の電話が冷静に鳴り響いた。気を利かせたらしい里斗が物静かな声で「はい、塔真研究室です」と応じている。
……そして、里斗は一旦電話を保留にしたあと、にっこり笑顔でこう言った。
「京都大学の各務健介教授からお電話だそうですよ、先生」
「えっ……? 各務先生が直々に!? な、なんでや……」
「意味のわからない不審なメールが届いたそうで、心配になってお電話くださったそうです」
「………………あ」
さっき椅子から飛び上がった時に、送信ボタンを押してしまったらしい。泉水は青くなりながら受話器を取り、苦笑を浮かべつつ里斗の首根っこを掴んで研究室を出ていく一季に軽く手を上げた。
各務教授がおっとりとして優しい人物で助かった。平謝りのあと、学会で顔を合わせることができることを楽しみにしている旨を丁寧に伝え、電話を切った。
そして、椅子に深く座り直し、長い長いため息をつく。
——フゥ〜〜〜……落ち着け、落ち着け俺……。まだまだ未熟やなぁ……こんなことで取り乱してまうとか、まったく童貞っぽさが抜けへんわ……。
とはいえ、今夜は一季とポッキーゲームができる。そのあとはきっと、楽しくエッチなイチャイチャタイムが待っているに違いない……!
「よっしゃ、速攻で仕事片付けるで……!!」
俄然やる気が湧いてくる。泉水は白衣の袖を腕まくりして、猛然と学会準備関係の仕事を片付けてゆくのだった。
『興味ありますポッキーゲーム!!〈泉水目線〉』 おしまい♡
番外編にお付き合いいただきありがとうございました!
ちなみに京大の各務教授は、『琥珀に眠る記憶』の主人公・珠生のお父さんです……♡
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