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第3話

――拓也」 「なに?」  鏡越しに視線がぶつかる。 「こんな俺が恋人だなんて……後悔とか、してないか?」  睫毛を小刻みに揺らしながら伏目がちにそう呟いた結人に、拓也は静かに首を横に振った。  神狐が言った通り、結人の体は満月の夜を迎えるたびに獣へと確実に近づいている。  先月は長い爪。その前は短い牙。その前は――瞳の色だったか。  徐々にではあるが変わっていく自分の体に戸惑いを隠せない結人。強がってばかりの彼の弱さを始めて見たような気がして、拓也はすっと目を逸らした。  勇気を出して想いを告げ、恋人になった日――二人は体を繋げた。  結人はどこまでも優しく、何度もキスを繰り返しながら拓也を抱いた。  唇が触れあうたびに、拓也は初めてのキスを思い出す。  嫉妬を覚え、ただ彼を自分のモノにしたくてキスをしたあの日……。  今に思えば、あの頃から独占欲が強かった。大好きな恋人と離れたくない、離したくない。  だから必死になって結人を追いかけて来たのだ。  そっと両腕を広げて結人の背中を抱きしめる。  小学生の頃から何倍にも大きくなった背中に頬を寄せ、拓也はゆっくりと言葉を紡いだ。 「――結人がどんな姿になっても、俺はずっとずっと好きでいるから」 「お前の事……忘れちゃうかもしれないんだぞ?それに……俺はあの社から出られなくなる」 「毎日、会いに行く!俺の事、忘れないように……会いに行くから」 「拓也……」  肩越しに振り返った結人の大きな耳がヒクリと動いた。  人間の何倍もある聴覚は、拓也のすすり泣く声を聞き逃すことはなかった。  獣への変化に戸惑っているのは自分だけではない。恋人である拓也も一緒であることは痛いほど分かっている。でも、今になってはどうする事も出来ない。  結人は口には出さなかったが、自分が身代わりになって契約を交わしたことで、拓也を守ることが出来たのだと何度も言い聞かせていた。そうでもしなければ心が壊れていきそうで怖かったから。  爪が伸びても、牙が生えても、そして異形とも言える青緑色の瞳になっても、変わらず接してくれる拓也を愛しているからこそ、今の自分を保っていられる。  後ろから抱きしめられた彼の体温を感じながらゆっくりと振り返ると、俯いたままの拓也の顎に手をかけて上向かせた。 「泣くなって言ってんだろ……」  今かけた言葉は果たして正解なのだろうか。自分は間違っていない。それなのに不安がいつまでも付き纏う。  真っ赤になった目を何度も擦る拓也の手首を掴み、顔を傾けると濡れた唇を啄んだ。 「拓也の涙の味……。満月の度に泣かしてるな」 「ごめん……。不安にさせちゃってるよね?」 「ううん……。気にしなくていいから。こうやってお前に触れてキスをして……それだけで幸せだから」 「――俺も。結人とずっと繋がっていたい」  ギシリ……と二人分の体重を受け止めたベッドが軋む。  レースのカーテンから差し込む月明かりに照らされた互いの顔を見つめ、照れたように笑みを浮かべる。  すでに兆し始めている下肢を押し付けるように結人が体を動かすと、それに応えるかのように拓也もわずかに腰を浮かせた。  体温を阻む着衣が煩わしくて仕方がない。出来ることならば勢いよく脱がせて、自分も生まれたままの姿になりたい。  チュッと音を立てながらキスを繰り返す。口内に滑り込んだ舌が絡み合うたびに、薄闇に小さな水音が響いた。  結人の首に両腕を絡ませた拓也がクスッと思い出し笑いをしながら見上げる。 「なんだよ……」 「キス、上手くなったね」 「うるせー。お前こそ……。まさか他の奴としてるんじゃないだろうなぁ」 「してないよ。結人だけ……」  舌先を伸ばしてその先を強請る拓也が愛しくて堪らない。  学校では至って優等生な彼がこんなエロい表情を見せるのは結人の前だけだ。  他の男にとられるのではないかという不安はいつも付き纏う。しかしそれよりも、彼を独り占め出来る優越感の方が勝っていた。 「今度の満月は尻尾かなぁ……。俺、モフモフ好きぃ」 「さあな。俺にも分かんない……。でも、そのリクエストには応えてやりたいな」  体が変化して、結人のペニスも大きくなっていることに気付いているのは、それを受け入れている拓人だけだった。  