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1年

中学でバスケ部に所属していた水野真崎は、高校でも迷わずバスケ部に入部した。 10人程度しかいない田舎の中学での、順風満帆な部活生活。 仲間と適当に活動して、1番にシュートを決めて、キャプテンをやって。高校でも、そんな気楽で楽しい日々が続くと真崎は思っていた。 しかし、高校の部活はそんなに甘くはない。 「水野動き遅い!」 「今の取れないでどうすんだよ!」 「すみません!」 先輩のパスをとることさえ、入部したての真崎には満足に出来なかった。 全力で走ってボールを追いかけても、基本すら満足にこなすことができない。 中学に比べてあまりにも高いレベルの活動に、真崎は退部さえ考えていた。 同学年でもできる部員はたくさんいて、劣等感に苦しくなる。個人競技ならまだしも、チーム競技で足を引っ張る存在に、チームメイトは厳しい。 ミスをするたびに飛んでくる叱咤に身体がすくみ、余計に動きが悪くなる。 「あーあ、またかよ」 先輩の言葉が刺さってくる。 きつい、つらい、やめたい。 まだ入部して三ヶ月もたっていないのに、真崎は毎日そんなことばかり考えていた。 中学のころと比べて、今の部活は部員数が多い。 一年生だけでも13人いて、三年生まで合わせると38人の大所帯だ。 (俺一人やめたところで誰も気にしないだろうし……) むしろ、早く辞めたほうが部員たちの記憶に残らなくていいかもしれない。 そんなことすら、思うようになってしまっていた。 「お前、今日シュートすごかったな」 「いや、先輩のナイスパスのおかげっす!」 部活が終わったあとの部室は、部員たちでぎゅうぎゅうになっている。 すぐ近くで同級生が先輩と仲良さげに話すのを聞きながら、真崎は急いで着替えていた。 上手いメンバーは、先輩と仲良くなっているというのに、真崎は先輩と部活以外でまともに話したこともない。 劣等感からか、真咲は先輩たちとうまく打ち解けることが出来なかった。 それは、先輩だけでなく同級生に対しても同じだ。 何か言ったら、こいつ全然できてないくせに、と思われてしまうのではないか。 部員面をしたら、何を一丁前にと思われるのではないか。 そんなことを恐れては、目立たないように、と息を潜めてばかりいた。 「お疲れ様でした」 一人部室を出ると、真崎の挨拶に何人かから「おつかれー」と返事が投げかけられる。 これも、もっと上手い部員だったら、もっとたくさんの返事をしてもらえるのに。 自分がどうしようもなく情けなくて、真崎は一人、とぼとぼと校門へと歩みを進める。 もうすぐ短針は8時頃だろうか、あたりは真っ暗で、生徒もほとんど残っていない。 「しんど……」 一人ごちた真崎の声は、誰にも聞かれることなく、空に消えていくーーわけでもなかった。 「水野」 後ろから、突然声がかかる。 驚いて振り向くと、そこには川口(みのる)の姿があった。 一つ先輩の川口は、二年生の中でもかなり上手い部員だ。 穏やかで優しくて、ミスをしても「どんまい」と笑ってくれる数少ない先輩の一人。 背は170センチほどと長身ではないが、走るのがはやく、ロングシュートが上手い。 ディフェンスに囲まれても一人で切り抜ける鋭い動きが目立つ、優秀で稔が密かに憧れにもしている先輩だ。 「川口先輩」 先ほどの一人言を、もしかしたら聞かれてしまったかもしれない。 それはとても恥ずかしく、惨めなことのように真崎には感じた。 しかし、そんな真崎の気まずそうな態度を気にすることなく、稔は微笑む。 「お疲れ、途中まで、一緒に帰ろう」 真崎は断ることも出来ず、黙って頷いた。 二人で道を歩きながら、真崎は内心困惑していた。 今まで、稔とまともに話したことが殆どないのだ。 部活中に見ている以外で、真崎は稔のことを何も知らない。家がどこなのかもわからないし、途中まで、というのがどこまでを指しているのかもよくわからない。 駅までなら、徒歩であと10分ほどかかることになる。 その10分、一体何を話せばいいのだろう。稔の意図をはかりかね、隣をちらりと見やると、視線に気づいた稔が困ったように笑った。 「ごめんな、もしかして水野、困ってる?」 答えは、イエスだ。だがもちろん、そんなことは言えない。 何も言わない真崎に気を悪くする気配もなく、稔は続ける。 「本当はもう少しはやく話したかったんだけど、なかなか機会がなくてさ。今日、帰りが一緒のタイミングでよかったよ」 「あ、そう、ですか」 何か返事をしなければと口を開いたら、自分でも驚くほど素っ気ない言葉になってしまった。 先輩相手に、失礼極まりない。 「うん、本当は部活中に声かけたかったんだけどさ。 水野、すげえ頑張ってるよな。俺、いつも水野見て思っててさ」 想像すらしていなかったその言葉に、ぐっと胸が熱くなった。 何気ないように話す稔に気づかれたくなくて、平静を装う。唇にグッと力を入れた。 「すげえ走ってるし、声出してるし。入部した時からかなり筋肉もついてきてる。 動きも全然変わっててさ、努力してるんだなって思ってた」 「あ、りがとう、ございます」 「かたっ」 ぎこちない真崎の反応に、稔が笑った。 つられて、真崎も笑う。 先輩とこうして朗らかな雰囲気で話せたのは、入部して初めてだ。 「あ、じゃあ俺こっちだから。また明日な」 「はい、お疲れ様です」 駅に着く前に、稔とは別れた。 一人駅までの道を歩きながら、真崎は頰が緩むのを抑えきれなかった。 暗い道を歩きながら、にい、と顔が笑ってしまう。 嬉しかった。 稔が、真崎のことを見ていてくれたことが。 毎日叱咤されて、自信なんて全く無くなってしまっていた。 どうせ自分が頑張ったって上手くならなくて、練習の邪魔をしていると思っていた。 「すげえ、頑張ってる……」 真崎は、稔の言葉を自分で口に出してみた。 今度こそ誰にも聞かれることなく空へ消えたその言葉に、胸がじんと熱くなる。 さっきまで重かった心が、嘘みたいに軽くなっていた。 (明日も、頑張ろう) もっと上手くなって、もっと、稔と話したい。 もっと、みんなと楽しくバスケができるようになりたい。 その日を境に、真崎の部活への気持ちは大きく変わった。 辛いなんて思ってる場合じゃない、とにかくはやく、みんなに追いつきたい。 その気持ちは徐々に実力へと変わり、秋を迎える頃には、もう今までのように叱咤されることも、身体がすくんでしまうような気持ちもしなくなっていた。

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