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第7話
読み上げが始まってすぐに教壇に詰め寄り、妨害しようとした御堂だったが、他の生徒に押しとどめられがっくりと肩を落とした。
普段の御堂から想像し難いその様子は、級友たちを困惑させた。
そして読み上げが終わった今、御堂は虚ろな目で結備を見つめている。
『ぜんぶ抜く大作戦』を知っている者にはある程度察する事ができた御堂の性癖だが、それ以外の生徒には大きな衝撃を与えた。
とはいえ、優秀な彼らはそれぞれ感情と思考の折り合いをつけ、一人混乱の中で溺れそうになっている御堂を気遣っていた。
「僕の計画に賛同してくださった先輩がたは、自身の向上だけではなく、クラス全員が様々な領域でこの日本を支える豊かな人材となることを望み、勉強に集中し心が追い詰められてしまうことの無いよう、溜まりに溜まったモノを抜き本来の力を取り戻そうとご尽力くださいました。その結果、この3年S特クラスは、文武において学園始まって以来の素晴らしい実績を残してくださいました。微力ながらその功績に貢献できたことを、大変嬉しく思っております」
結備は言葉を区切って皆と目を合わせた。
「残りの皆様への送辞は、感謝の気持ちを込めながら手渡しとさせていただきます。……安治川先輩!」
呼ばれた生徒が立ち上がって、教壇に向かった。
全ての生徒と言葉を交わし、握手をして送辞を渡し終えた結備は、担任の早川を見た。
「さて、一年間僕たちを見守ってくださった早川先生にも厚く御礼申し上げます」
生真面目に頭を下げた結備に早川が微笑み、会釈を返す。
「担任として、溢れる責任感と愛情で生徒を見守る姿勢にはただただ頭がさがる思いです。僕が気づいた範囲では25名中、20名の見守りに成功したと推察しています」
生徒の視線が早川に集中した。
「成長の記録として撮っておられた動画は、データの入っている媒体全てを門脇先輩にお渡しください。動画は復元できないよう消去しますが、希望されるかたには各人ごとに編集し、高校の思い出としてお渡ししたいと思います」
顔を引きつらせた早川だが、この秀才クラスをまとめあげた教師らしく、下手な言い訳はせず、前髪をさらりとゆらして了承の意を示した。
「動画のない先輩も、ご希望がありましたら改めて撮影いたしますので、遠慮なくお申し出ください。その時には早川先生、この教室を利用できるよう手配をお願いします」
「それは同席していいということかな」
「論外です」
微笑み合う二人の間に明確な上下関係が構築された。
結備がまだ教壇のそばで立ち尽くしたままの御堂に目をやる。
「御堂先輩、どうぞ送辞を受け取ってください」
御堂はノロノロと教壇に歩み寄り、暗い目で結備を見つめた。
差し出す送辞を受け取ろうとしない御堂に、結備が優しく微笑んだ。
「コウたんが高校を卒業しても、“ママ”には卒業なんてないからね」
「マ、ママァ!」
涙をこぼした御堂と豊満なバストに押しつぶされ微笑む結備に暖かな喝采が送られた。
「ところで、私もクラスの一員のつもりなんだが、抜いてはくれないのか」
空気を読まぬ早川の言葉も、結備はすっと受け止める。
「動画で散々抜いたのでは?ですが、最後に先輩方とここでお別れ会をなさってはいかがでしょう」
ワッと沸き立つ教室。
駆け寄る生徒たち。
「おいおい、みんなそう慌てるなよ」
嬉しさを隠しきれない早川。
喧騒をよそに、結備は静かに教室を後にした。
廊下をゆく華奢な体。
その横に大きな体がスッと並び、細い小指に太くごつい小指を絡ませた。
終
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