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後編

 俺は二度貞操を失った。とても不本意な形で。いや、冗談でも笑い事でもなく。  只今俺は絶賛鎖国中である。鎖国と言っても寮の自室で布団を頭からスッポリ被っただけなのだが。  酸素が少なくて大変息苦しい。  でも今は誰とも会いたくないし何も見たくない。朝飯も昼飯も、青葉が用意したオヤツだって要らないの一点張りで拒否している。  少しだけ、俺を気にかけてくれてる青葉には申し訳ないなとは思った。  俺が他人の事をもう少し考えられる良い子ちゃんなら「いいよいいよ気にすんなよ俺の方こそなんかゴメンな」とか何とかサラっとフォローを入れられたんだろうけど、今の俺にはそんな芸当到底無理無理無理無理。  頭の中では貞操喪失のショック、青葉拒絶の罪悪感、貞操喪失の…という無限ループで気分は奈落の底まで落ちてしまったのだった。    ふと、ドアの前に人の気配を感じたが、部屋に入ることを躊躇しているのか一向にリアクションを起こす気配が無い。  青葉、かな……。  青葉とは、正直顔を合わせづらい。いきなり組み敷かれたけど、何としてでも逃げようと思えば逃げれたはずだ。多少の体格差はあれど、同じ男。  なのに俺は青葉から逃げなかった。  なんで…。なんで…?  答えは出てるのに、気付きたくなくて。認めたくなくて。不安で、怖くて、どうしようもない。だって男同士とか、わかんねぇことばっかだし……付き合ったこともねぇし……。  あ、でも青葉は俺を凄く優しく扱ってくれて、体だけじゃなく思考までドロドロのグチャグチャにされたおかげか、聞いてた話よりは痛くなくて寧ろ気持ち良かっ……。   「うわああぁぁあああ!」 「真守!? どうした!?」 「なっ、ななっ、なんでもない!」  あぶねっ! あぶねっ! 今もう少しで踏み入れたら戻れない場所に入るところだった気がする!  さっき、俺、何考え……うわあぁぁぁあ考えちゃダメだ考えちゃダメだ考えちゃダメだ!  ぼす! ぼす! と枕に顔面を打ちつけて悶える。耳を塞いでも目を閉じても情事中の青葉の表情とか声が生々しく脳内再生されて、動悸息切れがヤバい。   「まーもーるぅー? ホントにだーいじょおぶぅー? はーいーるーよー」  あ、ちょ、待ってください、と言おうとしたが、声は音にならずに口がパクパクと開閉するだけで何の役にも立たなかった。部屋のフローリングが軋む音がして、それは段々と俺に近づいてくる。    ぎし、とベッドが軋んだ。    布団をすっぽり頭から被っているので見えないが、きっと青葉がベッドに腰掛けたのだろう。   「真守、顔見て話したい」 「……ッ!」 「ちょっとでいいから、顔見せて?」 「……。」  優しく諭すような声色に、そろ、と顔半分を布団から出せば、青葉は安心したように笑顔をこぼした。それにまた、俺の心臓がドキッと跳ねる。  青葉の細長くて少し筋張った男らしい、けれども綺麗な指が俺の前髪をさらりとかき分け、そっと優しく俺の頬を包み込んだ。   「暫く顔見れなくて、心配した。……俺が言えることじゃないだろうけどォー」 「いや、……心配かけてごめん。ちょっと、青葉とどういう顔して会えばいいか、わかんなくて」 「……ごめんな」    目を伏せて謝る青葉に、俺は胸が締め付けられた。  それは、何に対しての謝罪だ?   「っ、謝るなよ。なんで謝るんだよっ! ……後悔、してんのか? 俺を抱いたこと」 「違う。真守を抱いた事に関しては後悔してない。むーしーろぉー、役得ってやつぅ?」 「ばか、一言余計……」 「あっは。ごーめん。俺が謝ってんのは、真守を無理やりってか、なし崩し的に抱いたこと。手順踏んで進めば良かったなって思って。それだけは、ごめん」 「……。」 「真守が嫌なら、部屋割りも変えてもらう。なるべく関わらないようにもする。なんでも、償うから」 「あ、おば……」  ポロリと、涙がこぼれた。  きっと、俺が青葉を拒絶したからずっと償う方法を考えていたのだろう。そんなこと、考えなくていいのに。俺が閉じ籠ったから、青葉は今、自分を責めてるんだ。   「ま、真守? な、ど、どうした? なんで泣いて……」 「関わらないっ、とかっ、言うなよっ!」    涙と一緒に、ぼろぼろと胸の内に溜まっていたものが吐き出されていく。 「…おれっ、さいしょはっ頭んなかぐちゃっ、ぐちゃで! おとこどうしとかっ、よくわかんなくてっ、怖くてっ、ふあんで! ……ぅうう」 「真守……」 「でも、青葉とヤッたの、イヤじゃなくてっ! もうわけわかんなくてっ……もうヤだ! 青葉なんか知るか!」    涙で顔だけじゃなく思考回路までグシャグシャになった俺は、とうとう会話をぶん投げてしまった。ビービーと泣き喚く俺を、青葉は抱きしめて背中をポンポンと叩いて宥めてくれる。 「本当に、ごめん……どうしたら許してくれる?」 「っく……俺、男同士とか、ひっぐ……初めてなんだけど……」 「うん」 「最初っから、順序踏んでくれたらありがたいです……」 「ふはっ、なんでそんな下手に出んのォ? まぁ、そんなところも可愛いけどね」  両頬を手で挟まれ、こつん、と額を合わせる。青葉の長い睫毛がわかるくらいの近い距離に、心臓がドクドクと急かすように動く。   「泣かせてごめん。俺、真守が好きだ。絶対幸せにするので、俺と付き合ってください」    触れあう唇。溶け合う体温。そして世界は好転した。   END.
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