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ポチくん、初めての-2

「……凪君、食べづらいだろうから、あっちに戻っていいよ?」 いつになく抑揚のないシンジの口調に鈍感凪は全く気づかない。 「大丈夫です、平気です」 「あ、そう……」 「あれっあれ食いてぇ! ぷるぷるしたやつ!」 サッキー、おもしろいなぁ。 ちょっと怖そうな犬だけど、実際近寄ってみたらすごく人懐っこいタイプだった、そんなあるあるワンコパターンみたい。 足が痺れたと六華が悶絶し始めたので凪は元の場所に戻った。 さぁ、次は何を食べようかと迷っていたら。 「ポチ君、俺、酔っちゃった」 蜩のセクハラ攻撃が始まると思い、咄嗟に身構えた凪。 しかし凪の予想とは裏腹に、お尻を揉むでも耳たぶを噛むでもなく、蜩は。 凪の華奢な肩にもたれてきた。 五分も経たずして蜩は本当に寝入ってしまった。 「シ……シンジさん、重いです……助けて……、あ」 シンジはシンジで、いつの間に落ちた六華に膝枕してやっている有様だった。 自分より図体のでかい蜩に本気で寄りかかられて強張っている凪にシンジは肩を竦めてみせた。 「二人とも疲れてるんだね」 「……はい」 「蜩さんは、研修出張あったり相談会立て続いたりで、ばたばたしていたから」 「……」 「今日は大目に見てやってくれる、凪君?」 そっか。 いつも忙しい蜩さんだけど、ここんとこ、いつもよりもっともっと忙しかったんだ。 だけど俺とご飯食べるために時間つくって。 俺のワガママ叶えてくれたんだ。 「……うん」 「でもまぁ。日頃の鬱憤を晴らすいいチャンスかもね」 「え?」 膝で仮眠している六華を起こさないよう、シンジが自分のバッグからそっと取り出したのは水性ペンだった……。 蜩は十分程して目が覚めた。 「あ……やば、完全意識落ちてた……」 「お疲れみたいですね、そろそろお開きにしますか」 向かい側にいたシンジはうっすら笑い、膝上で未だ寝ている六華を揺り起こす。 「……んあ……えっなんだっ火事か!? この匂い火事かよ!?」 「焼き鳥の匂いだよ、黒埼君」 「おっ、しんちゃん……あ、そっか、寝惚けてた……腰痛ぇ……、……ん? せみ?」 「ぶはっっっ」 さり気なく顔を伏せていた凪はつい吹き出し、シンジはすかさず六華の口を塞いだ。 蜩は苦笑してみせる。 「あれ、俺の名前また忘れちゃった? 蜩だよー、まぁ、蝉は近かったけどねぇ」 ……やばいです、俺、蜩さんの顔見れないです。 シンジさんに言われるがまま、おでこに「せみ」って書いちゃったけど、まともに見たら絶対……耐えられない。 「ポチ君、震えてない? ごめんね、肩、痺れたんだねぇ」 ううん、こっちこそごめんなさいです、蜩さん……。 その夜、お持ち帰りされた凪が蜩からお仕置きされたのは言うまでもない。

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