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第6話 ハイスペックな人だから

  「二十八で准教授っすか〜!? しかもこんなイケメンで!? ふわ〜〜そりゃモテるっしょ!? モテモテっしょ!? うらやましすぎるんすけどぉ〜〜!!」  流れで昼食を共にすることになり、一季と泉水は大学のすぐそばにある定食屋に入った。ちなみに、泉水に関心を持った田部もついてきている。 「いやいや……別にモテませんて。学生もほとんど男やし……」 と、泉水は苦笑しつつ、一季と田部の分まで食券を買い、一番奥の席についた。ちゃっかりただ飯にありついた田部は、「あざーっす!」と無邪気に喜んでいる。まったく後輩へのしつけがなってないではないか……と己の監督不行き届きに頭を痛めつつ、一季は丁寧に礼を言った。 「すみません、田部のぶんまで……」 「え? ああ、全然かまいませんよ」 と、泉水はにっこり爽やかな笑みを浮かべている。  ――なんて優しいんだろう。断りもなくついてきた初対面のチャラ男にまで快く昼食をおごるなんて、塔真さんはなんと器の大きい男なのか……。 と、一季はまた改めて泉水の鷹揚さに感服していた。  席に着くと、泉水はスーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツ姿になった。そのラインもまた美しく、パリッとしたシャツの下に、男らしく引き締まった肉体が透けて見えるようだ。一季はお冷を口にしながら、またしげしげと泉水の姿に見惚れてしまう。 「おお〜〜、先生、いい身体してんじゃないすか! 何かスポーツやってたんすか〜?」 と、早速田部がチャラチャラと泉水に絡み始めた。一季はそれをたしなめようとしたが、泉水はいつものように穏やかな表情を浮かべたまま、田部の質問に応じている。 「ずっと水泳やってたんです。ここ二、三年は全然泳げてへんけど」 「へぇ、水泳っすか! うちの大学、競泳めちゃめちゃ強いんすよ〜! 知ってます? オリンピックに出た選手もいてー」 「おー、知っとる知っとる。霧島敬太やろ? 惜しかったよな〜金メダルまであと一歩やったのに」 「そうそうそうそう! あの子今年二年生なんすけどー、単位ギリギリだからどーしよって相談来ててぇ」 「へぇ〜、学生らしい一面もあんねんなぁ。もしその子が俺の学生やったら、ホイホイ単位出してまいそうやけど」 「いやいや先生! それはダメっしょ〜」 「せやんな〜」  ――え、あれっ? 田部くん!? もう僕より打ち解けてる!?  ものの数分の間に、田部は泉水とあっさり仲良くなっているではないか。一季は田部のコミュニケーション能力の高さに慄きつつ、楽しげに水泳談義をしている泉水の気安げな笑顔にも驚いていた。  ――た、楽しそう……。僕といるときより断然楽しそうだ……。ん……? ひょっとして、これまで僕にまともな恋人ができなかったのは、セックスうんぬん以前の問題だったのか……!?  そして、定食がテーブルに並ぶ頃には、あれよあれよという間に田部は泉水と連絡先を交換し、「よかったら霧島クンのことも紹介しますんで! なんならプールで泳げるように手配するんで!」とサービス精神旺盛なことを言い、泉水もまんざらではなさそうな顔で「まじで? どないしよ」と笑っているではないか。  ――す、すごい……!! 田部くん、僕なんかよりずっと塔真さんと仲良くなってる……!! くっ……僕もこれくらいトークスキルがあれば、たとえマグロでも恋人ができていたのか……!?  と、田部に対して謎の劣等感を感じながら刺身定食に箸をつけていると、向かいに座る泉水とばっちり目が合った。  途端に泉水はぽっと頬を染め、箸でつまんでいた唐揚げをぽろりと落とした。それは見事に味噌汁の中にダイブしてしまい、紺色のネクタイに味噌汁の飛沫が……。 「うおお、やってもた!」 「あっ、こすらないほうがいいですよ! 被害が広がりますから……!」 「え? あ、す、すんません!」  一季は少し身を乗り出し、ゴシゴシと紙ナフキンで拭き取ろうとしている泉水の手にやんわりと触れた。そして飛び散った味噌汁の上におしぼりを押し当てる。  今日のネクタイは深いネイビーで、斜めストライプの織り柄入りだ。さほど目立った跡は残りそうにない。一季はややホッとして、そのまま泉水を見上げて微笑んだ。 「っ……」 「目立ちにくい色でよかったですね。これならそんなに……あれ、どうかしましたか?」  見上げた泉水の顔は真っ赤である。一季は目を瞬きつつ、小首を傾げた。 「せ、先生……? 大丈夫ですか?」 「せ、せ、せせ、せんせい!? ……って、あ、そっか、俺、先生やもんな……あはは〜」 「もー何言ってんすか先生〜。つーか嶋崎さんと先生って、何で知り合いなんすか?」 と、田部がトンカツをもぐもぐしながらそんなことを訊いてきた。一季はすっと泉水から手を離し、「実は塔真先生、僕のマンションの、上の階住んでるんだ」と説明する。 「へぇ〜そうなんすか!? そんじゃ、今度嶋崎さんちで家飲みしましょーよ!」 「えっ、うちで? ていうか田部くん、毎週合コン行ってるんじゃ、そんな暇ないでしょ」 「いーじゃないっすかー。嶋崎さん、全然飲みに連れてってくんないんすもん! ね、先生の歓迎会ってことで!」 「お、おう……ありがとう。