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第5話 春のもにもに
拓斗がスイスに行くことを決めた。必要な単位を今年中に取り終えるということで、前期に詰め込んだ学科以外にも、後期にはこれでもかっ!というくらい講義を取らなければならない。
俺だったら目眩を起こして倒れそうな受講リストを、勉強机に座った拓斗はにこにこと嬉しそうに眺める。
「本当に拓斗は勉強が好きだよな」
「うん。楽しいよ」
「どうやったら勉強が好きになるか、全然わからん」
拓斗は小首を傾げて考える。大の男の小首傾げ、どうなのかと思う向きもあるだろうが、拓斗がやると、小鹿のように愛らしい。
「春樹は野球が好きでしょう」
「ああ、まあな」
「僕には、どうやったら野球を好きになれるのか分からないよ」
「なるほど。お互い様だな」
「うん。でも、野球をしている春樹は好き」
唐突に言われて、顔が赤くなる。
「俺も、勉強してる拓斗を見るのは嫌いじゃない」
「嫌いじゃないだけ? それって普通ってこと?」
いつものことだが、拓斗はこういう隙を見逃さない。
「……勉強してる拓斗を見るのは好きだよ」
「どんなところが?」
「……真面目な顔、かっこいい」
キリっと表情を引き締めてみせる拓斗がおかしくて、ぶっと噴きだした。
「なんで笑うのさ。かっこよかったでしょ」
「かっこいい、かっこいい。でも、あざといのは拓斗には向かないって」
「あざといって、こんな感じ?」
拓斗は舌をぺろんと出して、ペコちゃんのように目をキョロンとさせる。もう、無理だ。
「ぶっはっはっはっはっは!」
「もう、春樹はすぐに笑う」
笑わせておいて何を言う。自分だってニヤニヤ笑っているくせに。
「春樹は、いつでも笑顔でいてよね」
「なんだ、それ」
「スイスに行くときの練習。空港でこういう話をするでしょ」
するかもしれない。でもそれは来年の話だし、拓斗と離れていなきゃならないことを考えるのは、ずっと先のことだとしか思えない。
「まだ早いだろ」
「予行演習は早い方がいいんだよ。少しずつ、慣れていこう」
慣れるって、二人で過ごす毎日がなくなることに? それとも拓斗が俺の隣にいなくなることに?
「慣れないよ」
「大丈夫だよ。人間は勉強する生き物なんだから」
「俺が勉強好きじゃないの、知ってるだろ」
「春樹は苦手なだけで、嫌ってはいないよ」
「だからって、今から寂しい思いをしなくても」
「寂しくないよ。僕はここにいるんだから。これは、ただのお芝居。ごっこ遊びだよ」
拓斗の言いたいことは分かる。スイスに行けって言ったのは俺だし、拓斗がどれだけ勉強したいかも分かってる。でも、今は二人でいられるんだから、いいじゃないか。考えても仕方ないことは後回しで。
「ほら、春樹。泣かないで」
「泣いてないよ」
「僕がいない間も、ちゃんとご飯食べるんだよ」
ああ、なし崩しにお芝居は始まった。
「食べるよ。俺が大食いなの知ってるだろ」
「コンビニのお弁当ばっかりじゃダメだからね」
「野菜炒めなら作れるから」
「もう、それもダメ。やっぱりスイス行きはやめようかな」
フッと笑いがこぼれる。
「拓斗、お芝居で決意を翻してどうするんだよ」
「だって、心配なんだもん」
「ちゃんとするって。母ちゃんにもらったレシピ帳もあるから、練習する」
「分かった。じゃあ、行ってくるよ」
「ん。行ってらっしゃい」
拓斗がそっと俺の頬に触れる。
「春樹……」
拓斗の美しい瞳が近づいてきて、俺は目を閉じた。軽く唇が触れる。じわりと涙が出た。
こんなに暖かい、こんなに甘い、こんなに柔らかい、この感触。これを俺は手放すんだ。
「春樹、なんで泣いてるの」
「お芝居だよ。迫真の演技だろ」
服の袖でぐいっと涙を拭う。拓斗は俺の腕を取って、頬をぺろりと舐める。いつもそうだ。拓斗は俺の涙を拭い去ってくれる。
「やっぱり、何度も練習しなきゃだめだ。君が泣いてしまったら、僕はこの家に戻ってきてしまう」
拓斗は俺の頬を、眼尻を、鼻の頭を舐めた。
くすぐったくて身を捩る。
「春樹、残された日々を有意義に共有しよう」
「うん? なんのこと?」
「顔は毎日だって見られるでしょ。ネットで」
「そうだな」
「だから、感触を覚えさせたい」
拓斗がじっと俺を見つめる。
「覚えてるよ。俺は拓斗のものなんだから」
拓斗が首を伸ばして、俺の唇を捉えた。
「ん、ふ……」
この暖かさを、この柔らかさを、俺はあと一年で手放す。
