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オンリーユー1

 その荷物は、唐突に送られてくると言う。  入っているのは、どう見ても人間で――慌てて同封された連絡先に電話をしても、こんなガイダンスが流れるだけだと言う。 「あなただけを愛し、あなた無しではいられない。それはそんな、あなただけのロボットです」  ……周囲で、幸せそうに微笑んでいる恋人達。  その中には、もしかしたらロボットがいるかもしれないと締め括られる、そんな話を聞いた事があった。 ※  一歩、明かりを点けた部屋に足を踏み入れて、橘月也(たちばなつきや)は思わず息を呑み、その場に立ち尽くした。  視線の先にある、人影。  年の頃は十四、五歳くらいか――月也が、かつての保護者と別れた年と同じくらいだ。  サラサラの黒い髪と、滑らかな肌。長いまつ毛に縁取られた目を閉じ、首を少し傾げて椅子に座っている。  白いシャツと、ジーンズ。眠っているように見えるが、肩も胸も頬もピクリともしていない。  ……そして、目の前の顔は。 (俺だ)  長めの前髪と、太い黒縁眼鏡。  仕事帰りの為、地味なスーツを着ているせいで解り難いだろうが、目の前の少年は月也にそっくりだった――正確には、同じ年頃の時の彼とそっくりだった。 ※ 「月也君、いらっしゃい」  昔、園長先生に呼ばれ、手を引かれて園長室まで行くと、そこには知らない男の人がいた。  お年寄りなのに、綺麗に背筋が伸びていた。いや、立ち姿だけではない。優しく笑う顔も着ている服も、とても綺麗で隙が無かった。  そして来客用のソファから、真っ直ぐに月也を見つめながら、老人は口を開いた。 「名前は?」  そう聞かれたのに、月也は躊躇せずに口を開いた。  見つめてくる眼差しは痛いくらいだったが、不思議と怖くはなかった。  ただ目が、心が吸い込まれて離せなくなった。 「……つきや」  名前と自分自身しか持たない彼は、そうして相手に全てを捧げた。  佐倉香一郎(さくらこういちろう)。  名家の出であり、更に実業家として有名な老人の、情人。それが、自分だった。  老人は孤児だった月也を施設から引き取り、佐倉の苗字と愛情と保護、そして快楽を与えた。  二人だけの密やかで、幸福な日々――けれどそれは、香一郎の弟が自分の前に現れた事で、終わりを告げた。 (醜い)  それが、相手に対する月也の第一印象だった。  顔だけは、兄弟なだけあって整っている。だが、雰囲気が貧相だった。しかも目だけが、飢えて卑しく輝いている。  そして男は親切を装って、自分を責め立てた。  月也という子供の、しかも同性の愛人がいる事は香一郎の、そして月也本人の経歴に傷をつけるだけであり、何の得にもならない。  希望があるのなら、出来る限り応じる。  だから月也達は自分の幸せについて、もっとしっかり考えるべきだ……などなど。  無意識に目を逸らしていた事を、容赦なく突き付けられた。月也が中学生になり、相手の言葉を無視出来なくなった頃に現れた辺りに、明確な悪意を感じた。  悔しかったのは、相手の言葉の中に頷ける部分があった事だ。  自分の幸せ云々はともかく、香一郎の経歴に傷がつく事は間違いない。あの素晴らしい(ひと)の輝かしい人生に。  だから月也は、試験を受けて全寮制の高校に入った。一通の手紙だけを、老人に残して家を出た。 『俺は、貴方の人形にはなれません』  書いてから、裏切りの言葉とも取れる事に気付いて、少し笑った。  人形に、なりたかった――人形なら世間体や常識を気にせず、香一郎の傍にいられたから。

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