なんなら俺んちでもええよ」 「うわ先生ノリ最高〜!! んじゃ、来週の土曜ってことでオケっすか?」 「おう」  田部はそうして喋るだけ喋って昼食を平らげ、ごくごくと水を飲み干して椅子を引いた。そして「じゃ、俺、今週の合コンの店押さえないといけないんで、先戻るっす! お疲れっした〜!」とチャラっと手を振って定食屋を出て行ってしまった。  まったくどこまでも自由なやつだと内心ため息をつきつつ、一季は泉水を見上げて苦笑した。 「すみません、自分勝手なやつで」 「あ、いえいえいえ。ちょっとチャラいけど、おもろい子ですね」 「ええ、ああ見えて働き者なんですけどね。家で飲み会とか、本当に大丈夫でした?」 「あ、も、もちろん! 俺、まだこっちにあんま知り合いいいひんし、嬉しいですよ」 「そうですか」  泉水の言葉にも微笑みにも裏表は感じられず、純粋に一季らとの飲みの席を楽しみにしている様子が伝わってくる。ちらりちらりと一季のほうを気にしつつも、終始にこにこと柔らかな笑顔で食事を取る泉水の向かいにいると、何だかだんだん照れ臭くなってきてしまった。 「あの……! 先生は年上なんですし、僕には敬語じゃなくてもいいですよ? ほら、田部には普通に喋ってたじゃないですか。僕にもあんな風に、普通に喋ってくださいよ」 「えっ……ふ、普通に……?」  照れ隠しのつもりで、一季は早口にそう言った。おしゃべりな田部の影響を受け、一季なりに会話を盛り上げようと頑張ってみたのである。だが、泉水の頬がまたいっそう赤くなったくらいで、さほど会話は盛り上がらず、一季の心は一瞬でしぼんだ。 「あ……じゃあ、頑張ってみますわ」 「あ、はい……よろしくお願いします」 「ていうか、嶋崎さんもタメ語でいいんですよ? しかも先生とかめっちゃ萌え…………じゃなくて! て、照れるし……」 「でも一応大学内では、先生って呼んだ方がいいと思うんで……」 「そ、そうか……。じゃ、じゃ、じゃあ、外では俺のこと、下の名前で呼んでくれはりますか?」 「下? 泉水さん……?」 「ふぐぅ……」  ちょっとためらいがちに泉水の名を呼んでみる。すると、泉水は突然口元を押さえて、ふらりと前のめりになってしまった。「ど、どうしたんです!? 何か喉に詰まったんですか!?」と慌てて水を渡してみると、泉水はそれをぐびぐびと一気飲みして、ぶはぁと男らしく息を吐いた。涼しい店内だと言うのに、どういうわけか泉水は盛大に汗をかいている。 「な、なんでもありません。……え、ええ感じです。……それでぜひお願いします」 「そ、そうですか……。じゃあ僕のことも、どうぞ遠慮なく一季って呼んでくださいね」 「ぇえええ!? そ、そんないきなり、い、いつ……いつ……っ……って、そんな」 「あっ……馴れ馴れしいこと言って、すみません!」 「い、いやいやいや! めっちゃ呼ぶ!! 呼ばせてください! も、もうちょい、もうちょい落ち着いてから……」 「? あ、はい……」  ――はぁ……つい勢いで調子乗ったこと言っちゃったよ。恥ずかしい……。  綺麗に伸びた背筋、食事の所作も美しく、育ちの良さを感じさせる好青年。目の前にいるこの凛々しい男は、一応、一季の恋人である。  だが、こんなにもハイスペックな男が、いつまでもいつまでも一季のそばにいてくれるわけがない。さっきも女性職員たちに取り囲まれていたのだ。きっと、ほうぼうで女性にモテて、もっと泉水にふさわしい相手を見つけるに違いないのだ。  ――だから、期待ししすぎちゃダメだ……。だいたい、泉水さんはもう二十八の成人男性だ。いつまでもプラトニックな関係でいられるほど子どもじゃないだろ。そのうちこの人だって、女の人とのセックスが恋しくなるに決まってる。何もできない僕との関係に、満足できるわけないんだし……。 「……さん、嶋崎さん?」 「えっ……」 「大丈夫ですか?」  ここ最近、思考がついついネガティブになってしまう癖がついてしまっているようだ。心配そうに一季を見つめる泉水の眼差しに申し訳なさを感じ、一季は慌ててこくこくと頷いた。  せっかく泉水と二人で食事をしているのだ。ぼんやりネガティブなことばかりを考えるなど、不届き千万である。  ――いかんいかん、のっけからこんな気持ちでいたら、泉水さんに失礼だ! もっと楽しまなきゃ! こんな素敵な人に好いてもらえる機会なんて、もう一生ないかもなんだぞ!  一季はふうと息を整え、にっこり泉水に笑いかけた。 「すみません、ぼうっとして」 「いや……引越しの手伝いで無理させすぎたんかな。薄着やったし、風邪でも引いたんとちゃいますか?」 「いやいや、そんなことないですよ! あ、借りていた服、洗っておいたので、また泉水さんちに持っていきますね」 「い、いやそんな、お手数をお掛けするわけには! 俺が取りに行きますんで!」 「そうですか? ……分かりました。今夜は早く帰れると思うんで、よかったらついでに、うちで食事していきませんか?」 「えっ……しょ、しょく、しょくく……食事?」 「簡単なものしか作れないですけど、僕は基本自炊してるんです。お口に合うか分かりませんが……」 「行きます!!」  泉水のやたらと威勢のいい声が、賑わい始めた店内に景気良く響き渡った。

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