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第22話 浮気じゃないです!!!〈泉水目線〉
「うわぁ〜すごく綺麗にしてるんですね! 坪田先生の部屋は魔窟みたいなのに」
「まぁ、ここへ来てまだ日が浅いからなぁ。そのうちここも魔窟になるわ」
「じゃ、僕がたまに掃除しに来てあげますよ!」
「あはは……いやそれは……」
いつ一季が訪ねて来てもいいように、研究室はきれいにしておこうと心がけているのである。しかしまだ、一季がここへ来たことはない。
不意に一季のことを思い出してしまうと、やはり顔を見たくなってしまう。夕方の空き時間に教務課へ行ってみようか……と考えたが、これといっていい口実になりそうな用事もない。泉水は窓を背に置かれたデスクに座って、ひとりでうーんと唸ってしまった。
「先生、先生?」
「……んっ?」
「さっきの続きですよぉ。先生は、今どんな人と付き合ってるんですか?」
「どんな人……んー、せやなぁ」
ハイバックチェアにもたれかかり、泉水はもわわんと一季のことを考えた。目を閉じれば、まぶたの裏にはっきりと一季の姿を浮かび上がり、口元がふにゃりと緩んでしまう。
「むっちゃ美人で、すらっとした体つきがセクシーで、料理が上手くて、優しい人やねんけど」
「ほうほう」
「でも、ちょっと悩みというか……トラウマというか、ちょっと色々抱えてはる人で。どうしてもほっとけへんし、何かしてあげたくなるし……でも、何をして差し上げたらいいのか分からへんていうか」
「……そういうタイプか……ふーん……」
里斗はうんうんと訳知り顔で頷きながら、ゆっくりとした足取りで泉水の方へと歩み寄ってきた。するりと脱いだブルゾンの下は、白い半袖のTシャツだ。ただの白いTシャツとジーパンという格好だが、顔やスタイルが抜群に整っているせいか、シンプルな格好でも見栄えがいい。何となく里斗の姿を眺めながら、泉水はふうと溜息をついた。
――ほんま、何をどうしたら、嶋崎さんの悩みは解消されんねやろ……。
そんなことを思いながら片手で額を押さえていると、里斗が椅子のすぐ傍にまで近づいてきていることに気づいた。
与えられた研究室は、なかなかの広さだ。部屋の一番奥に教員の座るデスクがあり、両脇にはスチール製の棚が据え付けられ、本や資料も置き放題。ゼミなどで学生が集えるよう、デスクの前には長机があり、予備のパイプ椅子なども部屋の隅に置かれている。
しかもドアの脇には給湯スペースや冷蔵庫なども設置してあるため、ここで暮らせそうな勢いだ。
そんなにも広い研究室だというのに、里斗がすぐそばに佇んでいるのだ。泉水はきょとんとして、唇に薄笑みを浮かべる里斗を見上げた。
「え? 何?」
「悩んでるんですね、先生」
「ま、まあ……そやけど」
「そんなめんどくさい人のことなんか、もう忘れちゃえばいいと思いますよ?」
「いやそれは……ちょ、何?」
里斗が、くるりと泉水の椅子を回転させた。いきなり向かい合う格好にされたと思ったら、里斗はすっと泉水の膝の間に割って入ってきた。
「僕……ずっと先生に憧れてました。これまでは、遠くから見てるだけでよかったけど、もう限界。先生が同じ大学内にいるのかと思うと、もう……我慢できない」
「え、何を?」
「先生は僕のこと、どう思いますか?」
「どうって、何が?」
「こんなことされたら……イヤですか?」
つう、と里斗の指先が、泉水のスラックスの股座に触れた。泉水は仰天して、飛び上がるように椅子から立ち上がろうとした。が、里斗は両手で泉水の両膝にぐっと手をつき、有無を言わさぬ力で泉水を椅子に押し付けた。
可憐な見た目からは想像できない雄々しい行動に、泉水の目が点になる。
里斗は俯いていた顔を上げ、にっこりと邪気のない笑顔を浮かべた。
「なっ……何すんねん!」
「ねぇ先生? 先生をこんなに悩ませる相手なんて、もうやめておいたほうがいいと思いますよ? 僕のほうがずっと、あなたを幸せにできるんじゃないかな」
