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シンジと六華の日常-2

【夜長】 シンジの部屋で海鮮鍋をつつく約束をしていた週末。 仕事で夜八時近くまで事務所にいた六華は「借金一本化勧誘」をブラックリスト掲載済みの標的に一通り連絡し終えると、その回答をパソコンにぽちぽち打ち込み、事務員と支配人の兄に「終わり! お先に! 兄貴また明後日!」と告げて駆け足で退社した。 タクシーを拾って、シンジの住むマンション手前で降りると、コンビニで白ワインを二本買う。 夜風に首を窄めて歩きながら電話をかけた。 「おう、しんちゃん、もう着くぞ」 「お疲れ様、黒埼君」 「おう、俺、誰よりもお疲れ様!!」 「はい、取り皿」 「おう、取り皿」 「まずビールだよね?」 「さすがしんちゃん、伊達に俺より長生きしてねぇな、それ正解」 それぞれ五百の缶ビールを持った二人はカチンと乾杯の音色を鳴らした。 「やっべぇ、どうすりゃいい、どれから食えばいい、ちきしょー」 「味付け、塩ベースだけどよかった?」 「それ大正解よ、しんちゃん」 「カキとアサリと海老と……この辺に豆腐ね、あと白菜と春菊」 「やべぇよ、しんちゃん、全部好き過ぎてぱにくって食えん状況よ、今」 「キノコ類は苦手だって聞いてたから、いれてない」 「そ、やらしー話、キノコ系無理……って、俺、いつ言った?」 「蕎麦屋で、俺の上司の蜩さんも一緒にいた時に、ね」 取り皿とお箸を持ったまま、まだビールしか口に入れていない六華は正面に座るシンジをまじまじ見つめた。 まじ半端ねぇな、しんちゃんは。 「うはぁ、うまい」 「よかった」 「うわ!」 「え、なに、変なものでも入ってた?」 「アサリにちっちぇカニはいってる!」 「時々あるよね」 「アサリ、カニ食うのかよ? こんなちっちぇかわいいカニを? 結構えぐいことすんのな、アサリ」 「食べてるんじゃなくて、寄生してるんじゃないのかな、カニ」 「ちっちぇカニの方がアサリに寄生? それもそれでえぐいな、よっし、どっちも食おっと」 あっという間に一本目の缶ビールを開け、次も速やかに開け、その次もぐいぐい飲み干して。 「しんちゃんとうまいモン食って酒飲んで、これ、正しく人生の絶頂じゃね?」 食事中にごろんと横になった六華にシンジは笑う。 「黒埼君が買ってきてくれたワイン、空けるから」 「おう、俺がコルクをポンしてやる!」 六華のテンションは飲酒前後でも大して変わらない、ずっとハイを保っている。 あらかた具材を食べきり、締めとして投入されたラーメンを一気食いしている。 一方、シンジはというと。 自宅ということもあって安心感があり、食べより飲みに集中していたかと思うと、徐々に口数が減っていって。 二本目のボトルをほぼ一人で空けてしまった。 「食った、ガチで食った、ちっちぇカニも二匹食った」 ほぼ一人でラーメンを平らげた六華、ちゃんと「ごちそうさま」をし、とりあえず食器をカチャカチャ重ねて、またごろんと横になった。 すると。 向かい側に座っていたシンジがテーブルを迂回してすぐそばに。 「くろさきくん」 あ、しんちゃん、酔ってんな。 ほろ酔い気分の六華が床に寝たまま見上げていたら、シンジは、褐色の頬を撫でてきた。 「しんちゃん、酔ってんだろ」 「どうかなぁ」 酔っているくせに、その白い指先は冷たい。 顔も赤くなるわけでもない、白いまま。 ふやけた口調と眼差しで判断できる。 そして触り癖がある。 六華の頭を撫でたり、服越しに肩や腕を擦ったり。 「ねぇ、ぼたんみせてよ、くろさきくん」 絡んできたり。 「いつも見てんだろーが」 「いまみせてよ」 店だったら無視するが、ここはシンジの部屋なので。 たいていパンツ一丁で過ごす場所なので。 身を起こした六華は上半身の服を脱いだ。 別に寒くはない、鍋料理で温まっていたし、暖房も効いている。 白い指先が褐色肌に刻まれた枯れない牡丹をなぞった。 