1 / 6
1年
中学でバスケ部に所属していた水野真崎は、高校でも迷わずバスケ部に入部した。
10人程度しかいない田舎の中学での、順風満帆な部活生活。
仲間と適当に活動して、1番にシュートを決めて、キャプテンをやって。高校でも、そんな気楽で楽しい日々が続くと真崎は思っていた。
しかし、高校の部活はそんなに甘くはない。
「水野動き遅い!」
「今の取れないでどうすんだよ!」
「すみません!」
先輩のパスをとることさえ、入部したての真崎には満足に出来なかった。
全力で走ってボールを追いかけても、基本すら満足にこなすことができない。
中学に比べてあまりにも高いレベルの活動に、真崎は退部さえ考えていた。
同学年でもできる部員はたくさんいて、劣等感に苦しくなる。個人競技ならまだしも、チーム競技で足を引っ張る存在に、チームメイトは厳しい。
ミスをするたびに飛んでくる叱咤に身体がすくみ、余計に動きが悪くなる。
「あーあ、またかよ」
先輩の言葉が刺さってくる。
きつい、つらい、やめたい。
まだ入部して三ヶ月もたっていないのに、真崎は毎日そんなことばかり考えていた。
中学のころと比べて、今の部活は部員数が多い。
一年生だけでも13人いて、三年生まで合わせると38人の大所帯だ。
(俺一人やめたところで誰も気にしないだろうし……)
むしろ、早く辞めたほうが部員たちの記憶に残らなくていいかもしれない。
そんなことすら、思うようになってしまっていた。
「お前、今日シュートすごかったな」
「いや、先輩のナイスパスのおかげっす!」
部活が終わったあとの部室は、部員たちでぎゅうぎゅうになっている。
すぐ近くで同級生が先輩と仲良さげに話すのを聞きながら、真崎は急いで着替えていた。
上手いメンバーは、先輩と仲良くなっているというのに、真崎は先輩と部活以外でまともに話したこともない。
劣等感からか、真咲は先輩たちとうまく打ち解けることが出来なかった。
それは、先輩だけでなく同級生に対しても同じだ。
何か言ったら、こいつ全然できてないくせに、と思われてしまうのではないか。
部員面をしたら、何を一丁前にと思われるのではないか。
そんなことを恐れては、目立たないように、と息を潜めてばかりいた。
「お疲れ様でした」
一人部室を出ると、真崎の挨拶に何人かから「おつかれー」と返事が投げかけられる。
これも、もっと上手い部員だったら、もっとたくさんの返事をしてもらえるのに。
自分がどうしようもなく情けなくて、真崎は一人、とぼとぼと校門へと歩みを進める。
もうすぐ短針は8時頃だろうか、あたりは真っ暗で、生徒もほとんど残っていない。
「しんど……」
一人ごちた真崎の声は、誰にも聞かれることなく、空に消えていくーーわけでもなかった。
「水野」
後ろから、突然声がかかる。
驚いて振り向くと、そこには川口稔 の姿があった。
一つ先輩の川口は、二年生の中でもかなり上手い部員だ。
穏やかで優しくて、ミスをしても「どんまい」と笑ってくれる数少ない先輩の一人。
背は170センチほどと長身ではないが、走るのがはやく、ロングシュートが上手い。
ディフェンスに囲まれても一人で切り抜ける鋭い動きが目立つ、優秀で稔が密かに憧れにもしている先輩だ。
「川口先輩」
先ほどの一人言を、もしかしたら聞かれてしまったかもしれない。
それはとても恥ずかしく、惨めなことのように真崎には感じた。
しかし、そんな真崎の気まずそうな態度を気にすることなく、稔は微笑む。
「お疲れ、途中まで、一緒に帰ろう」
真崎は断ることも出来ず、黙って頷いた。
二人で道を歩きながら、真崎は内心困惑していた。
今まで、稔とまともに話したことが殆どないのだ。
部活中に見ている以外で、真崎は稔のことを何も知らない。家がどこなのかもわからないし、途中まで、というのがどこまでを指しているのかもよくわからない。
駅までなら、徒歩であと10分ほどかかることになる。
その10分、一体何を話せばいいのだろう。稔の意図をはかりかね、隣をちらりと見やると、視線に気づいた稔が困ったように笑った。
「ごめんな、もしかして水野、困ってる?」
答えは、イエスだ。だがもちろん、そんなことは言えない。
何も言わない真崎に気を悪くする気配もなく、稔は続ける。
「本当はもう少しはやく話したかったんだけど、なかなか機会がなくてさ。今日、帰りが一緒のタイミングでよかったよ」
「あ、そう、ですか」
何か返事をしなければと口を開いたら、自分でも驚くほど素っ気ない言葉になってしまった。
先輩相手に、失礼極まりない。
「うん、本当は部活中に声かけたかったんだけどさ。
水野、すげえ頑張ってるよな。俺、いつも水野見て思っててさ」
想像すらしていなかったその言葉に、ぐっと胸が熱くなった。
何気ないように話す稔に気づかれたくなくて、平静を装う。唇にグッと力を入れた。
「すげえ走ってるし、声出してるし。入部した時からかなり筋肉もついてきてる。
動きも全然変わっててさ、努力してるんだなって思ってた」
「あ、りがとう、ございます」
「かたっ」
ぎこちない真崎の反応に、稔が笑った。
つられて、真崎も笑う。
先輩とこうして朗らかな雰囲気で話せたのは、入部して初めてだ。
「あ、じゃあ俺こっちだから。また明日な」
「はい、お疲れ様です」
駅に着く前に、稔とは別れた。
一人駅までの道を歩きながら、真崎は頰が緩むのを抑えきれなかった。
暗い道を歩きながら、にい、と顔が笑ってしまう。
嬉しかった。
稔が、真崎のことを見ていてくれたことが。
毎日叱咤されて、自信なんて全く無くなってしまっていた。
どうせ自分が頑張ったって上手くならなくて、練習の邪魔をしていると思っていた。
「すげえ、頑張ってる……」
真崎は、稔の言葉を自分で口に出してみた。
今度こそ誰にも聞かれることなく空へ消えたその言葉に、胸がじんと熱くなる。
さっきまで重かった心が、嘘みたいに軽くなっていた。
(明日も、頑張ろう)
もっと上手くなって、もっと、稔と話したい。
もっと、みんなと楽しくバスケができるようになりたい。
その日を境に、真崎の部活への気持ちは大きく変わった。
辛いなんて思ってる場合じゃない、とにかくはやく、みんなに追いつきたい。
その気持ちは徐々に実力へと変わり、秋を迎える頃には、もう今までのように叱咤されることも、身体がすくんでしまうような気持ちもしなくなっていた。
ともだちにシェアしよう!