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第1話 春のまにまに

「春樹、どこ行くの!」  大型ショッピングセンターに入った直後、気ままに歩き出そうとした俺の背中に、拓斗の声が負いかぶさった。  真新しいスニーカーをきゅっと鳴らして振り返る。 「どこって、電気屋だろ?」 「電気屋さんは、そっちにはないよ」  拓斗は入口すぐの壁に掲示された館内見取り図を指差した。あわてて戻って拓斗の手元を覗くと、確かに、電気屋は俺が向かったのとは真反対にあるようだった。拓斗が俺の腕を握る。 「もう。とりあえす歩きだすクセ、治しなよ」 「あー、そうだなあ。そのうちな」 「いっつも、いい加減な返事ばっかりして」  拓斗に腕を捕まえられ、頬をつねられながら、電気屋に向かった。  春だ。俺と拓斗は同じ大学に合格した。  成績優秀な拓斗と、成績不優秀な俺が、なんとか同じ大学に進学できるのは、ひとえに拓斗の努力のおかげだと言える。  尻を叩き、食べ物で釣り、あの手この手で俺の頭に公式やら文法やら年号やらを詰め込んだ拓斗は、世界で一番優秀な先生だった。しかも、俺専属の。  俺のことを頭の先からつま先まで、何もかも知っているからこそできるワザだった。  それもこれも、拓斗がやりたいことと、俺を手放したくないということを両立するための手段だ。  拓斗は「全部、僕のわがままなんだから、君の一生の責任は僕が負うよ」と、ずいぶんと男らしいことを言ってくれた。  昔はしょっちゅう女の子に間違われて泣いていた拓斗だが、最近は本当に男らしくなった。背が高くて、筋肉が程よくついて、力も強い。俺をお姫様抱っこするのなんか朝めし前だ。  まあ、抱っこされるのは朝めし前じゃなくて、たいがいは就寝前なのだが。 「春樹? どうかした?」  ぼんやり考え事をしていた俺の顔を拓斗が覗き込んだ。それはもう、至近距離で。今にも鼻がぶつかりそうだ。 「うわ、近い!」 「近いよ?」  拓斗の胸に手を付いてぐいぐいと押しやる。油断してると拓斗は人前でもイチャイチャしようとする。あぶない、あぶない。  拓斗はただでさえ人目を引く。  均整の取れたプロポーションだし、ふわふわ天パの栗色の髪はちょうどよくパーマをかけたオサレヘアーに見える。実際はなんにも手入れしてないだけなんだけど。  転じて俺はいたって普通だ。  野球で日焼けした肌は適当に放りっぱなし。髪は清潔感だけを追求した短髪。残念ながら身長は169センチで止まっていて、足もべつに長くない。  拓斗の隣にいると俺は「タダの人」感ハンパない。 「はーるき。どうしたの?」 「うん? どうもしない」  タダの人だって落ち込んだりすることはない。  俺はこの世でたった一人、拓斗から必要とされている人間なんだ。そのことだけで俺は自分を肯定できる。  だって、俺にとって世界で一番大切な拓斗が言うことだから。 「ほらほら、早く行こう」 「ちょっ、腕くむな!」  少し、感覚の違いは感じるけれども。  電気屋に入って、拓斗は俺の左腕を取って、俺の手のひらに書いた文字を読む。 「冷蔵庫とー、洗濯機とー、掃除機とー、レンジとー、電気ケトルとー、布団乾燥機ね」 「あの、くすぐったいんですけど」  家を出てくるときに、なぜか拓斗は買い物内容を俺の左手にメモした。今もそれを読みながら文字を指でなぞっている。 「なんでなぞる必要があるんだよ。だいたい、お前の記憶力ならメモなんかいらないだろ」 「念のためだよ、念のため」  にっこりと笑ってみせる拓斗の表情は天使もかくやというほどに美しい。俺は「うっ」と言って言葉に詰まる。  拓斗のこの笑顔に逆らえる奴がいるならお目にかかってみたいもんだ。  二人並んでトコトコ冷蔵庫のコーナーに移動する。 「高っ!」  目に入った値札に書かれたお値段、175081円。  