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男子高校生 西園寺圭の真実の恋番外編 ~雨~⑦
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「あ、降り出した……」
部活が終わり、生徒玄関から出た瞬間に、パラパラと雨が降ってきた。
「今日は雨が降らないって朝、テレビで言ってたのを聞いたんだけどな」
パラパラだった雨粒が、音を立てて降り出したのだが、遠くを見たら雲の隙間から、青空が覗いてる状態。雲の流れも早いし、待っていればその内に止むだろうと、その場に立ちつくしていたら。
「おっ、学年代表お疲れ~! ゲッ……なに、この雨!?」
俺の隣にひとり分の空間を開けて、横に並んだ西園寺先輩が、空を仰ぎ見て顔を歪ませた。
「お疲れ様です。たった今、降り出したばかりなんですよ」
「ええ~っ……すぐに帰りたかったのに、タイミング悪いな」
肩にかけていたカバンを床に投げ捨てるように置き、はーっと大きなため息をつく姿に、こっそりとほくそ笑んでしまう。
俺にとっては、グットタイミングだ――こうやってふたりきりになれるなんて、すっげぇ嬉しい。
喜びを噛みしめながら、少しだけ先輩の方に体を移動させてみた。ほんのちょっとだけど距離が縮まり、嬉しさが更に募る。目の前に降りしきる雨が、俺たちを包み込むような感じに思えて、口元を綻ばせながら、ぼんやりと眺めてしまった。
「あ、だけどあそこ。西の空が明るいじゃん、もしかしたら虹が見えるかも」
落ち込んでいたと思ったらもう立ち直ったらしく、右手をあげて、明るくなってる空を指差し、俺に教えてくれる。
「そうですね、見えるかもしれません」
「何だよ、その言い草。学年代表ってば、相変わらず可愛くないな」
西園寺先輩の言葉を肯定したというのに、つまらなそうな表情を浮かべ、文句を言うなんて困るしかない。
大きな瞳に見つめられ、ドキドキを隠すのに必死で上手く言葉が、出てこなかっただけだというのに。
「まったく、わっかんないかなぁ。真っ赤な夕焼け空に負けないように、七色に光り輝く虹が、すっごくキレイなこと。しかもそれが、ダブルで虹が見えたときの感動といったら、言葉にならないのにさ」
自分の好きな物を語る西園寺先輩の横顔は、言葉に出来ないくらいキレイだった。きっと教えてくれた虹よりも、キレイだと思う――
また少しだけ距離を縮めるべく、足をスライドさせて近づいてみた。肩が触れそうで触れられないくらいの近い距離感。俺のドキドキが伝わりませんように……
そう思ってる矢先に先輩の前髪に、何かの拍子で雨粒が落ちてきた。
「わっ!? つめたっ」
肩を竦めた途端に髪の上からぴょんと跳ねて、頬の上に流れ落ちる。迷うことなくそれに手を伸ばし、親指で拭ってあげた。
しっとりとして柔らかい西園寺先輩の頬に触れ、身体がカァッと熱くなる。
「学年代表、どうした?」
頬に触れた手をそのままに、固まってしまった俺を見上げ、小首を傾げる先輩に、ゆっくりと顔を近づけたときだった。
「圭っ!」
適度に張りのある低い声が、西園寺先輩の下の名前を呼んだ。その声に反応して、顔をそっちに向けたせいで、触れていた指が自然と外されてしまう。
「喜多川、迎えに来てくれたの!?」
足元に置いてあったカバンを慌てて掴み、脱兎のごとくソイツの元に駆け出した。普段見られない俊敏な動きに、目を見張るしかなくて。
「そっちまで行ってあげるのに、濡れちゃったじゃないか。風邪を引いたら、どうするんだい?」
『大丈夫だよ、こんなの平気だってば。心配性だなぁ喜多川は」
嬉しそうに告げて、喜多川と呼ばれる男に笑いかける先輩。そのデレデレっとした顔も甘ったるい声も、学校では聞いたことのないものだ――
悔しくなって両拳を握りしめたとき、傘を持ってる喜多川が俺の顔を、何故だかじっと見つめてきた。
「うっ……」
見つめてきたというよりも、睨んできたと表現したほうが正しいかもしれない。整った顔で睨まれたせいで、殺気がひしひしと伝わってきて、思わず声に出てしまったくらい。
俺を睨みながら、ゆっくりと西園寺先輩の顔に近づきつつ、傘を傾けてそれを見えないようにする。
何が行われているか、遠くから差し込まれる夕日が、傘にシルエットを作り出すお陰で、全てを物語っていた。
雨の音がやけに耳障りで、イライラに拍車がかかる。まるで俺の代わりに泣いているかのよう……
一瞬が永遠の時間 のように、長く感じられた。目を逸らしたいのに逸らせられないのは、キスから解放された西園寺先輩の顔が、今までで一番、幸せに満ち溢れていたから。
「いきなり何するんだよ、もう////」
「お帰りなさいのキス、したかったから」
「だからって、こんな往来ですることないのに……」
口では文句を言いつつも、嬉しさを滲ませた表情を浮かべ、喜多川の着ている上着の裾をぎゅっと握りしめる先輩。そんな先輩を見て、柔らかく微笑む。
さっき睨んだ顔とは正反対だ。つか俺の存在はふたりにとって、眼中にない状態――
「たまには圭を、ドキドキさせたいなって思って。ダメ?」
「ダメに決まってるだろ、心臓がいくつあっても足りないって。それよりもちょっと、寄り道して行きたいんだけど」
「寄り道? 虹を探しに行きたいって、言う気でしょ?」
俺に背を向けて、歩き出したふたり。ひとつの傘の中、ぴったりと寄り添う姿に、キリキリと胸が痛んだ。
「さっすが喜多川、分かってるね僕のこと。あ、学年代表お先に!」
やっと気がついた風に声をかけながら、右手をぶんぶん振って、目の前から消えていった西園寺先輩。
自分に、自信がないワケじゃなかった。どうにかして、振り向かせようとしたのにも関わらず、呆気ないくらいの展開に、言葉が出ない。イケメンの幼馴染が恋人なんて、ズルいのにもほどがある。
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