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縁結びの神
「紫、独りで彷徨いたりするなよ?町へ行きたい時は千器か力器を連れていくようにな」
「承知しております、アマテラス様。アマテラス様もお気を付けて…あの、えっと…」
「分かっておる。女神たちを近づかせぬようにする。そんな顔をするな」
慰めるためか、宥めるためか、アマテラスは幸の頬に接吻をして姿を消した。
あまりのできごとに幸は惚けてしまい、しばらくの間アマテラスの消えた方を見詰めて、あの唇の熱をひたすらに追っていた。
柔らかく暖かな感触がずっとそこにあるかのように感じるのが嬉しくて、ひとりでに笑みが零れる。
「初やつだの~。甘酸っぱいの~」
どこからか、冷やかすような声が聞こえた。
はっと我に返り、声の主を探した。
しかし、周りには人の姿が見当たらない。
「だ、だれ!?」
途端に恐ろしくなって、目に水分が集まってきた。
「おーい、ここじゃ!ここ!上を見よ」
「う、え…?わぁあっ!!」
声に従い、怖々上を見上げた。
なんと、頭上に幸よりも小さい少女が浮いているではないか。
陽気にこちらに手を振って、やっと気がついたことを喜んでいる。
驚きのあまり派手に尻もちをついてしまった。
「中に入れて欲しいのじゃが、奴の結界のせいでどこからも入れんで困っておるのだ」
「し、知らない人は屋敷の中に入れられません…っ!」
「お主が知らなくても、わしはお主を知っておる。早う入れえ」
「そ、そんなあ!」
少しいや、かなりの屁理屈ではないのかと言いたいところだが、反感を買うと何をされるか分からない。
なぜなら、相手が宙に浮いているからだ。
この時点で人間ではないのは確実だが、幸い、アマテラスの結界が相手の力より強力なおかげで侵入を防げている。
「せ、せめてお名前だけでもお聞かせ願えますか?」
「ああ!すっかり忘れておった!
わしはククリヒメノミコト、縁結びの神じゃ」
「や、やっぱり神様…っ!」
「さっきからそう言っておるだろう?おそらくお主が許可を出せばこの結界は通れるはず。早う中に入れてくれ」
(な、なんという適当な神様だ…!しかも、神だって1回も聞いてないのに…)
「えっと…ど、どうぞお上がりください…?」
渋々と許可を出すと、少女は簡単に庭へと入って来た。
ふわふわと浮いたまま降下し、つま先からゆっくりと地面へ降り立った。
「アマテラスの伴侶、会えて嬉しいぞ!」
ククリヒメノミコトと名乗った少女は向日葵のように明るく無邪気な笑みを幸に見せた。
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