じゅうななまんごせんはちじゅういちえん。  81円の存在感が大きい。なぜ、81円をつけたんだ……。 「へえ、いいね」  拓斗が175081円の冷蔵庫の扉をパタパタ開け閉めする。 「新開発の「フラット冷却システム」と進化した「エコナビ」により、省エネ性能も向上しています。生鮮食材や常備菜に加え、下ごしらえを済ませた加熱前の食材を約1週間保存できる……」 「ちょ、ちょっと待て、拓斗!」 「え、なに?」 「予算を考えろ。175081円じゃ、あとの電化製品が買えないぞ」 「そりゃそうでしょ。僕だって高級冷蔵庫は買うつもりないよ」  ペロッとそういうことを言う拓斗を前に俺はあっけにとられる。 「読んでみただけ」 「説明書を読みたくなるくらい、高級冷蔵庫が好きなのか?」   「ううん、唖然とした春樹の顔が好き」  それこそ唖然として口をぽかんと開けていると、電気売り場の店員さんが寄って来た。 「冷蔵庫をお探しですか?」  拓斗は美しい笑顔で女性店員に向き直る。 「はい。大容量で安くて壊れにくいものを探してます」  それは欲張りだろうと思ったが、店員さんは「こちらへどうぞ―」となんでもない風で案内してくれた。  単身者向けの冷蔵庫だという一角に、ひときわデカい冷蔵庫があった。 「こちらの商品でしたら、省エネで電気代も抑えられますし、通常の二人世帯の容量と言われる310Lよりもはるかに多い400Lも入りますし……」  店員さんの熱心な説明に拓斗は、ふむふむと一々頷いている。俺にはなんのことやらよくわからない電力消費の話になったあたりで、目についた掃除機のコーナーに移動してみた。  家事は拓斗が担当している。  料理、掃除、洗濯、拓斗の家事能力は半端ない。趣味は節約、そう言い切る。  そのわりに食事はいつも豪華だし、俺が節水や節電に無頓着でもキリキリした様子は見せない。 『僕は君のために生きていきたいんだ』  そう言う拓斗は俺のことをとことん甘やかす。朝起きる時から夜寝る時まで、俺は拓斗の優しさに甘えて生きている。  今、拓斗がいなくなったら、俺は一日だって生きていくことすらできないだろう。 『僕がいないと生きていけないようにしたいんだ』  拓斗はそう言った通り、俺を変えてしまった。俺は拓斗がいないと生きてはいけない。  でもそれは拓斗と出会った時から、生まれてすぐ隣り合った時から決まっていたことなんだ。 「春樹」 「どぅわ!」 「どうしたの?」 「どうしたじゃねえ! 尻をさわるな!」 「えー。毎日さわってるんだからいいじゃない」 「よくねえよ!」  ハッとして目線を動かすと、さっきのお姉さん店員がニコニコとこちらを見ている。少しも動じた様子がない。  プロだ。 「掃除機、なにかいいのあった?」 「いや、よくわかんねえ」  素直な所見を申し述べると、拓斗はそれはそれは嬉しそうに「えへへ」と笑った。 「なに笑ってるんだよ」 「僕ねえ、欲しいのがあるんだ」 「うん、いいんじゃないか、それで」 「やった! じゃあ、買っちゃおっと」  拓斗がトコトコ行く後をついていくと、自動掃除機のコーナーに近づいた。 「これが欲しいんだ」 「たかっ!」  拓斗が指さしたのは最新鋭の自動掃除機。初期型が600番系のやつのバージョンアップ機種、900番台だ。  お値段なんと、109800円。  俺が茫然としていると拓斗が心配そうに俺の顔を覗きこんだ。 「だめ?」  いや、俺に決定権はない。掃除は全部拓斗がしているんだから、拓斗が決めるべきだ。でも予算を考えたら冷蔵庫と掃除機だけで、ほかのものがなにも買えなくなってしまう。 「だめじゃないけど……」 「わーい、じゃあ、これにします!」  拓斗は指さしていた900番台からスイッと指を滑らせて、はるか遠くに展示されている600番台のものを指した。 