拓斗が俺の首に腕を回してそっと抱き寄せる。拓斗の胸に顔を埋める。
ぎゅっと抱きしめる。暖かいこの体温を、俺は忘れない。少し甘いこの香りを、頬に触れる柔らかなくせ毛を。
拓斗の手が俺の頬を優しく撫でる。その手に手を重ねてキスをする。拓斗の手のひら、拓斗の指、拓斗の手の甲、もう何度も刻み込むようにして触れて来た愛しいもの。
拓斗の首筋にキスをする。ほうっと深いため息が聞こえる。そのまま舌を這わせて耳まで舐め上げる。
拓斗が俺のものを刺激するように腰を擦りつける。もう大きく硬くなっていて、服越しにでも分かるほど熱い。
お互いに着ているものを脱がせ合う。その合間にもキスをかわす。拓斗の均整がとれた体を隅々まで撫でる。目を瞑って確かめる。俺は拓斗の形をしっかりと覚えている。
「春樹」
目を開けて見つめると、拓斗の瞳は潤んでいた。
「君の世界を僕だけで埋め尽くして」
拓斗の手で優しく頬を撫でられる。ああ、本当に俺のすべてが拓斗だけでいっぱいになったらいいのに。
俺も拓斗の頬を撫でる。
柔らかな肌。ひんやりして、なめらかで。この感触を忘れるなんてあり得ない。
拓斗が俺の手を取って頬擦りする。違う、拓斗は俺の手に記憶させようとしてるんだ。
頬を唇を顎を。撫でさせて刻み付けて。
首を撫で上げ、耳をくすぐり、髪に指をからめる。
触られているのは拓斗。俺はただ手を動かしているだけなのに、触ったところと同じところにくすぐったさを覚える。
すぐにそれは快感に変わった。
「……っはぁ」
漏れでた吐息を捕まえたいのか、拓斗が唇を重ねる。
「春樹、覚えた?」
もちろん、覚えてる。拓斗のことなら、隅々までなんでも覚えてる。
でも俺は、首を横に振った。
「じゃあ、まだ触って」
拓斗の手が導く。俺の手を拓斗の世界へ。
「あ……、拓斗」
「なに?」
コツンと額を合わせて拓斗が微笑む。
「俺、なんでだろ。拓斗になったみたいな気がする」
「春樹が、僕に?」
「拓斗を触ってるのに、俺が触ってもらってるみたいなんだ」
ふわっと拓斗の笑顔が咲いた。もう一度、額をこつんと合わせる。
「じゃあ、僕は春樹になるよ。いっぱい触って、君の気持ちよさも感じて、僕は春樹になるよ」
拓斗が俺に。俺が拓斗に。そうすれば俺たちはいつでも二人一緒だ。
「ん……、ん、ふ」
拓斗の手がそっと俺のものを包み込む。俺も手を伸ばして拓斗のものに触れる。拓斗が俺を触っているようでいて、俺が俺を触っているような気もする。
俺が拓斗を握っているのに、それは拓斗の手ではないかと錯覚する。
俺たちはぐずぐずと溶け合い、一つになり、快感を共有する。
拓斗が俺の背を床につけて、俺の顔をまたいで四つ這いになる。俺のものを口に含んでころころと転がして味わう。俺も拓斗のものを思う存分舐めしゃぶる。
「んん、ふぅ……ん」
ふっくらと柔らかだったものが、急速に容量を増し、硬く勃ち上がる。口の中いっぱい、拓斗に占拠される。息が苦しい。大きなものに圧迫されて鼻腔を通る空気も少ない気がする。
拓斗が頭を上下させて俺のものを喉奥まで飲み込もうとしている。俺も頭を振って拓斗を喉でも味わう。
苦しい。痛い。でもそれが嬉しい、気持ち良い。拓斗がくれるものなら、なんだって宝ものになる。
拓斗の指が俺の後ろにツプリと入ってきた。俺も拓斗の後ろに指を這わす。柔らかな感触、しっとりした肌。迷うことなく指を差し入れる。
びくりと拓斗が震えて、動きを止めた。俺はかまわず指を動かす。最初はゆっくりと前後させるだけ。
「あ、あ、春樹」
拓斗が口を開いた。
「やだ……」
いやと言っているけど、拓斗のものはさらに大きくなっている。俺は指をぐるりと回して少しずつ奥へと進めていく。
「あっ、あっ、あっ!」
びくりびくりと拓斗の背がしなる。感じているのだ。拓斗にされて覚えた通り、指を動かし、一本、また一本と増やしていく。
「春樹! もうだめ!」
三本の指で奥をひっかくようにすると、拓斗は高い声で喘いで精を放った。
口の中が暖かくなり、ぬるっとした甘い液体が充満する。その液体を指にこすりつけ、拓斗の中により深く差し入れる。
「あああ! 春樹! いや、苦しい」
泣きそうな拓斗の声を聞いて、ぞくぞくと愉悦が背中を駆け上った。もっと、もっと聞きたい。俺だけが知る、拓斗の弱さを。
ぐちゅぐちゅと水音を立てて拓斗の中を擦り上げる。どうすれば気持ち良いのか、どのくらい奥に弱点があるのか。拓斗に開かれた俺の中で覚えたことをすべて拓斗に返す。
