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シンジと六華の日常-1
【深酒】
「やばーい、酔っちゃった」
「えーうそ、どれくらい、マックス? この辺?」
「んーこの辺っ」
「おーけっこーマックス!!」
カウンターの端から学生っぽいカップルがどれくらい酔ったか話し合っているのが聞こえてきた。
カウンターのほぼ真ん中に座って砂肝の歯触りを噛み締めていたシンジ、今の自分は中の下くらいかな、と二杯目のハイボールを飲んで思った。
「しんちゃん、やばーい、酔っちゃった」
隣に座った六華がカップルの女子を真似て擦り寄ってくる。
いや、そんなことされても普通にかわいいだけだから、黒埼君。
「どれくらい酔ったの」
シンジもカップルの男子を真似て問いかけてやれば「この辺!」と言って何故かデコピンしてくる六華。
いや、ほんと普通にかわいいから、黒埼君。
気がつけばシンジは自宅のベッドで寝ていた。
酒臭くて最悪。
呻吟しながら寝返りを打ったら六華の足にぶつかり、目を開けば、自分が逆向きに寝ていることに気がついた。
しまった、飲み過ぎた。
カーテンの隙間から差す、朝にしては白々と眩しい光に一瞬だけぎくりとしたが、今日は休みだったと思い出して長いため息をつく。
ボクサーパンツ一丁で眠りにつくという滅多にない失態、しかも毛布から食み出していたので、寒い。
当の毛布は六華が占領していた。
「んん……」
こちらはいつも通りボクサーパンツ一丁なのだろう、毛布からは裸の肩がちらりと覗き、シンジの気配を煙たそうにして寝返りを打った。
昨日、は……してないみたいだ。
焼き鳥屋からここまでどうやって帰ってきたのかまるで覚えていない、つまり、黒埼君が世話してくれたんだろう。
とりあえずシャワー浴びようかな。
ベッドから降りかけたシンジ、その腕を、寝起きとは思えない俊敏ぶりで六華はぱしっと掴んだ。
「どこ行くんだよ、しんちゃん」
「シャワー。自分が酒臭くて」
「くさくねーぞ」
「それは……黒埼君も臭いから麻痺してるんだよ」
「ひでぇ」
六華は笑った。
シンジを離すどころか、ぐいっとベッドに引き戻し、組み敷いてくる。
しんなりした派手な金髪が裸の肩を滑り落ちた。
「昨日頑張った俺を今日はとことん甘やかせ、しんちゃん」
「……俺、昨日そんなにひどかった?」
「おう。駐車場で寝ようとしたぞ」
「……最悪」
「おんぶした俺を褒めろや」
「ありがとう、黒埼君がいなかったら交番に連行されてた、おかげで助かりました」
「もっと」
「感謝してる、黒埼君がいてくれてよかった」
「もっと」
ああ、君ってなんてかわいいんだろう、黒埼君。
シンジは六華をぐるりと押し倒すとキスをした。
酒と煙草の匂いが染み着いてしまったベッドで、昨日一日の残骸を引き摺る互いの体を寄せ合って。
たまに【深酒】するのもいいかもしれない。
【相合傘】
「生二つと」
「カレー味ポテトフライ!」
「揚げ出し豆腐と」
「軟骨唐揚げ!」
「刺身の盛り合わせと」
「ポテトフライと海老マヨとネギしお豚トロ!」
「ちょっと待って、黒埼君、ポテトフライ二品も頼むの?」
居酒屋に行くと注文で年齢差を感じるシンジ、二十七歳。
二十二歳の六華に「ポテトはいくら食っても飽きねぇぞ」と平然と返されて肩を竦めるしかなかった。
そこは一風変わった居酒屋だった。
三階建て、通路は迷路のように複雑に入り組んでいて、全個室。
階段の途中に部屋があったり、やたら上り下りがあったりと、まるで忍者屋敷じみている。
トイレに行くのも迷いそうだ。
「今日も俺ぁ一日頑張って働いたぞ、偉いだろ、しんちゃん」