スウェット越しにすっかり硬くなったモノを指先でなぞると、結人がくすぐったそうに肩を竦めた。 「やめろって。煽るなよ……」 「――ねぇ、今日はゴム付けなくていいからね」 「え?あとで困るのはお前の方だぞ?」 「ううん。いいから……。こんなこと言ったら笑われるかもだけど……もしかしたら俺も神狐になれるんじゃないかって思ってるんだ。お前の精液一杯受け止めて……。そしたら、同じ者になれるんじゃないかって」 「拓也……」 「なりたいんだよ。俺もお前と一緒に生きたい。そして――お前の子供産みたい」  ベッドに両手をついてわずかに体を起こした結人の髪が拓也の頬を掠めた。  幼い頃から見ているはずのその顔は、満月の光を浴びるたびに妖しく美しくなっていく。  そんな結人を独り占めしたい……。拓也は初めて彼の唇を奪った時を思い出して、そっと目を閉じた。 「本で読んだんだよ。妖の精を受け入れた者は同じ者になるって……。だから、俺も……っ」 「――させない」 「え?」 「お前は人間として生きろ。俺の同じになるとか……やめろ」 「どうして?結人は俺と一緒じゃ嫌なの?」 「違うっ」  苦しそうに眉を顰めた結人は唇をきつく噛みながら顔を逸らすと、重々しく息を吐いた。 「好きだから……。愛してるから、同じ者にしたくないんだよ。拓也はそのままでいて……欲しい」  獣へと変わっていく自身との葛藤、そして離れてしまうかもしれない恋人への想い。  結人の表情はすべてを物語っていた。    長年一緒にいる拓也だからこそ、誰よりその優しさを感じることが出来た。  強がって自我を無理やり押し込めようとする結人に、なぜだろう……。  拓也は自然と笑みが零れた。  目を逸らしたままの彼にそっと指先を伸ばして、冷たい頬に触れた。 「らしくない……。結人は結人らしくいて欲しいな」 「別に、俺は……」 「ずっと見て来たんだよ、結人の事。他の誰よりも知ってる。隠してもダメ……。俺から逃げようとか考えてる?絶対に逃がさないからねっ」  時折、結人を誘うように拓也の小悪魔が姿を見せる。  大人しい顔からは想像出来ないほど大人びたその表情に、結人は息を呑んだ。 「獣なら獣らしく俺を食べて……。その後で神様の奇跡を信じる。神狐の結人なら絶対に出来るから……」 「何が出来るんだよ?」 「――俺を孕ませて。そしたら同じ者になれるから」  クスッと笑った拓也は、舌先を伸ばしてキスを強請る。  その誘惑に抗えなくなった結人もまた、全身を強張らせていた力を抜き、ふわりと微笑んだ。  互いの舌先が触れ、それがより深いものへと変わった時、拓也の長い睫毛が揺れ、熱い吐息が漏れた。 「はぁ……結人……愛してるっ」 「拓也……俺も愛してるよ」 「ん……」 「お前と永遠に繋がっていたいから……」 「んっ!あ……はぁ、はぁ……っ」 「ずっとずっと守ってやるから……っ」  堰を切ったように互いの肌を弄り、快感の泉に沈んでいく二人……。  結人の長大なモノを受け入れる準備はもう出来ている。潤んだ蕾を割り裂いていく灼熱の楔が運命を引き寄せる。  激しく突き上げる結人に応えるように、拓也は顎を反らせて声を上げた。 「あぁ……イイ……結人…っ。奥……奥に出してっ」  二人の熱い息が重なり、結人の腰使いも激しいものへと変わっていく。  腰の奥からじわりじわりとせり上がってくる熱の塊を拓也の中に注ぐべく、結人は彼の最奥に腰を突き上げると低い呻き声と共にブルリと体を震わせた。 「あぁぁぁっ」  小刻みに痙攣を繰り返しながら絶頂を迎え、自らも射精した拓也の体をしっかりと受け止めながら、結人は荒い息を繰り返しながら掠れた低い声で耳元で囁いた。 「同じ者になれ……。時は満ち、契約は成された」  白装束の神狐は結人と唇を重ねた時に言った。 『契りを交わした最愛の者と共に社に来い』――と。  その赦しが今、成されたことを拓也は知らない。  気を失い、腕の中で眠る最愛の恋人――。 次の満月は、同じ青緑色の瞳で金色に光る夜空を見上げよう。  そして、永遠に変わることのない愛を幾重にも重ねて行こう。  共に神狐となって……。

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