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ポチくんオマケ
その日の蜩は何だか元気がなかった。
いつもは凪に会うなり挨拶代わりの下ネタジョークを言ってくるのに、ちょっと疲れたように笑ってみせただけで、黙りがちに車のハンドルを握っていた。
夜景の綺麗なレストランで食事をしている間も上の空というか。
マンションに戻り、ソファに並んで座っても、やはりテンションが低い。
蜩さん、どうしたんだろう?
せっかくの金曜日、明日から三連休、ゆっくりできるのに。
なんならお泊りしてもいいかなって、俺、考えてたんだけど。
仕事で何かあったのかな?
「今日、なんか暗くてごめんね、ポチ君」
背広を脱ぎ、ネクタイを緩め、ストライプのワイシャツを肘まで捲った蜩は背もたれに肘を突いた。
蜩から切り出してくれたことに少しほっとした凪は、ラグに足を投げ出したまま上体を捻って、彼と向かい合う。
凪の視線の先で伊達眼鏡を外し、撫でつけていた髪をぐしゃっと自ら乱した蜩は。
彼らしからぬ疲れた笑みを浮かべてぽつりと言う。
「こういう仕事してると、時々、剥き出しになった人間の本性に中てられることがあるんだよねぇ」
まだまだお子様な男子高校生は首を傾げた。
だが、蜩が珍しく弱っているということだけはひしひしと伝わってきた。
どうしよう。
まさかすごく年上の蜩さんが、こんな風にダメージ受けるなんて、想像もしてなかった。
いつだって余裕があって、ぱっと見に柄は悪いけど実は弁護士で、自信がある人だって、そう思っていたから。
蜩さんでもこんな風になっちゃうことがあるんだ。
すごく年下の俺に何かできることあるかな。
直球で聞くのは恥ずかしいから、無理。
オトナな蜩さんがしてもらって嬉しいことって、何だろう。
……エロいこと?
……誘ってみる?
やっぱり、それも、無理。
間接照明の薄明かりに照らされた部屋、無口な蜩を隣にして、凪は必死に考える。
たとえば、俺は……ポチにいつも癒されるんだよね。
学校でテストが赤点ギリギリだったり、食べたかった食堂の揚げドーナツが売り切れだったりした日、ポチに会うと、落ち込んでいた気分が嘘みたいに晴れて、元気になれる。
……ポチの真似すればいいかな。
……ポチって、俺が庭に行く度に尻尾振って飛びついてくるんだけど。
「わ……わんっ」
静かな室内に突然響いた声。
ぼんやりしていた蜩の胸にグーにした両手を宛がって、凪は、もう一度鳴く。
「わん」
すると蜩は正に呆気にとられたという表情で問いかけてきた。
「……突然、どしたの?」
あれ?
なんか、ひかれてる?
待ち望んでいたものと全く違う反応に、ぼっと、正に顔から火が出る勢いで凪は真っ赤になった。
突然すぎる凪の振舞からその意思を汲み取れずに蜩は当惑したままでいる。
恥ずかしくて死にそう、です。
でも、中途半端に投げ出したら、きっともっと恥ずかしい。
こうなったらやりきろう。
「くーん」と、また鳴いて凪は蜩の胸に顔を埋めた。
凪のしたいことがイマイチわからない蜩は内心首を傾げる。
だが可愛いことには変わりなく、抱きつく凪の頭を撫でてやった。
「ポチ君、甘えたかったの?」
疲れて弱っている身でありながら、頭を撫でてくれる蜩の優しさに、凪の胸はじわりと凍みた。
そういうわけじゃないんです。
俺、蜩さんに元気になってほしくて。
さっきから空回りの連続だけど、それでも、嫌なことを忘れてくれたらいいな、って。
蜩の胸の上で僅かに身じろぎして、凪は、そっと目線を上げてみる。
蜩は先ほどまでと変わらない疲れた笑みを浮かべていた。
ああ、俺って、無力だなぁ。
……ううん、諦めるな、まだ時間はある。
ポチにされて一番嬉しいこと。
俺から、蜩さんに、してみよう。
「……ポチ君?」
凪が肩を掴んで身を起こし、顔の距離が近づいたので、蜩は僅かにだが動じた。
もしかしてキスしてくれるのかな?
しかし凪は蜩の予想を超える真似に出た。
ぺろっ
蜩の、頬を、舐めたのだ。
「蜩さん……元気出して」
震える双眸で蜩を見つめる凪。
「ポチ君」
「俺、まだガキで……何にもできないけど」
蜩は首を左右に振った。
「ううん、そんなことないよ、ポチ君」
蜩の言葉に凍みていた胸の痛みがすうっと引いた、次の瞬間。
「えっ」
凪は蜩に抱き上げられた。
いきなりお姫様抱っこされて驚く凪を見下ろして、蜩は、にんまり笑う。
「今ので一発で元気になっちゃったよ?」
そのまま凪は寝室に運ばれた。
ただ気持ちが晴れればと純粋な好意で及んだポチ真似が、結果的に、蜩を滾らせてしまったようだ。
「まさかポチ君から誘ってくれるなんてね」
「そ、そんなつもりじゃ」
ベッドに放り投げられ……るのではなく、そっと横たえられて、あまりにも優しすぎる扱いに凪は照れる。
そんな少年の真上に覆いかぶさると、蜩は、いつになく穏やかな顔つきで告げる。
「凪君、ありがと」
「……蜩さん」
「ホント、君って優しい子だよね」
いつもなら「エロい子だね」とからかってくる蜩にそう言われ、凪は、心から喜びたいところだった。
だが蜩の手がすでにシャツの内側で下心を全開にして這い回っていて。
「今夜はいっぱい可愛がってあげるから」
「あ、あ、蜩さ、ん」
「腰が砕けちゃうくらい、ね」
「そんなのやです」
「あ、そうだ、ネクタイで目隠ししてみよっか」
「やだやだやだ!!!!」
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