体温のくすぶる六華の首筋に額を押しつけて、しばし、シンジは鮮やかな華を撫でていた。 「……くろさきくん」 テーブル上の鍋からはまだ細い湯気が上っていた。 満たされた腹を羨ましがるように性的なものも満たされたがっていて。 「しんちゃん、酔ってんだろ」 「よってないよ」 不毛な会話をしながらほろ酔い六華と酔っ払いシンジは冬になりかけの【夜長】に唇を繋げた。 「黒埼君……ゆうべって、した……んだよね、これは」 「した」 「食器も出しっぱなし、しかも、もう十二時……?」 「ん」 毛布に包まった六華は大欠伸をして「俺ぁまだ寝る」と寝返りを打った。 酔っ払った宅飲みちょうちょ、牡丹に飽くことなくずっととまりっぱなし、どうにも夜通し蜜を吸い過ぎたらしい……。 【コンビニ】 六華の【コンビニ】滞在時間は毎回長い。 「チクショー! おにぎり種類多すぎて選べねぇ、助けてくれ、しんちゃん!」 「じゃあ王道にツナマヨとエビマヨにしたら」 「王道だぁ!? しょっぱいことぬかすなよ! 平凡退屈人生直進するつもりかよ、しんちゃん!?」 「ツナマヨ嫌いなの?」 「好きに決まってんだろ!!」 これはまた三十分以上かかりそうだ。 肩を竦めたシンジ、ガラス際の書籍コーナーに立ってそんなに興味もない雑誌をぺらぺら。 「えっこれ新味か!? いつ出たんだよ、聞いてねぇ!!」 「す、すみません」 あ、なんか店員さんが困ってる、やっぱり付き添うか。 棚に雑誌を両手で丁重に戻し、おにぎりを熱心に見比べている六華の背後についてやる。 「グラタンかドリアかラザニアか……チクショー」 次はこのゾーンか。 黒埼君ってOLが昼休みに購入しそうなクリーム系も結構好んで食べるんだよね。 「プリンかエクレアかシュークリームか……コノヤロー迷わせやがって!」 これはもう女子そのものじゃない、どこまでかわいいのかな、この子は。 六華はコンビニ内をほぼ一通りぐるぐる回り、最後はレジのお惣菜で十分吟味した末、腰が引き気味の店員にあれやらこれやら、ああやっぱあれじゃなくてそれ、うーん、それやめてあっち、とすでにチーンが済んだラザニアが冷えそうなくらい注文の言い直しを繰り返して。 スーパーで買い物したみたいな量のレジ袋をがさごそ言わせて店を出た。 もうすっかり暗い。 さっきまでまだ少し明るかったのに。 「あ!」 「どうしたの、何か買い忘れた?」 「しんちゃんち牛乳切れてなかったか!?」 そんな恋人感丸出しの台詞を大声で、ああ、君って本当にかわいいです、黒埼君。 思わず心の中の声が丁寧語になってしまうくらい、いつだって飾り気ゼロな言動の六華に癒されるシンジ。 ちなみに今日は休肝日。 ビール大好きな六華から提案され、至極真っ当な意見にシンジも同意し、前もって出鱈目にランダムに日にちを指定しておいて、ちゃんと飲酒を共に控えている。 まぁ、酒がない分、食事が早く切り上げられるわけで。 その分、夜の時間が長くなるわけで。 「もぉかよ、しんちゃん?」 「うん、したい」 「淡白そうに見えてお盛んなんだもんなー、そーいうの、女ってよろこぶもん?」 「よく知らない」 ボクサーパンツ一丁で寛いでいた六華の隣にシンジは近づく。 テーブル上のゴミはあらかた片づけた、洗物は少ない、明日の朝に回そう。 そんなことを考えて年下の恋人にキスをする。 つけっぱなしにしていたテレビを消す寸前、ちらりと現在時刻を確認し、まだ九時を過ぎたばかりだと知ってテンションが密かに上がる。 「今、やらしい顔したぞ」 「え、うそ」 「何回もすんじゃねぇぞ、遅刻したら兄貴に罰金とられっから」 「今、お兄さんの話はやめて、恐れ多いから」 「えー」 まだ黒埼兄の話を続けたそうにしている六華の唇を慌てて口づけで封じるシンジなのだった。 「おはようございます、六華さん」 「六華、罰金、一万円な」 「たっ高ぇ!! さすが兄貴ぃぃぃ!!!!」

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