「さんまんにひゃくえん」 「お値打ちだよね」  結局、拓斗が選んだのは冷蔵庫 48,800円、洗濯機 38,910円、自動掃除機 30,200円、ハンディ掃除機 4,800円、電子レンジ 3,800円、電気ケトル 5,200円、布団乾燥機39,010円、 しめて170,720円なり。  予算を一万円ほどオーバーしてしまった。  拓斗はけろっとした表情で財布から一万円札をごっそりと取り出した。  店員さんがレジ打ちしている間に拓斗に耳打ちする。 「予算、大丈夫なのか?」 「うん、まかせて」 「でも、16万以内って言ってなかったか?」 「そだね。でも、今のやつは省エネがすごいんだよ。うちで使ってた旧式と比べたら電気代が天と地で……」  なにやら、とうとうと語り始めた拓斗に「フンフン」と相づちはうったが、正直、金の話はわからない。  拓斗がいいなら、それでいいや。 「……というわけで、春樹が興味のない、光熱費との兼ね合いで買うことにしたんだよ」 「ふーん……」  ハッとした。 「き、興味なくはないぞ! 俺だって地球のエネルギー循環とか、脱フロンとか、それから……。えっと……」 「はいはい」  拓斗が俺の後頭部に手をかけてグイっと引き寄せた。 「◎$♪×△¥●&?#$!」  チュッと唇を吸われる。拓斗の胸に手をついて思いっきり押しやった。  左右を見ると、女性店員さんが慈愛のこもった目で俺たちを眺めていた。 「彼女が16万以内に値引きしてくれたから、大丈夫だよ」  彼女は胸の前でパチパチと小さく拍手していた。 「あの、拓斗? 彼女はもしかして、金子と同じ種類の……?」 「うん、BL世界に住んでるって」  俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。BL女子の眼力の鋭さをどうにかしてくれえええ!  俺にとって初めて知ったBL世界の住人・金子。彼女は俺たちの高校時代の同級生で腐女子だ。俺たちの周りをかぎまわり、ストーキングし、そして助けてくれた。  金子がいなければ、俺たちが今みたいに一緒にいられたかはわからない。  だが、やはり俺は金子的な女子を苦手としていることは否めず……。 「どうかなさいましたか?」  女性店員さんの笑みに「な、なんでもありません!」 と、敬礼してしまった。  家電は全部配達を頼み、俺たちは手ぶらで店を出た。 「春樹はなにか見たいものあるの?」 「いや、べつに。拓斗は?」 「僕もべつにないよ」  せっかくの大型ショッピングセンターだというのに、俺たちには無用の長物だった。  そもそも俺も拓斗もモノを多く持つタイプではない。  そのうえ、引っ越しに際して物入りで、財布の余裕もない。  節約の上にも節約を重ねなければ……。 「あ!」  俺は思わず叫んで、その看板に駆け寄った。  後からついて来た拓斗が看板の文字を読み上げる。 「ワールドベースボールクラシックの観戦チケットプレゼント! 5000円以上のお買い上げレシートで一回抽選」  ワールドベースボールクラシック。その言葉から俺は目を離すことが出来ない。  野球の世界一決定戦。世界各国のチームが競い合う夢の球宴。  野球好きなら一度は生で見たい大会だ。  俺の右手に、拓斗がそっと触れた。 「行っておいで」  慈母のような微笑を浮かべて、俺に電気屋のレシートを渡してくれた。  俺は大きく頷くと、抽選会場に走り、すぐに肩を落として戻って来た。 「春樹はやっぱり、くじ運がないねえ」  ハッとした。 「お前が代わりに引いてくれれば良かったんじゃないか! 異様に当たりを引けるじゃないか!」  涙目でうったえると、拓斗はケロリとして言う。 「野球観戦チケットだけで、交通費は出ないんだから、当たっても仕方ないでしょう」  看板の文字を確認すると確かに交通費は出ないと書いてある。だけど、観戦チケットがあれば交通費くらいなんとか……。 「アメリカは遠いからねえ」  拓斗がしみじみ言う。金欠な俺は黙って頷くしかなかった。 