8 / 8
♡happy Valentine♡
最初から続けて読みたいとのリクエストがありましたので最後に通しで…楽しかった〜
バレンタイン企画SS リレー小説
*・゜゚・*:.。..。.:*・・*:.。. .。.:*・゜゚・*
上質なレザーケースを開いてお気に入りのシザーを取り出す。
細くて長い薬指にハサミを絡ませてしなやかに髪を切り始める。
動くラインは彼のセンス。踊るように髪が舞う。
カツンカツンと耳障りのいい音が耳に届き
髪の切れる音だって彼にかかればメロディに聴こえる。
かすかに触れる指先はひんやりと冷たくて気持ちいい。
今日もまた満たされた気持ちで美容室を後にする。
玄関先で見送ってくれる彼の視線を背中に感じながら。
「また美容院へ行ったのか」呆れたように友人から言われる。
俺は涼しくなった襟元を指で撫でながら、あの人の感触を思い出した。
綺麗で長い指は首筋を優しく包み、リズミカルに髪を切ってくれた。
元々は目の前の友人に彼女ができたため、傷心で訪れた美容院がきっかけだ。
月に1回の逢瀬と俺の恋心は誰にも知られてはいけない。
何事も気付かれてはいけないのだ。
そう……たぶんこのまま、ずっと。
指先に荒く触れる切りたての髪
それを辿りながら、彼の影を追う。
そんな小さな幸せ、誰にも内緒の片思いのはずだった。
「ああ、その頭の形、やはりそうだ。こんにちは」
優しい声に驚いて振り返った先に見覚えのある愛しいひと。
心臓がリズムを崩して、手が震える
「偶然ですね、これからお帰りですか?」
鏡越しでない彼の笑顔。
ええ、良ろしかったら、お茶でも。
そんなことは言えるはずもなく、ただただ小さく頷いた。
「悪い男だ、とよく言われます」
そう言ってグラスを傾ける長い指先を、気づかれないようにちらりと盗み見る。
「お茶でも」と言いたかったのは酒が飲めないから。
けれどそれを知られるのが妙に気恥ずかしく、そうしているうちに彼の口から上品な微笑みとともに零れ落ちた。
「これから一杯いかがですか?」と。
勧めてくれたスクリュードライバーは甘かった。けれど、たぶん酔った。
「送りましょうか」という声を遮るように、結構ですと振った右手をつかまれ、
「ただし、お送りするのは僕の部屋までですよ」
「急過ぎた?もう一杯飲みますか」
「…本当は飲めないんです」
消え入るような声で告げると
「酔わせるつもりじゃなかった」
とそっと手を重ねられた。
仕事で触れた時とは別物の熱が沸き起こる。
「あなたはいつも俺を見てくれ、俺もあなたを見ていました。違いますか」
再び勧められたのはクランベリーの香りのカクテル。
「さぁバージンブリーズを飲んで」
その名に過敏に反応すると
「ノンアルコールという意味ですよ」
と彼が隣で甘く笑った。
「やっぱり可愛い。連れて帰りたくなります。酒に酔えないのなら…俺で酔いませんか」
導かれるまま彼の自宅へと上がった。
座っていると水を差し出され喉を潤す。
その時手に、彼の暖かな手が被さってきた。
「っ...」
「部屋に付いて来たって事は見込みあり?」
真っ直ぐな言葉に一気に頬が紅潮する。
手の甲を彼の手がするりと撫でて、指の間に細く長い指を滑り込ませてきた。
グラスを取り上げられて、甘い息と共にぬるい液体が口の中に流れ込んできた。
微かなチョコレートの香り。確かめようとしたら、スンと鼻が鳴った。
唇が離れて熱く潤んだ視線が絡まり、部屋の空気がぐんと濃くなる。
「カカオ・フィズです。飲めないのなら、次からはこうやって味わえばいい」
彼の冷たい指先と、酔いの醒める気配のない俺の熱い身体の輪郭が、触れたところから溶けだしてゆく。
ともだちにシェアしよう!