バイトっぽい女の子の店員が戸を閉めて去っていき、背後の壁に「よいしょ」ともたれたシンジに得意げに六華は言う。
上司に扱き使われ、消費者金融との債務減額交渉にクタクタだったシンジは、そんなありのままの六華に骨身から癒される。
「今日も一日、お疲れ様、黒埼君」
「しんちゃんは? 今日も頑張って働いたか?」
「うん、それなりに」
テーブルを挟んだ向こうで靴下を脱ぎ、板間の上でどっかとあぐらを組んでいた六華は、急にシンジの顔を両手で挟み込んだ。
もしかして労いのキスしてくれるのかな、そう思っていたら。
ぎゅうっと頬を抓られた。
「いて」
「それなりに、じゃねぇぞ、全力投球しねぇと世界は回んねぇぞ、しんちゃん!!」
はぁ、かわいいな、黒埼君は。
他の部屋から哄笑や話し声が聞こえてくる中、味はまぁまぁな料理を六華と一緒に食べる。
ちょっと肌寒いかな、と感じていた室温は徐々に仄かな熱気を帯びていった。
「おら、しんちゃん、俺のココナッツパイン飲むか!?」
「……う、甘い」
「あ、追加でポテトフライと明太子オムレツ!」
そうして飲み食いを始めて九十分近くが経過した頃。
曲がりくねった通路を進んでトイレからシンジが戻ってきてみれば、上機嫌で喋り通していたはずの六華が板間に横になって寝かかっていた。
「黒埼君、風邪引くから」
狭いスペースで窮屈そうに体を縮こまらせている六華を軽く揺する。
長めの派手な金髪に顔を埋めた六華は「うーん」と唸ると。
ぎゅっと、シンジの腹にしがみついてきた。
「しんちゃーん……」
わいわいがやがや、他の部屋から届く喧騒がやたら遠くに感じられた。
揺すっていた手で頭を撫でてやれば気持ちよさそうに喉を鳴らす。
手首につけられたシルバーのブレスレットが板間に擦れ、微かな音を立てた。
「黒埼君、かわいい……」
ほろ酔い気分のシンジは独りでに笑う口元もそのままに、頭を屈め、オレンジ色の照明の下でその褐色の頬にキスしようと……。
「すみませーん、空いたお皿を、あ!!」
ノックとほぼ同時に戸を開いた店員の女の子はあまりにも正直な反応を見せたかと思うと、大慌てで回れ右をし、戸をばたんと閉めて走り去っていった。
些細な騒音に六華は「んー?」と唸りながら目を開く。
「おわ、しんちゃん、いつの間に……ここ、抜け穴もあんのか? ……しんちゃん、どーした、おい?」
……なんだか自分がスケベ化しているような気がする。
……居酒屋の個室で、なんて、凪君に所構わずセクハラしまくる蜩さんじゃあるまいし。
「君のせいだよ、黒埼君」
「あーん?」
頻りに目を擦っている六華の足の甲をシンジは抓ってやったのだった。
居酒屋を出ると外は雨が降っていた。
どちらも傘を持たず、コンビニで買おうとしたら「俺が買うわ」と六華がささっとレジに持っていって購入してしまった。
一本のビニ傘で【相合い傘】。
まだ人気のある真夜中の通りを二人並んで歩く。
「黒埼君、肩、濡れてる」
持ち手の六華はシンジ寄りに傘を傾けていた。
「もっとそっちに」
「いいじゃねーの、雨も滴るイイ男風、かっけぇ」
「雨じゃなくて、み……俺もやっぱり買おうかな」
「いいって、しんちゃん」
そういえば、今日、黒埼君どうするんだろう。
はっきり聞いていなかったけれど。
「送ってやっから」
「え?」
「ついでに泊めろや、しんちゃんち」
ああ、そういうことか。
「ついで」が逆なんじゃないかな、黒埼君。
でもまぁ、そういうことにしとくよ。
「そういや、店出るとき笑われてなかったか、俺ら?」
「……気のせいだと思うよ」
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