「はーるき。まだ拗ねてるの」 「拗ねてない」 「口がとがってるよ」 「とがってない」  帰宅しても俺の気分はモヤモヤしたままだった。  観戦チケットが当たっても交通費がないことは確かだけれど、それでもチケットは手にしてみたかった。  それに今からなんとか金策すれば往復の飛行機代くらいは捻り出せたかもしれない。  突然、拓斗が俺の頭に抱き着いて、グリグリと撫でまわした。 「チケットが当たっても、君は行けなかったんだよ」 「でも、もしかしたら宝くじが当たって渡航費用も準備できたかも」 「行かせない」 「え?」 「気付かなかった? 観戦チケットは一人分しか当たらなかったんだよ」  それじゃ、もし当たっていたら、俺は一人でアメリカへ行くことになったのか。 「行かせないよ。僕と一緒じゃなければ、君はどこにも行っちゃだめだ」  拓斗は俺の両頬を優しく包むと、唇に食いつくようなキスをした。 「ん……っ」  俺がなんとなく拓斗の胸に手をついて押し返そうとしたのは、まだ拗ねていたのかもしれない。  だけど、その仕草が拓斗に火をつけた。  俺の首に強く吸い付いて舐め上げる。  シャツの裾から手を差しこんで脇腹を撫でる。 「ん、あぁ」  俺の体は拓斗に軽く触れられるだけで、簡単に欲情してしまう。拓斗に刻み込まれた快感が疼く。 「春樹……、春樹」  うわごとのように囁きながら拓斗がシャツを捲りあげて俺の体にキスを落とす。  腹にも、臍にも、胸にも。 「あぁん!」  敏感な部分に触れられて高い声が出る。拓斗は俺に刺激を与え続けながら、器用に俺が纏っている布をすべて取り去ってしまう。  ぎゅっと抱きしめられて、高まり過ぎた俺は拓斗にしがみついた。 「たくと、たくと、もう……」 「もう、何?」  拓斗は意地悪く微笑んで俺の唇を舐める。その小さな刺激が深い快感を震えさせて、高まりはどんどん大きくなる。  がまんできない。 「ちょうだい、きもちよくして」  拓斗は俺のものに手を伸ばすと、やわやわとしごきだした。 「やぁぁ、そっちじゃない……」 「じゃあ、どっち? 教えて」  耳元で拓斗が囁く。この時だけ、俺にだけ聞かせる深く響く声。耳から腰まで痺れるようだ。  ああ、早く欲しいのに。  俺はその場所をさらけ出すことが出来なくて、しゃがみこむと拓斗のものを取りだした。  大きくなっているそれを舐め上げる。 「ああ……、春樹」  拓斗は吐息交じりに俺の名前を呼ぶ。俺はその声にまた高ぶる。    拓斗のすべてを口に含んで、喉まで拓斗でいっぱいになる。美味しい。すごく甘くてたまらない。 「春樹、上手だね」  拓斗が褒めてくれる。俺の頭を撫でてくれる。そのすべてが俺を狂わせる。 「たくと、挿れて」  拓斗の腰にすがりついて拓斗のものに頬ずりする。  拓斗は俺の肩を押して、そっと床に横たえた。俺の足を抱え上げて、後ろに指を這わせる。 「ふあっあぁ……」  少しの刺激で俺のものから液体がにじみ出た。拓斗はそれを指に絡めると、俺の後ろに塗り付けた。 「んぁ、んっ……。はぁ」  拓斗の指が俺の中を出入りするたび声が漏れる。媚びているような、甘えているような、誘っているような、拓斗にだけ聞かせる声。 「春樹、挿れるよ」 「うんっ、うん、早くちょうだい!」  俺ははしたなく自分から拓斗をくわえこもうと腰を動かす。  拓斗は揺れる俺の腰を押さえてゆっくりゆっくりと腰を進めてきた。 「あああっ、たくと、たくとぉ」  拓斗の首に縋りつく。そうしていないとどこかに飛んで行ってしまいそうだ。  ずんずんと拓斗が抽挿するたびに俺の口から高い声が漏れる。 「春樹、気持ちよさそうだね」 「うんっ、うんっ、きもちいいよぉ」  拓斗が激しい動きを止めて、ゆるゆると焦らすように動き出す。 「たくと、あん、もっとしてぇ。もっとちょうだい……」 「春樹は何が欲しいの?」  拓斗は俺の頬を撫でる。 