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第1話 秋の転校生

「ロミオ。あなたはどうしてロミオなの」 2年の2月下旬。外の空気に冷やされた体育館の中で、よく聞くフレーズが響く。 この時期、演劇部が半年かけて作りあげてきた舞台を全校生徒の前で披露する。 春青高等学校の演劇部は、校内ではなかなか評判がよく、毎年恒例の行事となっている。 その舞台に立てるチャンスがある演劇部に所属している僕・林準太(はやし じゅんた)は、 今、まさに 舞台側からそれを眺めていた。 演劇には全然興味がなかった。なにが楽しいのか。まあ、ちゃんと見たことなかったけど。 だけど、この高校に入学して、部活動紹介で演劇部が出てきて寸劇をし始めたとき、 僕の心が躍ったのを覚えている。 ものの五分もない寸劇。それだけでも十分なほどに。いや、まだ観ていたいと思えた。 それを機に入部を決意する。これからあの輝いていた場所に自分が立てるのかと 期待に満ち溢れていた。が、そんなにうまくいくわけもない。 だって、引っ込み思案で根暗でろくに話もできない僕が選ばれるわけがない。 部員数は3学年合わせてだいたい20人。その中でも舞台初心者が7人。 経験者が多く、部活初日に新入部員は自己紹介がてら、物語の1シーンを演じるという お題が出された。周りは演技はしたことはないが、芝居をよく見るというだけあって、 レベルが違った。そんな中、なんの知識のない奴が自分とは違う人物を演じ、 ただでさえ口数が少ない奴が、あまり口にしないような羅列した文字を読む。 僕に才能があれば、あの時どんな称賛されていただろう。 輝かしい舞台は目の前にあるのに、自分はそこにはいない。 この恒例行事の舞台に立つには、オーディションで役を勝ち取らなければならない。 オーディションに関しては、卒業公演となる3年生は出れるようになっていて、 配役をオーディション結果にて決められる。1,2年にも役があるが、枠が決められている。 今まで3年までに舞台に立てなかった生徒なんていなかった。 3年になるまでには1度2度は経験を出来るようにはなっているらしいが、 僕には相当才能がないらしい。自分でもわかる。 セリフ覚えは悪いし、掛け合いはグダグダ。ちょい役だって、出るタイミングが遅いし、 はけるタイミングもいつも間違える。 2年になってそれはだいぶましにはなった。だが、やはりうまくいかない。 何度も自分には向いてないと感じていながら、舞台側からみる景色に焦がれ、 いつか立つんだと何度も心を震わせていた。 そして、僕は3年になり、卒業公演を迎えるまでいくつかの舞台に立つ機会を逃し、秋になった。 休み時間の教室では受験の話が持ちきりで、どこの学校受けるか、試験問題は どんなものが出るかを話す生徒ばかりだ。 僕はそんな会話を耳にしながら、一番前の席で参考書を開き、机に向かっていた。 そんな中、ある女子が話している内容が聞こえてきた。 「そういえば転校生きてるらしいよ。」 「え、うそ。こんな時期に。珍しくない?」 「そう。で、うちのクラスに来るとかって。」 「え、まじでまじで!」 「しかも、男の子だって!」 「うそ!ちょーあがるー」 転校生自体はあまり気にならないが、自分のクラスに来るとなると話は別だ。 まあ、噂だからどこまで本当かはわからない。 気にしても仕方ないと続きを始めかけたその時、チャイムが鳴りだした。 「よーし席つけー。」 タイミングを計ったかのように、教室のドアをガラガラと開けて入ってくる先生。 そして、その後ろについてくる見知らぬ顔の人物。 それを見て、教室内がざわざわし始める。 「えー、うちのクラスに新しく入る睦月だ。じゃあ、自己紹介。」 「睦月桧十(むづき かいと)です。少しの間だけど、みんなよろしく。」 葉が木から枯れ落ちるこの季節に春を思わせる爽やかさ。 少し顔に浮かべる笑みは愛らしく、こちらまで笑みがこぼれてしまいそうだ。 そう、なにもかも似ても似つかない君は、秋風に乗ってやってきた。

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