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二年 春
新入部員が入って来て、部活はより一層大所帯になった。
初々しい一年生たちに、いつの間にか自分も先輩になったのだな、と実感する。
基礎練が増えた練習のなか、同級生たちの叱咤の声と、謝る一年生の声がよく聞こえた。
「お前も1年前はあんなだったよな」
順番を待つ列でその様子を眺めていると、稔が声をかけてきた。
それはからかうというよりも、単純に懐かしそうな声色だった。
「へへ」
つい照れ笑いで返すと、「何笑ってんだよ」と稔が小突いてきた。
そうだ、1年前は、自分もああだった。
一年生を見て、もう随分昔のようにも感じる入部当時を思い出す。
周りができる中自分だけがミスばかりで、怒られて、部員とも仲良くなれなかった。
辛くて、部活が本当に嫌だった。
もっと上手くなりたい、上手くなってみんなと仲良くなりたい。
バスケを楽しみたいとがむしゃらにやってきて、いつの間にか、こうして懐かしめるようになったことに、真崎は胸がじんと熱くなった。
「いや、懐かしいな、と思って」
きっとその声がずいぶん実感がこもっていたのだろう、そんな真崎を見て、稔は優しく微笑んだ。
その表情がやけに甘く優しくて、真崎はなんだか居心地が悪くなる。
春の空気に包まれている体育館、ボールの音、動きが小さく響く床。
柔らかな日差しの差し込む体育館の壁際で微笑む稔の姿が、なんだかとても美しく、真崎は感じた。
黒髪に光があたって、柔らかそうなその髪が普段と違う表情を見せる。
頰を伝う汗がゆっくりと肌を滑り、ぽと、とシャツに落ちてしみこんでいくのを、無意識に真崎は目で追っていた。
運動で紅潮した頰、じっとりと汗ばんだ肌。
自分のものか稔のものかわからない汗の匂いが鼻をかすめ、その瞬間、心臓が強く鼓動した、気がした。
「真崎?」
黙り込み、自分を見つめる真崎に、稔が不思議な顔をする。
真崎よりも少し背の低い稔が、わずかに首を傾げた。
(ーーあれ?)
何か、おかしい。
原因のわからない違和感が真崎の体をぎくりとさせ、一瞬、何も言えなかった。
「なんだよ、見惚れてる?」
そんな様子を、冗談めかして稔がからかう。
固まっていた身体がその声ですっと動き、口から自然に言葉が出た。
「見惚れてました、先輩、かっこいいっす!」
冗談めかして返すと、稔がまた、笑った。
優しくて、かっこよくて、女の子にもてて、部活の後輩からも人気のある落ち着いた先輩は、けれど真崎に対しては、顔をくしゃりとさせて、子供のように笑う。
「まーたいちゃいちゃしてんのかよ!」
二人の様子を見ていた周りの部員がそう言うと、どっと体育館に笑いが起こった。
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