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ポチくん、初めての-1

「居酒屋行きたいです」 「え? 焼肉じゃなくて?」 蜩の問いかけに凪はうんうん頷いた。 「お酒は飲まなくていいから、ああいうガヤガヤした、ワイワイした雰囲気、感じてみたいです!」 未成年である男子高校生凪の曇り一つないきらきらした目でじっと見上げられた蜩、しょうがないなぁ、という風にとりあえずため息一つ。 「うーん、じゃあ、近々特別に連れてってあげる」 「わぁい! ……あ、ちょ、蜩さんっ?」 「ポチ君には本当癒されるなぁ」 「やっどこ触って……ひーん……!」 職業柄、個人の事情故に葛藤を背負い込む眼とばかり常日頃対峙しているせいか。 凪のきらきら目に見つめられただけで欲情してしまう不健全オトナ、蜩なのであった。 蜩が、ではなく、蜩に頼まれてシンジが選んだ店は焼き鳥専門の居酒屋だった。 席はカウンターと座敷のみ、予約していた座敷席にシンジも交えて三人で座る。 一間で構成された座敷は衝立で仕切られていた。 小学生くらいの子どもがうろうろしているのが凪から丁度見える。 「ちっちゃいコも入れるんですね」 「ここ、子ども連れ可だから」 「ポチ君も俺等と比べたら子どもでしょ」 「こ、子どもじゃないです、高校生です」 「どうせオレンジジュース飲むんでしょ」 「……ジンジャーエールだもん」 日替わりオススメの品が一枚の紙に書かれていて、定番メニューの印刷された小さな用紙は同じものが束になっており、品数を書き込む欄もあって、そばに鉛筆が立てかけられていた。 「自分で書き込んでお店の人に渡すんですか?」 「そ。ポチ君、好きなの頼んでいいよ」 「やったぁ」 「あ、凪君、ぼんじり頼んでくれる?」 「ぼんじり? ぼんじりってなんですか?」 「あ、知らない? 鶏の尻尾のことだよ」 「へぇ~」 「こりこりしておいしいわけ、ほら、この辺のお肉だよ?」 「ひゃ!」 蜩のセクハラに未だ慣れない凪は小さな悲鳴を上げた。 見慣れているシンジはやれやれと内心ため息をつく。 休みでオフモードの蜩は不健全オトナ代表のような様でニヤニヤしていた。 はぁ、蜩さんのセクハラ癖っていつまで続くのかなぁ。 恥ずかしいし、くすぐったいし、俺、ほんっとやめてほしいんだけど。 「はい、蜩さん、書きました」 「はーい……え、豚バラ十本?」 「はい、俺が八本食べます」 「「…………」」 最初は見受けられた空席がいつの間にか埋まってきた。 正に凪の想像していた通り、わいわいがやがやな空気に包まれて大賑わいだ。 「なー、シンジ、お前のお友達呼んだら?」 生二杯目で早速蜩がシンジに無茶ぶりしている。 その隣でから揚げをもぐもぐ頬張っていた凪、大人二人を交互に見やった。 「お友達ってサッキーですか?」 食事会に同席し、別行動ではあったがお化け屋敷に行ったこともあり、やり取りするLINEの文面から黒埼六華のことをとても楽しいおにいさんだと凪は認識している。 「俺、サッキー会いたい!」 「……本当? でも多分まだ仕事だと思うけど、一応、電話してみるね」 シンジはわざわざ店外へ出て六華と連絡をとった。 五分足らずで座敷に戻ってくると「来れるみたいです」と蜩に報告する。 それから三十分後、ジャケットのフードを目深に被った六華がやってきた。 「ちぃっす、ヒグラシさん、なぎっち」 「こんばんは、久し振り、サッキー!」 「おぅ、なぎっち、相変わらずポチポチしてんな」 ばさぁっと脱ぎ捨てられた六華のジャケットをシンジが丁寧にハンガーにかけている。 シンジさんとサッキーは仲がいいんだなぁ、と三つ目のから揚げを頬張りながら凪は思った。 「おら、なぎっち、ビール飲んでみっか?」 「飲みたい!」 「駄目だよ、黒埼君、凪君も絶対に駄目だからね」 「シンジ、おかたいねぇ」 「……貴方が一番緩いですよね、蜩さん」 「寒ぃ! ここ隙間風がっつり当たって寒ぃ!」 「俺と場所変わる、黒埼君?」 「いんや、しんちゃんそんままでいーから、なぎっち、カイロ代わりになれ!」 手招かれた凪は箸を持って素直に立ち上がり、シンジの背後を通り抜け、六華の元へ到着すると。 平然と六華の膝上に座って食事を再開させた。 「うはーあったけぇ、なぎっちカイロ丁度いいぞ、これ」 「これ、おいしーよ、サッキー」 「あっ食わせろ! あっうめぇ! なにこれうめぇ!」 「もっとあげるね」 高校二年生の凪、一番年が近い、やんちゃな外見ながらも親しみやすい六華にはすっかり打ち解けた様子で「あーん」までやってのけている。 心のどこかで六華を大型犬扱いしているのかもしれない……。

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