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第2話
「好きです」
ピアノを弾き終えたとたんに、その言葉が耳に飛び込んできた。
驚いて、えっ、と俺の隣に座る綾瀬に視線を向けた。
綾瀬七生 。高校三年。綾瀬が一年生のとき、数学を受け持ったことがある生徒。
「僕、先生が弾くピアノ、好きです」
柔らかそうな綿毛みたいなこげ茶の髪を揺らして綾瀬は笑った。嬉しそうに。
ああピアノか、そうか、それは当たり前だ。
なにと勘違いしたんだよ、と内心自分にツッコミを入れる。
二年前、教師二年目だった俺はたまに音楽室を借りて放課後ピアノを弾いていた。
たまたまそこに綾瀬が出くわして、『先生のピアノもっと聴きたいです!』と言ってくれて、それからこの二年週に一度この時間が続いている。
中学まで習っていたピアノ。好きだったけどとくに才能もなく、辞めてから遠ざかっていたピアノ。教師になって音楽室のピアノに触れて、なんとなくまた弾きたくなって、何も考えずに弾いていただけだった。
「本当に、好きです」
二年前俺のピアノを褒めてくれた綾瀬はまだ中学卒業したばかりの幼さがあった。だけどいまは――まっすぐに視線を向けられると緊張してしまうような……綺麗さがある。
そんなことを同僚に話したら相手は男で、生徒だぞ、と怒られそうだけれど。いや間違いなく怒られるな。
「……そ、そうか。ありがと」
照れくささを隠すように小さく笑った。
俺のピアノを聴いて、こうして褒めてくれるのは綾瀬だけ。音楽の教師でもないし、ただ昔が懐かしくて趣味の範囲で弾いているだけ。それも――この二年近くは綾瀬がいたから弾き続けていたようなものだけど。
「卒業前に、先生のピアノ聴くことができてよかったです」
それも、どうなるだろう。
少し寂しそうに微笑む綾瀬は、指で鍵盤を弾く。ポーン、と音が一つ響く。
この二年、俺が弾くだけでなく綾瀬にピアノを教えたりもしていた。それを綾瀬が指でひとつづつ確かめるように誰もが知っているメロディを紡いでいく。
「……明後日卒業式だな。……大学行っても勉強がんばれよ」
「はい!」
綾瀬を受け持ったのは1年のときだけだ。とっくに接点なんてなくなってるはずがどうしてかこうしてピアノを前に隣に並んで座っている。
でもそれももう、今日で終わりだ。
高校を卒業し、綾瀬は新しい世界に羽ばたいていく。
先生、もう一曲、最後に弾いてくれませんか――。
綾瀬に頼まれて俺はもちろんと、最後の曲を弾いた。
***
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