36 / 36

男子高校生 西園寺圭の真実の恋番外編 ~雨~⑧

 肩にかけていたカバンから、先輩から貰ったお手製の桜の枝を取り出した。この花は散らないけど、俺の中に咲いていた恋の花は散ってしまったな。  手の中で握りしめ、それを破壊しようとしたとき―― 「キレイだね、それ」  唐突に後ろから声をかけられ驚いて、手にしていた枝を落してしまった。 「あ……」 「ゴメン、ビックリしちゃったよね。はい、これ」  短く切りそろえた髪をなびかせ、慌てた様子で右手で拾い上げて、俺の手に握らせてくれる。 「ありがと……」  拾ってくれたソイツにお礼を言ったものの、どう接したらいいか分からなかった。同じクラスだけど全然話したことのない、1年の姫候補だった町田 和弥(まちだ かずや)。  結局、キレイなコだよねという印象だけで終わったからなのか、1年の姫は他のクラスのヤツになったのだが、ひっそりと人気のあるヤツだった。  しかしながら俺としては、コイツの持つ雰囲気がどこかオタクっぽく見えてしまい、接触していなかったのもあって、マトモに喋ったのはこれがはじめて。 「それを見ると思い出すよ、入学式のこと。ステージの飾りとおんなじだよね、それ」 「うん。挨拶するマイクに付いてたのを、記念に貰ったんだ」 「覚えてるよ。御堂くん、格好良かったから。僕とは違うなって思わされたんだ」  隣に並んで、空を仰ぎながら楽し気に告げる。 「御堂くんここの学校は、すべり止めで入ったんだってね。それなのに首席って、すごいと思ってさ。僕はギリギリのラインで、やっとだったんだよ」 「へぇ、そうなんだ」 「どうしても、ここに入りたかった。吹奏楽をやりたかったから。まぁ、ヘタクソだけどね」  えへへと笑って、俺の顔を見つめてきた。町田の大きな瞳に映る俺は、どこか困った表情をしていて、それが居たたまれなくなり、すっと視線を逸らす。 「……噂どおりカッコよかったね、西園寺先輩の恋人さん」  視線を逸らした途端に告げられた言葉で、さっきの痛みが体を駆け巡った。 「おまっ、いつから見ていたんだよ?」 「西園寺先輩が、御堂くんの隣に並んだところから」 「っ――////」  無謀にも距離を縮めようとしたり、先輩に触ったり、挙句の果ては恋人が登場して見せ付けられたところまで、ぜーんぶ見られていたのかよ!?  喉が、すぅーっと干上がっていく。言われたことに対し、どんな表情をしていいか分からず、固まったままの俺を見上げ、何故だか笑みを浮かべた町田。 「ずーっと見ていたんだよ、御堂くんのこと」 「そうか……見ていたのか」 「違うって。今だけじゃなく、入学式のときから見ていたんだ。いいなと思ってさ」 「は?」  唖然としたままでいる、俺のブレザーの襟を両手で掴んだと思ったら、ぐいっと引き寄せて唇が重ねられる。  激しく振っている雨の音も、他の雑音も何も聞こえなくなった。あまりの衝撃に手に持っていた枝を、またしてもぽろっと落す。 「……御堂くんのファーストキス、奪っちゃった感じかな?」  俺の体からゆっくり手を外して、さっきと同じように落した枝を拾い、それをじっと見つめた。 「う、奪っておいて、それを訊ねるとかありえないだろ」  たった一瞬の出来事に、狼狽たえまくる自分が情けないったら…… 「この壊れかけた桜の花……。僕が貰ってもいい?」  握りつぶしたせいで、枝が変な方向に折れ曲がり、桜の花も原形をとどめていない状態。それを大事そうに両手で持ってくれることが、ちょっとだけ嬉しかった。 「別にいいけど。捨てようと思っていたし」 「それってつまり、西園寺先輩に対する気持ちも、捨てたと思っていいのかな?」 「それは……っ、すぐには無理だろうけど。ちょっとずつ、何とかしていくしかないだろうな」 「分かったよ。遠慮はしないから」  桜の枝をふわりと両手で包み込み、上目遣いで挑むように俺を見つめる視線。 「御堂くんに迫ってあげるよ、覚悟しておいて」 「遠慮はしないからって、最初から遠慮なしだったろ。