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一年 冬

下校時間が早くなり、部活もすぐに切り上げなくてはならない、冬。 バスケ部も例外ではなく、19時には部室を閉めなければならない季節になっていた。 夏は蒸し暑く、冬は寒い部室で素早く着替え、皆足早に帰路へつく。 田舎にある高校で帰りに寄り道できる場所などなく、部活帰りには皆まっすぐに家へと帰っていた。 「稔先輩、帰りましょー」 真崎が着替え終わった稔へ声をかける。 「うん」 大きなエナメルバックを肩にかけ、稔は立ち上がった。 バスケ部指定のエナメルバックは大きくて、高校名と名前、そして目立つ装飾で 籠球部 と書かれている。真崎より一年長く使っている稔のエナメルバックは少しへたれていて、太ももに当たっては形を凹ませていた。 いつからか、二人で帰るのが当たり前になっていた。 あの日から、真崎と稔との関係は近くなり、練習中も声をかけてもらえることが増えていった。 稔のアドバイスを忠実に守り、一人で残って練習を続けた結果、他の部員からも一目置かれるようになった真崎は、当初と比べてずいぶん明るく、本来の人懐こい性格を露わにするようになっていた。 他の先輩とも仲良く話し、またノリも良い真崎に、部員からからかうような声がかけられる。 「ヒュー!本当仲良いよな、お前ら」 もはやお決まりと言っていいほど、帰り際に言われる言葉だ。 真崎は、それにノリよく返事をする。 「ラブラブなんでーす!おつかれっす」 稔が困ったように笑いながら、しかし否定はしない。 それが真崎には嬉しかった。 憧れの先輩と仲良くなれて、それを先輩も嫌がっていないのだから。 「今日コンビニ行きません?」 育ち盛りの男子高校生は、どれだけ昼に食べたって、部活の後には空腹だ。 ほぼ毎日二人でコンビニによっては、駐車場の端にしゃがんで何かを食べていた。 「うん、今日は肉まん食べたいな」 「今日はっていつもじゃないっすか」 「水野はあんまんだろ」 「いや、俺も今日は肉まんの気分っす!」 「ええ、俺あんまんも食べたいから、水野あんまん食べようぜ」 「えー、じゃあ半分こしましょうよ」 駅とは少し離れた場所にあるコンビ二は穴場で、部活帰りの学生はほとんどいない。 だいたい学校から歩いて15分のそこまでに、こうして何を食べるか話すのが決まりのようになっていた。 大体いつも稔は肉まんで、真崎は日によって様々だ。 優しくて面倒見がいい先輩だと思っていたが、意外と甘え上手な稔に気付いたのは、一緒にコンビニに行くようになってからだった。 コンビニについてお目当のものを買って、いつも通り駐車場の端の車止めに並んで腰を下ろす。 あんまんから白く湯気がたち、それが余計に食欲をそそってくる。 真崎は、あんまんを半分に割ると、片方を稔へと手渡した。 あつあつのそれを受け取り、「あち」と稔が小さく声を漏らす。 稔も肉まんを半分にして、片方を真崎へと突き出した。 「ん」 白く上がる湯気の向こうに、稔が微笑んでいるのが見える。 「あざす」 受け取って、真崎はそのまま肉まんにかじりついた。 暖かな食感が、口のなかに広がっていく。 隣で稔も、肉まんを頬張っていた。 黒い柔らかい短髪に、優しげな顔つき。 親しみやすくて、けれど整った顔つきにバランスの良いたくましい肉体。 稔が女子に人気があると知ったのは、つい最近になってからだった。 言われてみれば当たり前だ。 自分が女子でも、きっと稔を好きになる。 そう思ってから、真崎は思わず笑いだしたくなった。 腹の底から衝動的なものが湧き上がり、大声で叫んでしまいたい。 その気持ちは、歓喜と優越感だった。 さすが俺の先輩だろ、と。そんな先輩に俺はかわいがられてるんだぞ、と。 そんなことを思ったことを思い出す。 「うまいな」 肉まんを半分食べきった稔が、そう言って笑う。 ぐるぐるに巻いた青のマフラーに顎まで隠して、首をすくめて暖をとる稔に、あの時の気持ちを思い出した。 つい、顔がにやけてしまう。 「うまいっすね」 部活帰りの肉まんは、その時以外より美味しく感じた。 それはきっと、稔と一緒だからだ。

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