6 / 6

2年 冬

『今日部活のあと、会える? 』 稔からLINEが届いたのは、卒業式も近くなった冬のことだった。 結局稔は引退してから今に至るまで、一度も部活には顔を出さなかった。 それどころか、真崎と会うことも殆どなく、半年近い時間がすぎた。 週に一度は真崎からLINEを送って、それに稔が返事をする。 無視されたことは一度もなくて、ただ、会えないだけだった。 寂しいです、会いたいです。 そんなことは一度も言えなかった。 ただの先輩と後輩の会話としては、おかしいと感じるからだ。 『会えます!!! 』 真崎はすぐに、そう返事をした。 叫び出したい気分だった。 冬の部活は、夏に比べてはやく終わる。 急いで着替えて一番に部室を出ると、外はもう真っ暗で、冷たい風が頰を撫でた。 稔との待ち合わせは、三年生の玄関だ。 三年生棟の教室は灯がともっていて、生徒たちの姿が見える。 ラストスパートの時期なのだろう、先生の姿もあった。 火照った頰に、冬の空気が心地よい。 灯の灯る三年生の玄関に外から足を踏み入れると、下駄箱に背をあずけて、稔が立っていた。 その手には冊子が握られていて、赤いシートを使って暗記に勤しんでいるようだ。 随分振りの稔の姿に、思わず頰が緩む。 短髪だった黒髪は以前より少し長くなり、去年もしていたマフラーが顎までぐるぐるに巻かれている。 足元に置いてあるカバンはバスケ部指定のエナメルバックで、それを見て、真崎の頰が緩んだ。 「稔先輩」 声をかけると、稔はぱっと顔をあげて真崎の方をみた。 一瞬、少し驚いた表情をして、その顔がすぐに笑顔にかわる。 柔らかに微笑んだその顔に釣られて、真崎もゆるりと笑った。 顔がにやけて見えていないか不安だった。 「久しぶり」 稔の柔らかな声が、じんわりと身に染み込んでくる気がした。優しくて、心地良い。 稔が好きだと、その時突然、当たり前のように思った。 驚きも何もなかった。というよりも、納得した。 そういうことだったのか、と。 「めちゃめちゃ久しぶりです! 」 その声があまりにも嬉しそうで、自分でもおかしくなってしまう。 でも仕方ない、嬉しい。 尻尾をぶんぶん振り回す真崎に、しかし稔は若干緊張した雰囲気だった。 こほん、と小さく1つ咳をして、マフラーに隠れそうな口を開く。 緊張で少し硬い声が、玄関に小さく響いた。 「卒業ん時さ、第二ボタン、もらってくれん?」 何を言われたか、理解できなかった。 「え?」 それはつまり、どういうことだ。 真崎の反応に、稔が困ったように笑う。 すっと真崎から目をそらし、足元に視線を落として、稔は続けた。 「本当は部活も顔だしたかったんだけど、なんか、真崎に会ったら勉強できんくなるなって思って行けんかった。引退してから気づいたんだけど、なんか俺、すげえ真崎といるのが居心地良かったみたいでさ。あっ、これだめだなーって思ったんだけど、なんか、やっぱ受験前に会いたいなって思ってさ。いきなり呼び出して悪い、もしきもかったら、それも悪い」 真崎に口を挟む間を与えない。 稔は、一瞬口を閉ざしてから、視線を真崎に向けた。 いつもの笑顔が、緊張でか少し強張っている。 「なんか、受験の前に言っておきたくて。 お前に、もらってほしい。 第二ボタン、もらってくれん?」 頷くことしか、できなかった。 稔がどういう気持ちで言っているのか、それが何を意味しているのか、理解が追いついていない。真崎を見つめる稔の目が、少し見開かれて、それから、ホッとしたように細くなる。 (あ) 稔のその顔を、真崎は見覚えがあった。 一年生のあの頃、一緒に帰ろうと声をかけてくれた時。 頷いた真崎を見て、同じ顔をしたのだ。 心臓が、突然激しく暴れ出す。 「先輩の第二ボタン、ください」 そう言った真崎の声は、柄にもなく震えていた。 稔が、笑う。 真崎の大好きな表情だった。

ともだちにシェアしよう!