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第17話 据え膳の食し方?〈泉水目線〉
――い、一睡もできひんかった…………。
泉水は真っ赤に血走った目で、隣に眠る一季の背中をじっと見つめた。
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話は前日の夜に遡る。
まさかの『今夜は一緒にいてほしい』発言により、泉水は案の定鼻血を噴いてしまったのである。
呆然としたままボタボタ鼻血を流す泉水を、「だ、大丈夫ですか!?」と、一季は大慌てで介抱してくれた。そうしてティッシュをあてがわれて初めて、泉水は自分が鼻血を垂らしていることに気づくという大失態。
今の今まで、その場の空気がそこはかとなく『いい雰囲気』だということくらい、極度に奥手な泉水にだって分かっていた。
一季が、痛々しい過去を話してくれた。自責の念に悩み続けていた一季を慰め、健気な存在を丸ごと受け止めるのだと宣言し、一季からの好意をしっかりと受け取った、素晴らしいひとときだったというのに……。
ここぞというところでまったく格好のつかない自分が情けなく、泉水は脳内で自分をタコ殴りにしていたのだが、一季は変わらぬ優しさで泉水を介抱してくれた。慈しみ深い聖母のような優しさに感動しつつ、しきりに一季に謝罪を繰り返していると、一季ははにかんだような笑みを浮かべつつこう言った。
「着替えるついでに、シャワーでも浴びてこられたらどうですか?」……と。
『シャワー』という言葉にさえ、泉水は俄然興奮してしまった。
その言葉が隠喩するそこはかとなくアダルトな香りに、童貞心が激しく揺さぶられてしまったのである。
シャワーを浴びた後、ふたりのあいだに一体何が起こるのか……。
自分は一体、どうなってしまうのか……!?
ついに、童貞を喪失するのか……!!??
と、泉水は様々な可能性について悶々と考えた。考えすぎて頭と身体が燃え滾り、泉水の性器はギンギン隆々に膨れ上がっていた。
昂ぶり盛っている己を何とか鎮めようと、キンキンに冷えたシャワーの水をどうどうと浴びていたけれでど、泉水のそれはまるで収まる気配を見せなかった。そして泉水はシャワーを浴びながら、三回抜いた。
薄いドアと廊下を隔てた先に本人がいるにもかかわらず、「嶋崎さん……ッ、そんなカッコしたらあかん、あかんてっ……アッ、あぅ……!!」と呻きつつ、どうしようもなく荒ぶる身体を宥めるため、三回も射精してしまったのだ。
そしてふと現実に戻ったとき、いたたまれない気分になる。そして、困惑する。
『今夜はずっと一緒にいたい』、と言ってくれている一季に対してどう振る舞えば正解なのか、まったくもって分からないのである。
――そのまま勢いに乗って押し倒し、嶋崎さんを抱けばいいのか!? …………否!! ナイーブな話をし終えたばかりの嶋崎さんに、汚らわしい性欲をぶつけていいわけがない……!!
しかも、童貞である泉水には、その『勢い』に乗ることが難しい。しかも一言に『抱く』と言っても、男同士のセックスには色々と準備物や複雑な手順が存在するため、童貞の泉水が勢いに任せてそれらのハードルを超えることなどできるわけもないのである。
理想を言うならば、『キミが眠るまで、ずっとこうしていてあげる……』等の甘い台詞を囁きながら、泣き疲れた一季の頭をいつまででも撫でていたい。
だが、大好きな一季と同衾して、平気でいられる訳がない。もし万が一、泉水の中のチワワが妙な暴走をしでかしてしまったらどうする。初恋の男のように、一季を怖がらせてしまったらどうする。そんなことは絶対にしたくはないが、一季と一つの布団に入り、衣服越しとはいえ肌と肌を触れ合わせるようなことになったら…………と思うと、鼓動は再び速くなり、頭と股間にカァァっと血が滾ってしまう。
そしてバスルームから出るに出られない状態が続いてしまい、気づけば一時間以上が経過してしまった。
流石にこれ以上一季を待たせるわけにはいかない……!! と意を決してリビングに戻ってみると、一季は泉水のベッドの端っこで、すうすうと寝息を立てていたのである。泉水がその場で膝から崩れ落ちたことは、言うまでもない。
新入生歓迎イベントの疲れもあったろうし、アルコールも入っていた。さらには痛ましい過去を語り、たくさん泣いた……疲れていないわけがない。
目元をほんのり赤く腫らして寝息を立てる一季の身体に、タオルケットをそっと掛けた。そして泉水は、一季の頭をそっと撫でてみた。呼吸の音さえ聞こえなくなるほどに深く深く寝入っている。
泉水のそばで無防備に熟睡してくれることが、嬉しくて幸せだ。心を許してくれるようになった証拠なのだと思うと、ことさらに愛おしさが募っていく。
一季の隣に寝そべり、寝顔を眺める。
そしていつしか泉水も眠りの世界へ誘われ…………るかと思いきや、現実はそう甘くはなかった。
一季がすぐそこで眠っているのだ。無垢な寝顔を泉水に晒して、すうすうと子どものように眠っている。触れようと思えばすぐに触れられる距離に一季がいて、ついさっき泉水の頬に触れた柔らかな唇が目の前にあるのだ。これに興奮するなというほうがどうかしている。
そういうわけで、泉水は一睡もできないまま、朝を迎えているのである。
――う、うう……なんという苦行や……。
泉水はぎぎぎぎ、と首を動かし、髪がふわっと乱れた一季の後頭部をじっと見つめた。
――触りたい人が触れる距離におってしかも寝てんのに、指一本触れられへんとか……ッ!! もう俺、どんだけヘタレやねん……!!
