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This could be love?-1

「奥様の先月と今月の返済がまだでして」 雑然とした事務所の隅、革張りのソファがよく似合う、見るからに堅気でないと一目でわかる男は一枚の紙切れを掲げる。 「ほら、ご覧下さい。奥様の署名と押印がちゃんとあるでしょう?」 男の向かい側に座る佐倉(さくら)綾人(あやひと)は虚ろに瞬きした。 隣には妻となる女が顔を伏せて座っている。 「ご主人は一年前に自己破産しておられる、よって現在、所謂ブラックの身ですよねえ。そんなあなた方に融資して差し上げられる機関は極限られるでしょう」 手付かずの黒髪をしつこくない程度に撫でつけ、薄い色つきのサングラスをし、黒の上下を纏った目付きの鋭い男は丁寧な言葉遣いで綾人に畳み掛けてくる。 「ウチなどの間口の広ぉい業者は分け隔てなくお客様と取引しますよ。奥様も例外なく、初回額五十万の貸付で契約させて頂きました」 口元は笑っているが目は笑っていない。 一重の双眸はレンズ越しに冷ややかな炎を点している。 「ただ返済を滞られると当方としては大変困ります」 臓器でも売れば解決するのだろうか。 「とりあえず利息分の百万、今月中に用意して頂きたい。ご主人は現在月給十二万で短期の雑務スタッフをされていますね。どうですか、工面できそうにないですか」 それならば当方から一つ仕事を紹介しようと思うのですが。 「所謂、無店舗型性風俗特殊営業というものを奥様にして頂くのはどうでしょう」 「……は?」 そこで初めて綾人は相手に聞き返した。 男は笑う。 逞しい肩越しに金髪の少年が電話片手に怒鳴りちらしているのが見えた。 「デリバリーヘルス、デリヘルです。現役人妻に食いつくお客様は多いんですよ」 「……妻にそんな真似させられるわけないでしょう」 「そうですか? いい案だと思ったんですがねえ、奥様?」 綾人の隣で彼女はビクリと身を震わせた。 「まぁ、いいでしょう。では別の手立てを探しますか。失礼ながら返済能力のない奥様にはお引き取り願いましょう。私とご主人、二人で返済策について考えるとしましょうかね」

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