「ひい! いやだ、春樹!」
泣いても叫んでもやめる気はない。俺の口の中、拓斗はむくむくと大きくなる。一旦口から拓斗を逃がすと、拓斗がほっと息を吐いた。
すぐに拓斗のものを手で握り扱き上げる。
「んあっ」
不意打ちに驚いた拓斗が高い声を上げ、びくりと体を揺らす。
片手で前を、片手で後ろを攻めながら、その間の皮膚が薄く柔らかなところに口をつける。
軽く吸うと、拓斗がまた喘いだ。
「あああ! だめ、春樹!」
舌を伸ばして柔らかな肉をマッサージするように、とんとんと舌でノックする。
そのたび拓斗は高い声で喘ぐ。まるでいつもの俺みたいに。
後ろと前、両方を攻める動きを速める。
「あっ、春樹、だめ、止めて。イク!」
ひときわスピードを上げると、拓斗のものからドプリと大量の体液が飛び出した。あまりの勢いに飲み込みきれず、大部分が口の端からこぼれ落ちた。
拓斗の体から力が抜け、俺の上に崩れ落ちた。ぜえぜえと荒い息を吐いている。
「拓斗、大丈夫か」
拓斗が首を横に振ったようで、俺のものに拓斗の柔らかな髪が、さすっさすっと触れていく。未だ勃ちあがったままの俺は、その柔らかな感触にも深い愉悦を覚えた。
「拓斗」
まだ、もっと、拓斗を喘がせたい。どこまでも気持ちよくして、俺のこと以外考えられなくさせたい。腹の底から欲望が湧き上がる。
拓斗のものにむしゃぶりついて乱暴に吸い上げる。
「やっ、やめてっ!」
懇願してもだめだ。俺の拓斗、俺のものだ、このまま食べてしまいたい。
じゅるじゅると唾液まみれにしていると、拓斗のものから残滓が滴り落ちた。奇跡の水のように俺の体内に吸い込まれると、どこまでも幸せが満ち満ちていく。
「春樹、もう、もう許して……」
拓斗の泣き声を聞いたのは何年ぶりだろう。もっと泣かせたい。もっと啼かせたい。
拓斗のものを口で扱きながら、内腿を柔らかく揉む。
「はあっ、やめて!」
口を開いて太腿を舐めようとしたが、拓斗は身を捩って俺から離れてしまった。
「春樹……、なんで?」
「俺は拓斗になる。拓斗は俺になって。一人でいても、二人でいられるように」
拓斗の瞳が揺れた。泣くのかと思ったら、晴れ晴れと笑う。
「春樹、好きなように動いてね」
拓斗は勃ちあがりきって痛みすら感じている俺のものを口に含んだ。二度、三度、頭を動かして扱くと動きを止めて、じっと俺を見上げる。
紅潮した頬、濡れた瞳、俺を見つめる真剣さ。きっとなにをしても受け止めてくれる。
拓斗の頭に手をかけると、腰をぐっと前に突き出す。拓斗の口中を俺でいっぱいにする。上顎に先端を擦り付けるとぬるっとした感触に思わず吐き出しそうになる。ぐっと力を込めて腰を引く。
まだだ。まだ全然、拓斗が足りない。拓斗の中に俺が足りない。
拓斗の頭を両手で押さえて、ぐっと腰を突き入れる。拓斗の喉にまで俺のものが分け入った。拓斗が軽く眉を寄せる。苦しいのだろう。だが、まだだ。
ただ、がむしゃらに腰を振る。拓斗の舌を、拓斗の上顎を、拓斗の唇を、拓斗の喉奥を、俺のものでいっぱいにして、拓斗が俺の味を忘れられないように、俺の形を忘れられないように。
拓斗が口をすぼめて俺を扱く。舌を絡めるように舐めあげる。俺も拓斗を忘れないように目いっぱい味わう。
「あっ、拓斗! イク!」
突然来た快感のうねりに身を任せて、拓斗の口にドロリとした液体を放つ。勢いよく飛び出した液体が拓斗の喉を直撃した。
それでも拓斗は俺のものから口を離さず、残らず吸い出してしまった。
「あっ、あーっ、拓斗! もう、出ないからあ」
俺が懇願するまで拓斗は俺のものをしゃぶり、舐め続けた。
不思議な気持ちだった。自分が誰なのか、わからない。自分の名前がわからない。自分の顔がわからない。
抱き合っている男が誰なのかわからない。名前がわからない、顔を見ても記憶が曖昧で誰なのか思い出せない。
男が目を開けた。どちらからともなく、黙って唇を合わせる。
様々な感情が流れ込んでくる。
寂しさ、悲しみ、孤独、泣きたいほどの空虚。そしてどんな感情よりも強い愛。
俺の心を揺さぶってチリンときれいな音を鳴らす。男にその音が聞こえたのか、俺の胸に耳を付けて目を閉じた。
「ドクドク言ってる。生きてる」
「ああ、生きてる」
なにも分からなくていい。なにも覚えていなくとも。
俺たちは生きている。
俺たちは二人で一人。
いつも、それだけは忘れない。
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