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第2話 転校生は人気者にのし上がる

「かーいと!おはよっ。」 「おう。おはよ。」 「今日も視線が熱いなー」 「ばーか、お前じゃねえよ。」 「おうおうおう、モテ男は自信家ですなー」 「まあな。」 「はーー、爽やかすぎて憎たらしいのにの字もでねえよ。」 なんて会話が耳に聞こえてくる。 なぜ転校生が自分の目の前を歩いているのだろう。 電車から降りて、駅内でいつの間にか合流してしまったようだ。 会話の内容と同じく、その男子2人を、詳しくは1人を登校中の女子たちが 目を輝かせながら見ている。たまに通りすがりの人も。 男子高校生の日常とは思えない光景が目の前で繰り広げられる。 僕は少女漫画にでも飛び込んでしまったのだろうか。 「にしても、昨日きたばっかなのになー。学校中に広まってんだから。」 「まあ、転校生ってそんなもんじゃない?」 「いや、転校生でも名前までは知らないだろう。しかもフルネーム。」 「知ってもらったほうがみんなと仲良くできるから助かるけど。」 「なにいい子ぶってんだよ。」 「なに。羨ましい?」 「かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこのやろうっ」 「わりいわりい、調子乗りすぎたって。」 なにこいつら。朝からめでたいかよ。てか、こいつ昨日来たばっかだよな。 こんなに仲良くなるもんか普通。同じクラスとはいえ早すぎじゃね。 「ねえってば。」 前のペースに合わせていたわけではないが、いきなり止まられて急ブレーキをかける。 顔をあげると、転校生がこちらを見ている。どうやら声をかけてたらしい。 近くから居たのかと声が聞こえた。 「名前なんていうの?」 「え」 「名前」 「・・・林準太」 「準太ね。俺睦月桧十。よろしくな。」 おもむろに差し出された手に、こいつは何をしているのだと考えて、その手をじっと眺める。 考えている間に手を引っ込められた。 「あ、こういうの嫌いか?悪い、昨日話してなかったと思って。」 「桧十、林のこと覚えてんのか?」 「当たり前だろ。同じクラスだからな。昨日みんなの顔覚えたし。」 「まじかよ。」 クラスの顔を1日で覚える?僕なんか2,3人に1人が同じ顔にしか見えなくて、 隣の席の人も覚えてないというのに。覚える気がないといったほうがいいかもしれない。 というかまともに顔が見れない。 久しぶりに話しかけられるし、クラスメイト2人に見られてるだけでなく、 周りの視線が間接的にこちらに向けられている。 早くこの場を去りたい。とりあえず遅刻しないように歩き出そう。 ぺこりと一礼して、学校を目指す。 「行っちゃった。」 「いじめられてんのか?誰とも話してなさそうだけど。」 「え。いやいや、あんま話さないやつだから、誰も喋りかけねえんだよ。 初めのうちは喋りかけるやつもいたけど、会話が続かなくて、今ではいなくなったな。」 「そう。」 「あれで演劇部に入ってるから、変わりたいって気持ちは本人にはあるんだろうけどよ。」 「演劇部?」 「ああ。まあ、出てきたとこ見たことないけどな。さ、俺たちもいこうぜー」 「・・・そうだな」 この時のこの男が余計な口をたたいてくれたおかげで、 僕の平和は波乱を巻き起こすこととなる。 ・・・・・ 「今日から入部します。睦月桧十です。 まだ来たばかりでわからないことばかりですが、皆さんと仲良く頑張っていきたいです。 よろしくお願いします。」 夕陽が窓から差し込む教室。机と椅子が隅に追いやられ、広いスペースが作られている。 大きな黒板を背に、一段上になっている教壇の上で、そいつは自己紹介をした。 え。なに。嘘でしょ。 「君が噂の転校生か!いやー噂通りビックイケメンだ。演劇部にようこそ! 手厚く歓迎するよ!僕は部長の雅徹(みやび とおる)。よろしく。」 小柄な部長は、目を輝かせて彼に素早く近づいていったかと思えば、 手を取りブンブンと縦に振っている。 なんだビックイケメンって。いやそこじゃない。 なんでこいつがこんなとこに来てるんだ。 なんか今日やたらと演劇、演劇ってしつこく聞かれて、顧問の先生の名前適当に 言っただけなのに、入部するなんて。 「演技とかしたことないので、優しく教えて頂けたらと思います。」 「そっかそっか。初心者の子もいるから大丈夫だよ。 じゃあ、今日はとりあえずどんなことやってるのかっていうのを見学してもらおうかな。 もう少しで卒業公演があるから、それに向けて準備してるんだ。」 「ああ。そういえば、毎年大きなものをやるとかなんとか。」 「そう!情報が早いね。」 「部長。今日本読みなので、睦月さんにも参加してもらってもいいんじゃないですか?」 噂の転校生を前に、そわそわしている部員の中で、1人が提案する。 「それいいね!そうしよう!睦月くん。台本があるんだけど、それのセリフを 読んでいくんだけど、参加してみない?」 「はい。お邪魔でなければぜひ。」 「歓迎歓迎大歓迎だよ!」 こうして本読みが開始された。円を組み、台本を各自渡され、役関係なく順々に セリフを読んでいく。そして、桧十の番が回ってきた。 「”なぜだ、なぜなのだ!どうして・・・”」 台本に目を落としていた全員が、桧十に釘付けになっていた。 「・・・あの、次ですよ。・・・あれ、俺なんか飛ばしました?」 次を読むはずの人に目線を配っていると、周りの視線に気づいた。 「よかったよ睦月くん!本当に初心者なの!」 部長の一言に我に返った部員たちは小さな歓声を上げた。 桧十がセリフを言った時、初心者とは思えないほど緊張感のある空気が、 一瞬でそこに出現した。 イケメンというのはここまでなんでも出来るものなのだろうか。 まあ、なんでもっていっても、そんなに知らないけど。 やっぱり才能ってのはすごいな。 こうして噂のビックイケメンは、演劇部の期待の星となった。

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