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二年 秋
三年生が引退してから、二ヶ月が経った。
一学年分の人数がいなくなった体育館はがらんとして見えて、響く声も極端に減ったように感じられた。
練習の流れはもちろん、メニューに費やす時間配分も変わっていって、ああ本当に先輩たちは引退してしまったのだと実感する。
初めは寂しくて寂しくて、たまに顔を出しに来る先輩たちがとても嬉しかったが、二ヶ月も経つとそれなりに慣れてしまった。
「真崎、最近先輩たちと会ってる?」
「あー、前山本先輩が来てくれた時が最後、かな」
二週間ほど前に、山本先輩が一人ひょこりと顔を出しに来た。
15分ほど練習を見て、すぐに帰ってしまったのが真崎の脳裏に蘇る。
すると、声をかけてきた部員はわざとらしく眉根を寄せた。
「ちげーよ、稔先輩のこと」
どきりとした。
それを悟られたくなくて平静を装うと、思ったよりも冷静な声が出た。
「いや……引退してから会ってない」
真崎がそう答えると、ええ、と反応が帰ってくる。
「真崎も会ってないんなら、部活来なくてもまあ、当然かあ……あ、稔先輩もしかして彼女とかできたのかな、あの人モテるしさ、部活引退したらいちゃいちゃする時間も増えるし」
「部活の代わりに受験勉強だろ」
「あ、まあ、そっか」
部員のその言葉は、冗談半分、半分本気だろう。
稔は、モテる。
それはもう疑いようのない事実で、練習中に女子が見学に来てはきゃあきゃあと騒いでいることもあった。
部活にいっぱいいっぱいで一年生の頃はあまり気にしていなかったのが、部活にも慣れ始めた頃、ふと気になって他の先輩に聞いてみたことがあった。
「誰かの彼女さんですか?」
すると先輩は、わざといやそうな表情をして
「稔の取り巻き」
そう教えてくれた。
ああ、そうなんだ、とその時は思った。
誇らしくすら感じられた。自分の大好きな先輩のことを好きなんて、見る目あるじゃん、と謎の上から目線な感想すら抱いた。
しかし、自分でもなぜだかわからないけれど、二年生に上がった頃にはなんとなくその存在が疎ましく感じるようになっていた。
稔がシュートをいれると聞こえる歓声が鬱陶しい。
見世物じゃないんだぞ、そう思う自分が嫌だった。
稔たちが引退すると、まるでその女子生徒たちも部員だったかのように、同じタイミングで現れなくなった。
静かになっていい、と思えたのも最初の一週間ほどだけだった。
稔が引退してから時間が経つにつれて、ゆっくりと、しかし着実に感じる寂しさは増していく。
つい最近は、とうとうこう感じてしまった。
あの人たちが戻ってきてもいいから、稔にも部活に来て欲しい、と。
その気持ちがなんなのか、真崎にはわからない。
普通の先輩と後輩の関係は、そんなものなのだろうか。
「でもさ、稔先輩なら、すぐ部活に来てくれるかと思ってたけどな。
なんで来てくれないんだろうな」
その言葉に、真崎は胸がいたくなる。
真崎も、そう思っていた、いや思いたかった。引退したって、きっとあまり変わらないんだ、と。
「もしかして、もうバスケ部とかどうでもいいのかな?」
その言葉に、思わず真崎は大きな声をだしていた。
「そんなわけないだろ!」
部員が、驚いて真崎を見る。真崎自身、驚いていた。
「あ、悪い……なんか……うん、俺、稔先輩に言っとくわ、後輩たちが稔先輩を恋しがってますーって」
固まった雰囲気をほぐすようにわざとおちゃらけて言うと、部員もぎこちなく笑った。
「後輩じゃなくて、真崎だろ。僕が寂しいんですってちゃんと言えよ!」
「うるせー」
図星だった。
稔先輩、今日、部活来てくれませんか?
送ったLINEは、すぐに既読がついた。
ごめん、勉強で厳しい。
すぐに返事が来た。
想像していた通りの内容に、真崎ははあ……とため息をつく。
まただ。また、断られた。
「なんでだよ……」
スマートフォンを握りしめて、真崎は呻いた。
想像以上に情けない声が出る。
何通もの履歴を見ながら、改めて、もう一度ため息をついた。
バリエーションを変えて部活へ誘う真崎からのLINEに、毎回断りの返事が届く。
理由は決まって「勉強」だ。もちろん、受験生なのは知っている。稔が難関校を目指しているのも、勉強熱心なのも。それでも、たった一度、それも数十分体育館に来ることがそんなに難しくないことは、他の先輩たちの姿から知っていた。
「あーあ……」
校舎棟の違う学年だから、校内で稔とすれ違うことはほとんどない。
部活しかないのに、そこに来てくれなかったら、同じ学校にいるはずなのに全く会える機会がなくなってしまう。
(避けられてんのかな)
なんのために?
考えても、答えは出なかった。
正直、素直に寂しい。
稔に会いたいと思う。
部活に参加してくれなくても、校内ですれ違うだけでもいい。
真崎、と柔らかい声で名前をよんで、笑ってほしい。
欲を言えば、また二人でコンビニでだべりたい。
さらに欲を言えば、バスケがしたい。
一緒に練習がしたいし、並んで筋トレがしたいし、どうでもいい話で盛り上がりたい。
試験の前には勉強を教えてもらいたいし、暇だったら、一緒に時間を過ごしたい。
会えなくなって改めて、自分が相当稔が好きなことを自覚した。
「彼女みたいじゃん俺……」
はは、と笑ってみたが、なんとなくシャレにならない気持ちを自分の中で感じて、真崎はまた、ため息をついた。
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