「たくとが、たくとが欲しいよ」  拓斗の指が俺の唇をなぞり、口の中に侵入して舌を撫でまわす。 「嘘じゃないね?」  喋れない俺は小さく頷く。 「嘘だったら、この舌をもらうよ」  俺はまた小さく頷く。俺が欲しいものは拓斗だ。いつでも拓斗が欲しくて仕方ない。拓斗の何もかもを俺の中に飲みこんでしまいたい。  拓斗の指に舌をからめる。拓斗は美味しい。じっくりと舐めて味わう。拓斗の表情がよりいっそう欲情の色に燃える。  俺の口に入れた指をゆっくりと抽挿する。口の中が性器になったかのように、ひどく感じる。  唇の脇から涎がこぼれていく。拓斗が唇を近づけてそれを舐めとる。 「春樹、やっぱり春樹は淫乱だね、口だけで感じるの」  俺は夢中で拓斗の指を味わう。指の動きだけで、もうイキそうだった。  拓斗は急に腰の動きを再開した。 「!!」  突然の強い快感に、拓斗の指に歯を立ててしまう。あわてて拓斗の指から口を離すと、拓斗の指には血が滲んでいた。  拓斗はその血を見て、美しい笑みを浮かべる。あまりにも美しくて、凄みすら感じる。 「春樹は僕の血まで欲しいの?」  俺は頷いて拓斗の指を取り、血を舐める。甘い、甘い、甘い、甘い。脳が痺れるほど甘くて美味しい。  いつまでも舐めていたい。まるで麻薬だ。  拓斗はまた抽挿を激しくする。俺の中をえぐるように角度をつけて何度も腰をぶつける。 「あぁん、はぁん、たくと、たくとぉ!」  拓斗の首に抱き着いて、思うさま揺さぶられる。俺のいいところを拓斗が擦りあげて、俺は一瞬でイッてしまう。  けれど、拓斗の動きは止まらない。俺はまたすぐに立ち上がる。拓斗の体と俺自身の間に挟まれて揉まれて、もう気持ちよすぎて何が起きているのかわからない。  俺の後ろからぐちゅぐちゅという音が聞こえる。腰がぶつかり合う音も。耳まで気持ちよくて仕方ない。 「春樹、出すよ」 「うんっ、うんっ、たくと」  拓斗の抽挿がいっそう早くなり、俺の後ろはマヒしたように、もう快感を伝えない。ただ、幸せだけを感じている。 「春樹、春樹!」  拓斗が強く俺の名前を呼ぶ。俺は拓斗に抱きつく。  俺の中で拓斗が爆発して、俺も放った。  息が荒い。拓斗の息か俺の息か、拓斗の体か、俺の体か、なにもかも混ざり合ってわからなくなってしまう。  俺と拓斗はひとつになった。 「ラグを買わなきゃだねえ」  フローリングにぺったりと寝そべったまま拓斗が言う。 「ラグ?」  拓斗に腕枕されたまま答える。 「春樹の背中が痛いでしょ?」 「せ、背中って……」 「冬は寒いし」 「あの、拓斗さん……。なにも床に寝そべることを前提にしなくてもいいんじゃないですかね」  拓斗は、さも驚いたというように、目を見開いて見せた。 「春樹は立ったままが好きなの?」 「いやいやいやいや! ベッドに行けばいいだろ!」  拓斗がにやにやする。こいつ、俺をからかい倒す気だ。今日は負けないぞ! 「せっかく大きいベッドを買ったんだから!」 「ふうん、春樹が大きいベッドを欲しがったのは、エッチしやすいからなんだ」 「そ、そうだよ!」  一瞬、拓斗が動きを止めてパチクリと瞬きした。勝った。いつも否定するばかりだから、からかわれ続けるんだ。どうだ、逆襲された気分は!  どや!と笑ってみせようとした時には、拓斗に抱き上げられていた。 「拓斗!? え、なに?」 「春樹が大好きなベッドに行こう」 「え、え? 今したばかりだろ」  拓斗の唇が俺の額にちゅっと落ちてきた。 「何回でもしてあげるよ。春樹が好きなだけ」 「もう、もう十分です!」 「ベッドでしたがったくせに」 「したがってないです!」 「うん、わかった。じゃあ立ってする?」 「……ベッドでいいです」  ラグは買うことに決定した。……ベッドが嫌いなわけじゃないけど。  

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