いきなりキスしておいて、それはおかしいって」 「寂しそうにしている君を、励ましてあげようって思ったんだって。ねぇ、一緒に帰ろ?」  おかしいと指摘した傍から誘ってくるとかコイツ、何を考えているんだろ。 「ちょうど雨もあがってきたし、まさに一緒に帰れって、天の神様も言ってるよ」 「悪いけど、ひとりで帰るから」 「そっか。ひとりで帰りながら西園寺先輩に失恋したことを、しみじみと噛みしめるんだね。そして涙するんだ、可哀想!」 「可哀想って、お前なぁ……泣くワケないだろ」  眉根を寄せて抗議してやると、右腕にいきなり町田の左腕が絡まってきた。 「だったら泣かないっていう証拠、僕に見せてよ。家まで一緒に、付き添ってあげるからさ」 「なっ!?」  まだ小雨が降っているのに、そんなのお構いなしで、生徒玄関から引っ張り出されてしまった。  あまりの行動に文句を言おうと町田を見たら、手に持っていたはずの桜の枝が、ブレザーの胸ポケットに挿してあって、それに目が奪われてしまった。  俺の視線に気がつき、瞼を伏せて桜の枝をじっと見つめる。 「無理強いって分かってるけど、放ってはおけないんだよ。好きな人がキズついてるからこそ、何かしてあげたいって思っちゃダメ?」  桜の枝から、俺の顔を窺うように大きな瞳で見つめられてしまい、口を真一文字に閉じるしかなかった。心配してるんだぞという思いが、視線からひしひしと伝わってきてしまい、ダメなんて言えない状態。 「ね、お腹空かない?」 「別に……」 「御堂くんは美術部だもんね、お腹なんて空かないか。でも付き合ってよ、奢ってあげるから」  どうにかして、俺と一緒に帰りたいのか―― 「分かった。付き合ってやるから今後、もう付きまとうなよ」 「それは無理! しつこく付きまとうから。だったら、ひとりで行くからいいよ」  なんだそりゃ……呆れた――さっきまで強引に引っ付いていたのに、潔く離れるとか。  俺から腕を外して、さっさと身を翻す町田に、思わず手を伸ばしてしまった。 「待てって!」 「御堂くん?」 「……いきなり、腹が減ったからついて行く。どこに行く気なんだよ?」  渋々といった感じで告げてやると、嬉しそうな表情を浮かべ、さっきと同じように右腕に自分の左腕を絡めてきた。 「町田悪いけど、いきなりそうやって拘束されるの、結構苦手……」 「その内、慣れるって。御堂くんは、どんなのが食べたいの?」  気がつけば雨はあがり、頭上はこれでもかと晴れ渡っていて。どんよりしている俺の心まで、明るく照らしてるみたいだ。しかも明るくしてくれるのは、空だけじゃなく――  何とはなしに隣にいる呑気な町田を見たら、失恋したばかりの自分がバカらしくなってしまった。あれだけ西園寺先輩が好きだったのに、おかしな話だ。  そんな自分の状態に半ば呆れながら校門を出ると、目の前に大きな虹が目に飛び込んできた。今頃喜多川と一緒に見て、楽しんでいるんだろうな。  奥歯を噛みしめ、それを眺めていたら。 「御堂くん、足元に大きな水溜りがあるから、気をつけて」  寸前のところで腕を引っ張って、それを回避してくれる。 「ありがと……」 「いいよ、大したことないし。きっとひとりで帰ったら、気がつかなかったかもね」  気がつかなかった――そっか、俺ってば遠くばかりを見ていたから、コイツの存在に気がつかなかったのか。 「あのさ、これからは少しだけ、見てやろうかなって」  町田の意外な優しさに、ちょっとだけ改心したので、そう告げてみたら、夕日に負けないくらいの笑顔を浮かべた。 「どんどん見ていいよ、逃げないから!」  途端に瞳をキラキラさせ、自分を押し売りしようと、顔を寄せてくる。  騒々しい……だけどお陰で助かった。失恋した痛手が、半分以下になっているから。 「でもこの雨のお陰で、御堂くんと仲良くなれちゃった。ラッキー♪」  俺としては、ラッキーじゃなかったのにな。だけどそれもアリなのか――?  ふたりで並んで歩いて行くこれからの未来を、現在進行形で啓示しているなんて、思いもよらずに。 【FIN】

ともだちにシェアしよう!