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エピローグ

「先生、好きです」  告げられた言葉に既視感を覚えた。  そういえば昔、そう告白した元生徒がいたな、と。  甘酸っぱいという言葉が似合う思い出。  懐かしさに笑みがこぼれそうになるのを堪えて、目の前にいる女生徒に頭を下げた。 「ごめん。とっても好きなひとがいるから、受け取れないんだ」  卒業式の今日。告白してきたのは卒業生。  その精一杯の、本当の気持ちなのだという想いが泣きそうな表情からも伝わってくる。  教師と生徒だからじゃなく、ひとりの人間として、だから応えられないことをきちんと言わなければならない。 「……先生、ありがとうございます。告白、聞いてくれて」  女生徒は唇をぎゅっと噛みしめて笑顔を作った。 「卒業おめでとう」  ありがとうございます、と頭を下げて彼女は走り去っていった。  きっと友人たちが待つだろう校庭に。 「――綾瀬先生」  ぼんやりと姿が見えなくなっても立ち尽くしていたら後ろから声をかけられた。  振り向きながら自然と頬が緩んでしまう。 「先生。いつからここに?」  僕が呼び出されたのは今日は使われない特別教室がある二階の階段だった。  先生は少し目を泳がせながら階下からやってくる。 「……綾瀬先生の姿を見かけたので……。人気の先生は辛いですね」  教職について三年。もともと童顔のせいもあるのか女生徒たちに近い存在のように思われることも多く、実際告白されることも少なくはなかった。 「見てました?」 「まぁ」  なかなか僕と視線を合わせてくれない先生に笑ってしまいそうになるのを隠すように踊り場の窓へと近づく。見下ろせば卒業生たちが楽しそうに騒いでいる。 「――先生に告白した元生徒のことを思い出しました」  何も言えなかった卒業式。  告白しようか、と本当は卒業式の前日まで迷っていた。  自信がなくて、先生は僕よりもずっと大人で。それでもいつか先生のとなりにいたくて。  先生に、またピアノを聴かせてほしい、ということしかできなかった。 「懐かしいですね」  先生も僕のとなりに並び窓の外を眺める。  卒業生たちの姿に向けるまなざしは優しい。 「先生、好きです」  何年、経っても。 「好きです」  想いを込めて告げると、先生は不意打ちだったせいか顔を真っ赤にさせてギョッとしたように僕を見て明後日の方向へと視線をさ迷わせながら、「俺も好き」と呟いた。 「先生、帰ったらピアノ聴かせてください」  今日は打ち上げ会も入っているし、そう早くは帰れないだろう。  だけど――いま無性に先生のピアノが聴きたかった。  先生の、となりで。 「もちろん」  先生は僕の大好きな笑顔で――あたりを見渡して――そっとキスをしてくれた。 【END】

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