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第1話

「好きです」  ピアノの最後の音色がなって、僕はぽつり呟いていた。 「……え?」  僕の隣に座る先生が鍵盤に指を置いたまま不思議そうに僕を見た。  二年前初めて聴いたときから、ほかのどんな音楽を聴いても、先生が紡ぎだす音が一番綺麗だって思う。 「先生の、ピアノ」  まだ高校一年だった。先生は僕のクラスの担任ではなくて、数学の担当だった。なのに、ある日の放課後偶然遭遇した。 「僕、先生が弾くピアノ、好きです」  たまたまだった。図書委員だった僕はその日図書委員の仕事で放課後遅くなって、それでたまたま――音楽室の前を通ったらピアノの音色が聴こえてきた。  クラシックなんてまともに聴いたこともなかった僕の足が止まって、誰だろうと音楽室をのぞいたら、先生だった。そのまま先生が弾き終わるまでずっと聴いてて。 『うわっ、綾瀬?! お前、いつから』  先生が音楽室のドアのところで立ち尽くしていた僕にようやく気づいて、驚きに椅子から飛び上がるようにして立ち上がった。 『先生、ピアノすごく上手なんですね!』  僕は感動していた。先生のピアノはとってもキラキラと輝いて聴こえて、聴いたことはあるけど名前はよく知らない有名な曲が、もっともっとすごい曲に聴こえたから。  先生のそばに走り寄って興奮のままにそう言うと、先生は一瞬きょとんとしたあと、すごく嬉しそうに頬を緩めた。 『趣味で弾いているだけだけどな』  ちょっと照れたような先生の、その笑顔に、僕は先生のピアノに惹かれたのと同じくらいに――……。 「本当に、好きです」  僕の心を奪った。  それからもう二年、先生の存在は僕の心を奪い続けている。 ***

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