肩から腰、そして腰から脚にかけてなだらかな稜線を描くタオルケット。その下にある一季の肉体を想像し、泉水はまた鼻息を荒くした。
――う、う、後ろから抱きしめるくらい、してもよかったんちゃうんやろか……。い、いや! でも、寝てる時に急に触られんのとか絶対いややんな。嶋崎さん、いやがらはるやんな……? あんな話聞いた後にいきなりそんなことしたらあかんやろ……!
――で、でも……うううう、触りたい……抱きしめたい……あわよくば、ちょっとくらいエロいことしてみたい……。…………ん? 待てよ? ま、まさか、嶋崎さん、俺が手ぇ出してくること期待してたとか……? そういうの期待してたのに俺が全然手ぇ出してこーへんから、がっかりしてるとか……!? 『ハァ〜〜〜これだから童貞は』って、実は寝たふりしつつ呆れ返っとったとか……!? う、うわ、そうやったらどうしよう……!!
一晩中ぐるぐると悩んでいた事柄が、再び脳内をぐるぐる彷徨い始めたその時、一季が微かに身じろぎをした。泉水は仰天し、バッ!! と素早く一季の方へ顔を向ける。
「ん…………」
――う、ううわぁああ、寝返りうった!! こっち向いた……!! ね、寝顔かわいい……超絶かわええ……!! ど、どないしたらええんや……う、ううう……。
一季は泉水の方へころんと横向きに身体の向きを変え、「ふぅ……ん」と壮絶に色っぽい寝息を唇からこぼしつつ、再びすうすうと眠り始めた。
ゆうべ頬にキスをしてくれた一季の唇が、すぐそこにある。下唇がふっくらしていて、ものすごく柔らかそうな唇だ。穢れのない薄桃色がそこはかとなく色っぽく、見つめているだけで、性懲りも無くムラムラしてきてしまう。
――嶋崎さんの唇……かわいい。一瞬やったけど、むっちゃ、柔らかかった……。もっと、して欲しかったなぁ……。
穴があくほどに見つめられていることが不快だったのか、一季はやや首をもぞつかせている。泉水は思わず息を止めたが、一季はまた静かに寝息を立て始めた。
――まつ毛なっが……。鼻筋も通ってて、ほんま、美人やなぁ……。こんな綺麗な人が、俺のこと好きやとか言うてくれはるんやもん。夢みたいや……。
おずおず、泉水は一季のほうへ手を伸ばし、指先だけで一季の頬に触れてみた。ひげも生えないたちなのか、一季の頬はするりとすべらかで、触れているだけで気持ちが良かった。
――あ〜〜〜〜うわぁ……肌やわらか……っ……。う、うう……もっと、触りたい……。キスとか、してみたい……。けど嶋崎さんは、せ、セ、セックス(やや小声)とか……やっぱ、あんま好きと違うんやろか。今も怖いって思ったはるんかな……?
――俺が童貞じゃなくて、むっちゃくそ凄いテクニシャンとかやったらよかったのに。そしたら、嶋崎さんをデッロデロに甘やかして、不感症とか忘れるくらい気持ちよくしてあげられたかもしれへんのに……くっそ……。俺、何で今まで童貞貫いてきてしもたんや……!? く、くそおぉ……俺のアホっ!! ドアホ!!!
一睡もしていないせいで、妙に気が高ぶっているような気がする。このままではいかん。もう一度シャワーを浴びて、気持ちをリセットしようと考えた。昨夜三回抜いたものの、夜中じゅう悶々ムラムラと股間に熱が滾っていたため、身体のほうもじくじくと妙な熱を湛えている。
――ああ、あかんわ……。一回オナって、すっきりしな……。
一季の寝顔を名残惜しげに見つめながら、泉水はゆっくりと身を起こしかけた。
「……ん……」
だがそのとき、ぴくりと一季のまつ毛が震え、ゆっくりとまぶたが持ち上がる。そして。
一季がするりと腕を伸ばし、泉水にふにゃりと抱きついて来た。
しかも中途半端に起き上がろうとしていたところで抱きつかれたため、泉水は一季の上に覆いかぶさるような格好になってしまい……。
――う、う、うぉぉぁああああ……!! なん、なん、コレ、な、何…………!!??
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