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紳士な狼黒埼は本命にだけはケダモノ属性?/パラレル番外編

ある日を境にしてその森を牛耳るようになった狼一派は黒埼兄弟と名乗った。 彼らがやってきてから、幼女から老婆までという広範囲に渡り手を出していた狼どもは一掃され、村には平穏が戻り、森には初めて秩序というものが生まれた。 猟師である佐倉綾人もこれにはとても助かっていた。 以前は下衆の極みなる狼どもを追い払うのに相当な労力を要していたが、今は、湖で釣りを楽しむ余裕までできた。 感謝していると言っても過言ではない。 綾人は黒埼兄弟を我が家へ招待しては手料理を振る舞い、森に平和が訪れたことへの感謝を述べるのだ。 「あの森は深くてお役人の死角になるわけよ、だからクサを育てて隣国のセレブに売りつけて大儲け――」 「佐倉さんの淹れてくれるコーヒーはいつもうまいな」 興奮する弟六華の台詞を遮って黒埼は綾人が淹れたコーヒーの味を褒める。 黒いシャツに黒の上下、うっすら黒に色づくサングラス。 手つかずの黒髪からは尖った狼耳が立っている。 彼は微かな物音どころか胸底に溜めた本音まで捉えてしまいそうな鋭い雰囲気を持っていた。 「……ありがとうございます」 六華の言うことがいまいち理解できなかった鈍感綾人は、貴重な植物かお花でも育てて押し花か何かにして売るのだろうと解釈し、いつもコーヒーを褒めてくれる黒埼に表情をふわりと和らげる。 「ちょっと借りてもいいか」 黒埼は綾人の持つ猟銃に興味を持っていた。 一言断って、壁に掲げていた立派な猟銃を手にとり、虚空に向かって的を定めて構える。 綾人より様になっている。 まるで腕利きの射撃手だ。 「兄貴、か、かっこぃぃぃぃい」 背後で興奮気味に喘いでいる六華の感嘆と綾人も同意見だった。 色気を感じるくらいだ。 同じ男でも惚れ惚れしてしまう。 こういう人はどんな女性と付き合うのだろうか。 きっと綺麗で、話も上手で、凛としていて……。 やっぱり獣の耳がついているのだろうか。 「佐倉さん、耳、痒いのか?」 黒埼に問いかけられて自分の耳を無意識に抓っていたことに気がついた綾人なのであった。 その夜はハロウィンだった。 村では仮装した子供たちが家々を練り歩き、両腕の輪の中をお菓子でいっぱいに溢れさせる。 用事があって出かけてみれば村の中心部はくり抜かれたカボチャだらけ、子供だけじゃなく大人も凝った仮装をして楽しそうに一家ぐるみで皆がはしゃいでいた。 家族のいない綾人は胸を吹き抜けていく風を感じつつも宵闇の宴に自然と笑みを浮かべ、用事を済ませて我が家へ帰ろうとした。 何気なく走らせた視線の先に尖った獣耳。 珍しく黒埼が村を訪れていた。 いつもと同じ漆黒の出で立ちである彼は村長に何やら耳打ちでヒソヒソ話を交わしている。 例の貴重な植物について相談しているのかもしれない。 それにしても、黒埼さんの隣にいる、あの女性は……。 そう。黒埼の隣にはまた珍しく女性が寄り添っていた。 派手な金髪がはみ出すトンガリ帽子にレースがあしらわれた黒のワンピース、大胆に露出した足には網タイツ。 想像していた恋人像とちょっと違うものの、綾人は、ランタンの明かり満ちる石畳の上でしばし我を忘れた。 ああ、なんだろう。 顔は熱いのに、爪先や指の先からじわりと冷えていくような。 なんだか寒い。 黒埼さんの背中を見ながら凍えてしまいそうな。 噴水場の傍らにいた黒埼が不意に振り返った。 立ち尽くしていた綾人と目が合うと、機嫌のよさそうな村長に浅く会釈し、咥え煙草で石畳の上をツカツカとやってくる。 もちろん女性も隣に寄り添わせたまま。 「こんばんは、佐倉さん」 「……こんばんは、黒埼さん」 黒埼にしがみついている、魔女の扮装をした、ばっちりメイクしている……紛れもないゴスギャルにじろじろ見られて気をとられつつも綾人は返事をする。 