1 / 10
一歩の距離
「……なにをやったら、見合い帰りでこんな状態になるんですか?」
「……」
呆れ果てている敬一に返す言葉がない。
……スーツはくしゃくしゃ泥だらけ、家を出るときはピカピカだった靴も土埃で真っ白。
どっからどう見ても、見合い帰りだとは信じられない格好だもんな。
そう。
今日、俺――阪口鷹也は見合いをした。
大学出て数年で、早く引退したい親父から社長職を押しつけられ、気付けば三十を過ぎてた。
そうなると俺は気にしてなかったが、まわりがそろそろ結婚をとなってくる。
別段、好きな女がいるわけでもなく、恋愛結婚にこだわりがあるわけでもなかったので、適当に親類が勧める見合いをした。
相手の女性は特別美人でもなければ、不美人でもない普通の人で、話してみてもやはりそんな印象だった。
きっと、いつものようにそのうち愛着が湧いて、それなりの夫婦になるんだろ、それくらいの薄い感情で結婚を承諾した。
いつも、いつもそうだ。
女性に対して強い愛情が抱けない。
付き合っているうちに愛着のようなものが湧いて、可愛いな、とまでは思う。
けど、それ以上の感情を抱けない。
結局相手もそのことに気がついて、別れることになるのだけれど。
まあ、嫌って別れたわけでもなく、云ったように愛着めいたものはあるわけで、その後も彼女たちとは友人として、彼氏の相談に乗ったりしたりしている。
ともだちにシェアしよう!