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闇金事務所でスイカ割り
その日、闇金業者支配人の黒埼が元締めとやらに顔を出していて事務所を留守にしている間。
「外はあっちぃな、まじ溶けそうだわ」
督促訪問から事務所に戻ってきた黒埼弟こと六華が汗をかきつつ戻ってきた。
事務員の佐倉綾人は冷たい麦茶をグラスに注いで彼の元へ駆け寄り、六華はそんな親切な事務員をじろっと睨み、無言で麦茶をごくごく飲み干した。
「お疲れ様です、六華さん」
大好きな兄といい仲にある綾人のことが、六華は、気に入らない。
「気の利かねぇ事務員だな、こういうときはコーラかビールだろーが」
「すみません、今後気をつけます」
ブラコン六華の些細な仕打ちに綾人は嫌味一つない微笑でもって毎回対応する。
「あんた、野郎にしちゃあ綺麗な顔なのかもしんねぇけど、俺のほうが兄貴と付き合い長ぇんだからな、ああ?」
「はい」
「一つ屋根の下に一緒に住んでっからって調子乗んじゃねぇぞ、こら」
「はい」
六華がぶちぶち文句を垂れ流している間にお昼になった。
「あの、六華さん」
「なんだよ! 自慢か!? 兄貴の自慢でもするつもりか!? 俺のほうがすっげぇ引き出し持ってんだかんな!! びびんじゃねぇぞ!!」
「黒埼さんに作ってきたお弁当が余っているので、よければ、食べませんか?」
六華がいきり立つ真横で、保冷バッグに仕舞っていた二つのランチボックスをおもむろに取り出す綾人。
「夏バテ防止にオクラのお漬物、味付けを濃い目にした牛肉ソテーにガーリックチップを添えて、ゴーヤチャンプルに、わかめご飯なんですが」
ぐぅぅぅぅう
目の前で蓋をぱかりと開けられて、食欲そそられる香りと見た目と説明に、六華の腹が鳴った。
「か……っ勘違いすんじゃねぇぞ!! 調子乗んじゃねぇぞ!?」
「はい」
応接ソファで並んで昼食をとった二人。
米粒一つ残さず綺麗に食べ終えた六華はぶすっと礼を言う。
「まぁ、別に、割りと、悪くねぇ弁当だったぞ」
「ありがとうございます」
「だけど兄貴の胃袋はまだまだ満足しねぇはずだぞ!」
「そうだ、六華さん」
「あンだよ、兄貴との惚気は一切お断りだからな!!」
「スイカがあるんです」
綾人は自分のデスクそばから丸々したスイカをよいしょっと、持ってきた。
「ぴかぴかしていて綺麗だったので、つい、買ってしまいました」
「こいつ確かにぴかぴかしてやがんな」
「食後のデザートとして食べようかと思ったんですが」
事務所に包丁がないこと、すっかり忘れていて。
今から自宅まで取りに戻ろうと思います。
「……」
炎天下、わざわざスイカを切るために包丁をとりに行くという綾人を六華は呼び止めた。
「俺が手刀で割る」
「それは危ないです」
「一端床に落として粉々にすりゃあいい」
「それ、もったいなくないですか?」
ああ言えばこう言う綾人にブツブツ文句を言い、何か適当なものはないかと、六華は雑然たる事務所内を探し回った。
その結果。
「おおおお! いいもん見っけ!!」
「それは……」
「兄貴が未払い客相手に昔よく使ってたんだわ。これ使うんなら、やっぱあのスタイルじゃないと格好つかねぇな」
「危なくありませんか?」
「あんたがちゃんとリードしてくれりゃあ問題ねぇぞ」
「待ってください、床が汚れないよう新聞紙を敷きます」
応接テーブルを端に移動させ、広げた新聞紙の上にスイカを置いた綾人。
綾人のネクタイを奪い取り、自分で目元を覆った六華は、竹刀を両手で握り締める。
世にも危険な屋内スイカ割りが始まった。
「ああ、そっちじゃないです、そっちは黒埼さんのデスクです」
がっちゃん!!
