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楽しい時間

「じゃあアル、俺行ってくるから…」 「………」 「ご飯、レンジでチンするだけだしお風呂も溜まってるから自分でやってね?鍵持ってるし寝てていいから」 「………」 「………じゃあ、ね…」 部屋に後ろ髪を引かれつつバタンとドアを閉めた。今日は翔さんとご飯を食べると約束をした日だった。 ……アルがこないのは残念だけど…仕方ないよね…たしかに突然元々は知り合いだからって知らない人と食事に連れていかれるのは嫌かもしれないし………うん、よく考えたらちょっと嫌かも… そう思いなおしてドアの前から離れた。俺自身翔さんとはこの間の仕事以外で会う機会はなかったし、ゆっくり話せるのは初めてだから楽しみにしていた。楽しまなきゃ損だ。 ………翔さん、なんか大人っぽかったよな…昔も大人っぽかったけどなんていうか、大人の男の人って感じだった……って年上だから当然なのか… そんな風に思いながら待ち合わせしたお店に行くと翔さんは既に着いていたみたいで席から俺を見つけて手を振ってくれた。 ……お店も翔さんが予約してくれたんだけど、なんかいい感じのとこだな… そこは居酒屋っぽかったけれど濃い茶色の木で統一された家具と間接照明の薄黄色い光が暖かい感じでオシャレだった。カップルのお客さんも結構いて、さっき店の前で見たメニューもリーズナブルで美味しそうだった。 こういうの…バルっていうんだっけ? アルと一緒に暮らすようになってから外食に行ってなかったのでなんだか久々でキョロキョロしてしまう。すると翔さんにふふっと笑われて少し恥ずかしくなった。 ……やば…おのぼりさんみたいだって思われたかな… 顔が熱くなって肩を竦める。そんな俺の様子に気づいて翔さんが気を使って声をかけてくれた。 「あ、ごめんね学。嫌な気持ちにさせちゃった?なんか気に入ってくれたのかなぁって思ったら嬉しくてね…」 「す、すごい素敵だなって思いました。」 「そっか?こんな感じが好きかな〜と思って選んだからそう言ってもらえてよかった。」 柔らかく笑う翔さんの顔を見てるとなんだかふっと肩に入っていた力が抜けて楽だった。 実はちょっと緊張してたけど楽しく話せそうで安心した。 翔さんと一緒に何品か料理を決めて飲み物を頼む。お酒も勧められたけど少し前に痛い目を見たし、何より翔さんの前で醜態を晒すわけにはいかないので丁重にお断りした。お酒弱くてと伝えると『あ、そうなんだ』とだけ言ってノンアルコールのカクテルなんかを進めてくれて、そんなところを翔さんらしいなぁって思ったりした。 「じゃあ、頬付くん…アルくんか…と学の再会を祝して!!」 こうして翔さんとの食事は始まった。料理も美味しくて話も弾み、いろんな話をした。翔さんはちょっと愚痴っぽい話もよく聞いてくれたし、そんなに詳しいわけじゃないけど…と言いつつ芸能界のこともいろいろ教えてくれた。話を聞いてて思ったけれど翔さんも結構顔が広いようだった。ちなみに翔さんはピエールさんとも知り合いだった。 「アルくんは今日はなんか用事があったの?忙しい時期に誘っちゃってごめんね?」 「あ、いえ…あの用事はなかったんですけど、なんか本人来たくないって言い出して…」 「………」 口に出してしまった後に本当のことを言わなきゃよかったと思った。 翔さんもいい気分しないよな…なんかうまく誤魔化せばよかった。 ちょっとだけ居づらい気持ちになって翔さんの様子を疑った。 「あーそっか?でも、アルくんからしてみたら突然知らない人がご飯食べない?って誘ってきたらちょっと気まずいよね。」 「!!」 でも翔さんはそれを聞いても嫌な顔1つしなかった。それどころか『じゃあ、ちょっとずつ仲良くなれるように頑張るね。』とまで言ってくれて嬉しかった。それから翔さんは少し酔っているのか赤い顔で今度はふにゃっと子供みたいに笑って 「また学ともこうやってご飯食べれて嬉しいよ。」 と言ってくれた。つられて俺も笑顔になる。こうして楽しい時間は過ぎていった。

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