「今日はハロウィンだ、お菓子、くれ」 「もうゴーストと狼男にあげてしまいました」 「お菓子くれないと督促するぞコラ!!」 綾人は魔女コスプレをしたその人を改めて見直した。 目の下にくっきりアイラインを入れて垂れ目風にし、つけまつげを盛り、濃い目のマットな口紅を引いていて。 まじまじと確認してみれば、ギャルにしては、体つきががっしりしていて。 「君、六華さん……?」 「じろじろ見んじゃねぇぞ、俺をガン見していいのは兄貴だけだぞ」 「すみません、でも、よく似合っていますね」 「せっかくの仮装イベントだかんな、楽しまなきゃ損だろ」 ゴスギャル魔女は「しんちゃんにも見せにいこっと」と役人である恋人の元へ去っていった。 「コーヒー飲ませてくれるか、佐倉さん」 賑やかな村の中心部から外れたところにある綾人の住まい。 オルガンの演奏が風に乗って微かに聞こえてくる。 「黒埼さん?」 いつものように綾人はコーヒーを振る舞い、森に秩序をつくってくれた黒埼へ感謝の意を述べていた。 何が気に喰わなかったのか。 黒埼はテーブルにいきなり綾人を押し倒した。 シンプルなテーブルクロスは歪んで、カップとソーサーは次々と床に落ちて割れて。 グラスに活けられていた一輪の花はガラスの破片上で仮死に至った。 「黒埼さん」 「今夜はハロウィンだ、佐倉さん」 一瞬にして散らかった卓上でわけがわからずにただ目を見張らせている綾人に黒埼は笑いかける。 「悪いモンを追っ払って身辺を清める日だ」 「ええ、そうですが……」 「俺も体の中に溜まった悪いモンを追っ払おうと思う」 そう言って、黒埼は、綾人の首筋から耳元にかけて一息に舐め上げた。 ざらりとした熱い舌端、獣じみた低い息遣い、密着する体と体。 「ん…………っ」 綾人は仰け反った。 あっという間に全身を発熱させて、ずれた眼鏡越しに、切ない眼差しで黒埼を見つめた。 「あんたが思ってるような紳士じゃねぇよ、俺は」 「……」 「今から本性、見せてやるよ、佐倉さん」 心臓が鼓動する余り弾けてしまいそうだ。 彼に染み着いた煙草の香りで理性が麻痺しそうだ……。 「……黒埼さん、でも」 黒埼の羽織るスーツを両手で握り締め、両足を押し開かれて不慣れな姿勢でいる綾人は、真っ直ぐに自分を覗き込む彼に告げる。 「私……獣の耳、ついていませんよ?」 薄く色づくサングラスの下で黒埼の一重の眼がおもむろに見開かれたかと思うと。 声を立てて彼は笑った。 「あ、黒埼さっ……!」 スーツの裾から覗く尻尾を左右に振って狼耳をさらに尖らせた黒埼。 狙いをつけていた獲物に、今、完全なる致命傷を刻みつけた……。 目覚めると卓上ではなくベッドの上に綾人はいた。 全裸に長袖シャツを纏っただけの彼はかけられていた毛布の下から這い出し、ちょっと覚束ない足取りでダイニングに向かう。 「起きたか、佐倉さん」 上下纏ってはいるものの、シャツのボタンがいくつか外れた格好の黒埼がテーブルに着き、煙草片手に見覚えのないカップでコーヒーを飲んでいた。 テーブルクロスは元通りに引かれ、一輪の花は新たなグラスの中で息を吹き返し、床に散らばっていたはずの鋭い破片達は綺麗に片づけられていた。 「コーヒー飲むか? さっき、揃いで新品を買ってきた」 甘い毒を秘めた夜に沈むだけ沈んで、いつの間に眠りを迎え、ついさっき浮上したはずが。 窓から差し込む白昼に近い光の中で煙草とコーヒーを嗜む黒埼と顔を合わせるなり、夢の続きでも見ているような、なんともふやけた心地になった。 「佐倉さん、あんたまだ夢の中か?」 「そうみたいです」 引き鉄を引く撃ち手のはずがいつの間にかこの胸を貴方に貫かれていたみたいです。

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