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第7話 最終章

 コトンと飲み干したカップを、奏斗はテーブルに置いた。  それからまっすぐに渉の目を見る。そして囁くように低い声で渉に語りかけた。 「渉、僕は君が一番必要だ。渉がいたからこそ、今の僕がいる。――渉自身でも必要ないとかそんなこと言うのは許さないから」 「奏斗さん?」 「寂しいのなら、僕のところへおいで。僕には何よりも渉が必要だ」  彼がなにを思うのかなんて、本当は個人の自由。そんなことわかっていた。  それでも今にも消えそうな渉を見ていると、どうしようもなく込み上げる言葉にできない程の熱が胸の内から湧き上がる。  奏斗を拒絶するなら、それでも構わない。ただ必要としている自分がここにいると伝えたかった。 「……本当に? 奏斗さんのところへ行ってもいいんですか? きっと俺はもう、奏斗さんのところから、どこにも行けない気がします……それでも? 」  帰るべき部屋を与えられていても、孤独で帰ることができない。そんなふうに奏斗には聞こえた。 「渉。僕は渉がそばにいてくれたら、とても嬉しい。僕には渉が必要なんだよ。帰りたくないなら、いつまで僕のところへいればいい。引越して来たいなら、それでもいい。僕が願うのは渉の笑顔だよ」 「奏斗さん、なんでそこまで?」 「――渉が好きだから。失えないから。恋愛としての好きって意味だよ……気分を害したなら謝る。ごめん」  もっと先生らしい言葉ならいくらでもあっただろう。だけど、奏斗にはこれしか渉に言うことができなかった。教師としては失格だろう。苦笑して奏斗はつづけた。 「渉がどこに行こうとそれは君の自由だ。でも忘れないで、僕のように君を必要としている人がいるってことを」  渉を笑顔にするのは奏斗ではない。きっと異性の誰かだろう。悲しいけれどそれは事実。彼女と別れたというのだから、彼は男性を好きにならない。  最初から覚悟してあったこと。けれど覚悟していても実際に忌避されるのは怖い。  しばらく考えている、渉からの言葉をじっと待った。 「俺は……奏斗さんのこと、先生としか見ていないです。だから好きとかそういうのは、わからないです」  沈黙の空気が流れた。お互い気まずい空間を共有する。  ――そんなこと最初から分かっていたことだ。  あきらめとともに口を開くと、渉にさえぎられた。 「奏斗さん、答えが出なくても……好きだと言えなくても、一緒に住んでもいいですか? ずるいって分かっています。――でも、俺の家族になってくれませんか?」  一瞬何を言われたか理解できなくて、奏斗の脳内は真っ白になった。  ――え? 好きじゃないのに? 一緒に住む? 家族になる? 「だめ、ですか?」  控えめにそう首を傾げ、不安そうに瞳を揺らす。初めて渉が年相応に可愛いと思えた。  ――ああ、そうか。まだ大人になり切れない子供なんだ。  そう考えると渉がかわいくて、奏斗の頬が緩む。 「好きとかそんなのなくても、いいよ。家族になろう」 「本当ですか? ありがとうございます」  今まで見たことないほどの笑顔がそこにあった。  おそらく渉にいま必要なのは『家族』だろう。なら、喜んで家族になろうと心から思う。  この先、渉が奏斗のもとからいなくなったとしても、今そばにいられるのは奏斗だけ。それはなんと幸せなことだろうか。

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