「やべぇ、何か割った?」
「灰皿が落ちました。後で掃除しておきます」
「兄貴の吸殻は捨てんなよ、俺のモンだぞ」
「あの、六華さん、私の頭じゃなくてスイカを狙ってくださいね」
「ん、これ、スイカか?」
こんこん。
「それは、私の頭、です」
「悪ぃ」
六華は広いと言えない室内をものにぶつかりつつ歩き回る。
「おぉ、結構スリルあるな、ん、これなんだ?」
「すみません、それも私の頭です」
「悪ぃ」
「……失礼しました~」
「ん、誰だ、今の」
「お客様のようでしたが、すぐ出られてしまいました」
「おい、あんた近ぇぞ、邪魔だって」
「すみません、心配でつい」
六華が転ばないかと案じる綾人、竹刀を無計画に頭上に振りかぶる彼のすぐそばについて回っている。
だから、さっきから頭に竹刀がこんこん当たっているのだ。
「あとちょっとです、六華さん」
「おう、派手にかち割ってやらぁ」
単純なゲームが結構好きな六華、竹刀を握り直して、いざスイカの元へ。
が、勢い余ってスイカのそばを通り過ぎてしまった。
「六華さん、戻らないと」
「あ? ったく、ナビ下手糞だなぁ、てか近ぇよ!」
「やっぱり目隠し取りましょう、危ないです」
「それだと意味ねぇ! スリルじゃねぇ!!」
「あ、六華さん、そこ……」
がぁぁぁん!!
端に寄せていた応接テーブルに思い切り片足をぶつけた六華。
バランスを崩した彼は幸いにもソファへと倒れ込んだ。
竹刀がカラーン、と音を立てて床に落ちる。
「いででで……脛をやられた」
「大丈夫ですかっ? やっぱりそれ解きましょう」
慌てた綾人は六華に乗っかって目隠しを解こうとする。
が、相当な馬鹿力で固結びされていて、なかなか解けない。
「こらぁ! やめろ!! 続行だ、俺ぁスイカ割るんだ!!」
「思う存分割っていいです、その前に目隠しを外さないと」
「やだやだやだやだ!!」
二十二歳の六華は駄々をこねて二十九歳の綾人に反発する。
ネクタイを外そうとする手を掴んで突っ撥ねようとする。
安全第一の綾人はそんな抵抗を懸命に捩じ伏せようとする。
「お願いですから言うこと聞いてください、六華さん」
「やだ!! スイカが俺を呼んでんだよ!!」
「ああ、全然解けない……どうしよう」
そのとき。
支配人黒埼が事務所に戻ってきた。
「……」
サングラス越しに鋭い双眸に写し出された「まさかの光景」に黒埼の呼吸がほんの一瞬、止まった。
ソファにて、ネクタイで目隠しをされた弟の六華に、自分の恋人である綾人が乗っかっていて。
互いに熱烈に手と手を取り合っているような。
「あ、黒埼さん、おかえりなさい」
「えぇぇぇっ兄貴!? 兄貴どこ!? 見えないぃぃい!!」
二人の反応に、黒埼は、すぐさま息を吹き返したのだった。
黒埼にネクタイの結び目を解いてもらい、スイカを一刀両断してもらい、三人で食後のデザートを食べた。
「兄貴と食うスイカはまじうめぇ」
「今度シンジさんと食ってみたらいい、そのほうがうまいだろうからな」
「しんちゃんと? ん、じゃあ今度はしんちゃんとスイカ割りやる」
「スイカはお塩をかけたら一番おいしいですよ?」
綾人の現実的な言葉に黒埼は声もなしに笑う。
「佐倉さんと食うスイカが俺は一番うまい」
「……?」
「兄貴兄貴! 種とって! 種とって!!」
鈍い事務員といつまで経っても甘えたがりな弟に、黒埼の声のない笑みはしばし続くのだった。
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