「は、はぁ!?」
「塔真先生は優しいから、ややこしい問題抱えた人に手を差し伸べたくなるんでしょうね。でも、頭を抱えるほど悩んじゃうなら、それはもうキャパオーバーというものです。先生には向かない相手なんですよ」
「えっ……? そ、そうなんやろか……」
「そうですよ」
――キャパオーバー……? そ、そら……俺は童貞や。嶋崎さんのセクシャルな悩みを解決してあげようなんてこと自体、無理なんかもしれんけど……。でも、でも……。
泉水がふと考え込んだ隙に、里斗は猫のように膝の上に乗り、柔らかな動きで泉水の首に腕を絡める。それはあまりに自然な動きで、里斗に抱きつかれてようやく、泉水はギョッと驚いた。
「こ、こら! 降りなさい!」
「ふふっ、叱られちゃった♡ 僕、先生のことが心配なんです。気分転換、してみませんか?」
「し、し、しぃひんわ!! ええから降り!」
里斗を叱りつけながら、絡みついた細腕を外そうと両手で掴む。しかし、細いくせにびくともしない。
しかも顔にはニコニコと天使のような笑みを貼り付けたままなのだ。泉水はだんだん怖くなってきて、たらたらと冷や汗を流しながら、里斗を突っぱねようと頑張った。
「照れてるんですか? ちょっとくらい、いいじゃないですか。ちょっぴりフェラするくらい……ね?」
「ふ、フェっ……ふぇ……っ!!?? あかんて!! あかん!! はようどかんかい!!」
「先生をリフレッシュさせてあげたいんです。……ここ、気持ちよくなりたくありませんか?」
そう言って、里斗は泉水の股ぐらの上で、くいくいといやらしく腰を動かす。泉水は真っ青になって里斗の上腕をがっしと掴み、ようやく身体をひっぺがした。
「こんなんあかん!! これ……こんなん、アレやん!! う、ううう、浮気やんか!! あかん!」
「これくらいで浮気って……。ふふ、先生、純情♡ かーわいい♡」
「これくらいって……」
「僕に任せて? 先生はここに座っててくださったら、それでいいですから♡」
「ちょっ……」
パニックと罪悪感とで完全に萎えきったペニスの上で、里斗の柔らかな尻が揺らめきはじめる。その時。
「泉水さん!!!」
バターーン!! と勢いよく、研究室のドアが開いた。
肩を上下させながらそこに佇んでいるのは、他ならぬ一季である。
「し、嶋崎さん……!?」
泉水は膝の上に美青年を乗せたまま、蝋人形のように硬直した。
そして、泉水と里斗の絡み合うさまを目の当たりにした一季も、その場でみるみる凍りつき、ふるふると唇を震わせ始めた。
「…………お、お、おお、おそかった……?」
「……へっ!? 違っ!! あの、これは、その!! ちゃうくて、ええと、あのっ……!!」
「…………そ、そんな……」
一季の顔が、みるみる蒼白になってゆく。
まるで魂が抜けてゆくかのように表情が消えていくのを見て、泉水はガタガターーン!! と勢いよく立ち上がった。すると里斗が床に転がり落ち、「うわぁ!」と悲鳴を上げている。
泉水は猛然と一季に駆け寄り、ガシっと馬鹿力で一季の肩を掴んだ。
「ち、ちちち、ち、ち、違うんです!!!! これは、これはぁぁぁ!!!」
「て……手遅れ……だったんですか…………? まさか、もう…………」
「そ、そんなんちゃうくて!!! ご、ごごご、ごめんなさい!! てか、ほんまちゃうんです!! 俺が好きなのは嶋崎さんただ一人で!!!!」
「……あっ、あの、い、いたい。痛いです、泉水さんっ……」
「おああああっ!!! ごめんなさい!!」
泉水は大慌てで手を離したが、掴んだ肩をぐわんぐわんと派手に揺さぶってしまったせいで、一季が目を回してしまった。
額を押さえてふらついている一季の肩を支えていると、後ろから重たい足音が接近してきた。
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